第六話 アメティの街

 シルがテーブルをじっくりと眺めてから、並んでいる石の中から一つを指差す。親指の半分くらいの大きさの石で、ペンダントになっていた。

 店のおばさんに購入の意図を伝えると、おばさんはその石と、その隣にあった石の二つを持ち上げた。


エナエナ


 慌てて、一つで良いのだと伝えたつもりだけど、おばさんは首を振った。

 その後の言葉の意味はほとんどわからなかったけど、どうやら二つセットで売っているものらしい。理由はどうやら、アメティのものだから。

 断ることもできずに、結局二つ買うことになった。


 店先で、それを両方ともシルに渡す。シルはペンダントを持ち上げて、陽の光を受けてキラキラ輝く様子を面白がって眺めている。


「首にかけるんだよ」

「首に? 首輪みたいに?」


 首輪、という言葉に俺はギクリとする。何も考えていなかった。シルに首輪をかけるつもりなんてなかったのだけれど、シルはペンダントを首輪みたいだと思うだろうか。


「シルが付けていた首輪とは役割が違うよ。綺麗な服を着るみたいに、綺麗なものを身に着けて、自分を綺麗に見せたりするんだ。あとは、綺麗なものが自分の近くにあったら嬉しいとか……あ、それと、お守りって言って、こういう物を身に着けることで、悪いものから守ってくれるって考え方もあるのかも」


 俺の説明をシルは真剣な顔でじっと聞いている。俺はそのシルの視線から逃れるように、シルの手からぶら下がったペンダントの石を見た。


「でも、シルが首輪みたいで嫌だって言うなら、首にかける必要はないよ。シルが欲しいって思ったんだから、シルがただ持っているだけで良いと思う」


 俺の目の前に、シルがペンダントを突き付けてくる。目を上げると、シルはまだ真剣な顔をしていた。


「首にかけたい。綺麗なもの、嬉しいから」


 俺はシルからペンダントを一つ受け取って、構造を確認する。小さなチェーンに金具を引っ掛ける仕組みだった。シルの目の前で付け外ししてみせたけど、シルはよくわかっていないみたいだったので、シルに後ろを向いてもらって、ペンダントを首にかける。

 シルの柔らかな髪を金具に巻き込んでしまわないように、そっと髪の毛を掻き分けて、掠めた首筋はひんやりと心地良い。

 そうやっている間、シルはもう一つのペンダントの金具を自分で引っ掛けたり外したりしていた。


 俺が手を離すと、シルはしばらく向こうを向いたまま、自分の胸元を見下ろしていた。そして、くるりと振り返って俺を見上げると、もう一つのペンダントを差し出してきた。


「これ、ユーヤの分! ユーヤも首にかけて!」

「俺は……良いよ、こういうのは……」


 シルとお揃いの物をつけるというも気恥ずかしいし、そもそも装飾品というものにこれまでほとんど縁のない生活をしていた。美少女のシルが付けているのは可愛いけど、俺が付けても似合わないだろうと思う。


「じゃあ、わたしも付けてあげる」


 そう言ったかと思うと、シルが俺の首の後ろに手を回してくる。ほとんど抱き付かれるような格好で、俺は体を硬くした。シルの柔らかな髪の毛が俺の耳をくすぐる。体温の低い華奢な体が俺にくっついている。息遣いがすぐ耳元で聞こえる。


「できた!」


 俺が固まっている間に、シルは満足そうに声を上げて俺から離れた。自分の胸元に、シルとお揃いの石がキラキラしているのが見える。


 不意に後ろから囃し立てるような声を掛けられた。そして、ここが土産物屋の店先だったことを思い出す。

 土産物屋のおばさんが、何か言いたげな表情で俺とシルを見ている。囃し立てるような声は、近くの店先でお酒を飲んでいたおじさんたちのものだ。

 何軒か先の花屋からわざわざ男の人が走ってくると、シルの手に花を握らせた。そして、去り際に俺にウィンクを投げてゆく。

 その花はマトナ・メ・アメティ。道端で出会ったおばさんの歌声を思い出す。


 ──アニェーゼとアルミロの二人の花、あなたたちの花。


 そして、その花はあの橋の上から川に向かって投げた花。


 囃すような言葉の中に「アメティ」と聞こえて、ここでもアメティかと思って、そして俺はその言葉の意味を理解した。


 アメティの意味は「あなたたちウォ・ド」、そしてマトナ・メ・アメティは、アニェーゼとアルミロの花。一つの茎に咲く花は二輪。

 離れたところから流れる誰かの名前の二本の川。それが河口付近で一つの流れになる。それを見ることができるデートスポット。そこから二人でマトナ・メ・アメティを投げ入れる、その行為の意味。

 アメティのものだから二つセットで。


 俺とシルに何度も投げかけられたアメティという言葉。


 つまり、それは恋人なのだ。恋人たちの涙が二つの川になって出会うこの場所は、恋人の街。

 今日、シルと二人でやっていたことや、たった今ここでやっていたことを思い返して、街で見かけた恋人たちの姿を思い出して、俺は口元を押さえる。赤くなっているだろう顔を少しでも隠したかった。

 シルは、もらった花を握りしめて、よくわからないというように周囲を見回した。


「ユーヤ、これもらっちゃった……何かあったの?」

「いや……なんでかな」


 俺はシルにうまく説明できないまま、周囲にペコペコと頭を下げて、シルの手を引いて、ほとんど走るようにその場から逃げ出した。


 シルは俺に手を引かれて隣を走ってくれる。そして、俺を見る。真っ直ぐに。

 その胸元で涙の石の青いラインがキラキラと光を反射する。シルの髪が風に巻き上げられて、賑やかな色彩の街中で儚い雪のようにキラキラと輝く。

 俺の胸元でも、シルとお揃いの涙の石が跳ねる。その別名は、恋人の石カルコ・メ・アメティ。そんなつもりなんか、なかったのに。




 でも、シルが欲しいと言って買った石を、俺は外せない気がしていた。




『第二章 二つの川の街』終わり

『第三章 女神の島々』へ続く

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