第三話 カーポは果物、ギーコースタはお菓子
面白い見た目の果物だった。
名前をカーポと言うらしい。
ブドウを大きくしたように見える。そのひとかたまりが、人の頭ほどある。
一つ一つの実が細長い。どのくらい細長いかというと、バナナくらいだ。細長く湾曲した実がブドウの実のように連なっている。
それを眺めながら、バナナが木になっている時は元々こんな形だったような気もしてきた。見たことがあるような、ないような、思い出せない。
カーポを二つ買う。店のおじさんは、カーポの湾曲した実の背中側に切れ目を入れてくれた。
外側の皮を剥いて食べるものらしい。
「この外側のは皮だから、剥いて、中のところだけ食べるみたい」
そう伝えながら、シルにカーポを一つ渡す。シルは手の中のカーポをちょっと見て、それから俺をじっと見る。
どうして良いかわからない時、シルは俺をじっと見る。そして、俺の真似をする。
俺も、カーポを食べるのは初めてなので、自信があるわけじゃない。実際のところ、周囲の人を観察して多分こうだろうって推測してるだけなので、やっていることはシルと変わらない。
それでも俺は、シルによく見えるように、シルの目の前でカーポの皮に指をかけた。
切れ目に指を入れると、果汁が溢れてきて、酸っぱいにおいが広がって、口の中に唾液が溢れてくる。
皮は柔らかくて、指先で摘んで引っ張ればするりと剥ける。水分をたくさん含んだ白っぽい果実が姿を見せる。形からバナナを想像していたけれど、中身はそのイメージとはだいぶ違った。
溢れた唾液を飲み込んでから齧ると、濃縮された甘い水分が溢れ出てくる。そして、その甘さに驚く。
その濃い甘さと一緒に、爽やかな酸味が喉を駆け下りていくのが気持ち良い。
シルの方を見ると、案の定、溢れさせた果汁で顎や喉を濡らし、それは流れ落ちて胸元に染みを作っている。
そんなことにも構わず、シルは皮をちぎっては果肉を噛み、果肉から溢れる果汁を吸い、時折空を見上げて果肉を飲み込む。
俺の手も果汁でベタベタになってしまった。ハンカチを出して自分の手を拭くと、折り畳みをひっくり返して、シルの口周りも拭いてやる。
そして、そのハンカチをシルに渡した。
「手とか、胸元も、べたべたしてるところを拭いておくと良いよ」
シルが俺の手からハンカチを受け取ったとき、店のおじさんに何事か声をかけられる。
全部は聞き取れない。
「
俺がいつもの言葉を伝えると、おじさんは店の脇を指差した。
小さな水場がそこにあった。水を溜めておく入れ物に対して、店の脇から出ている管を通って水が流れ落ちてきている。溢れた水は道の脇に作られた窪みに流れ込み、流れてゆく。
その入れ物から水を汲んで、手を洗っている人がいた。
「
俺はおじさんにお礼を言って、シルを見る。シルはカーポが美味しかったのか、満足げにハンカチを握り締めていた。
「あの水、手を洗うのに使って良いみたい」
「手を綺麗にする?」
「うん、ついでにハンカチを濡らして、口の周りとかべたべたしてるところも拭こう」
シルは大人しく頷いた。
人が多くて不安がっていたシルだけれど、マリダーニを食べてカーポを食べたらすっかり慣れてしまったみたいだった。
他にも美味しそうなにおいがあることが気になって、それどころじゃないだけかもしれない。
道を行く人たちの姿はバラエティに富んでいる。旅人が多くて、あちこちから集まっているからだろうか。見た目も服装も様々だ。
そんな往来を歩くのに、シルはすぐにいろんなものに視線を奪われて、好奇心を発揮させて、ふわふわとあちこちに意識を向ける。
危なっかしくって、気付いたら俺はシルの手を引いて歩いていた。
シルの手は、少しひんやりしている。前も思ったけれど、シルは俺よりも体温が低いみたいだ。
ひんやりした細い指先が、俺の指に絡む。ぐいっと引かれる時は、シルが何かを見付けた時。ぎゅっと握られる時は、何かにびっくりした時。
シルの表情よりも雄弁に、シルの指先が俺に感情を伝えてくる。
次にシルが見付けたのは、ギーコースタというお菓子だった。この街に来てから、シルの好奇心は随分と食べ物に偏っているような気がする。
ギーコースタは、
二つ頼むと、店のおばさんは大きな塊から二つの細長い棒を切り出してくれた。
シルと二人で、そのギーコースタを握って食べる。
一口噛んだ時の食感は、ねっとりと柔らかくなった飴だ。それを齧り取って噛み砕こうとすると、何かの木の実がざくざくと主張してきて噛み心地が良い。ドライフルーツの酸味が、ねっとりした甘さの中に爽やかさをくれて、くどいほど甘いのに二口目も同じように味を楽しめた。
シルがその小さな唇で、ギーコースタの先を頬張って噛みちぎる。歯ごたえや感触を味合うように口元を動かす。膨らんだ頬は上気して赤い。唇は蜜でべたべただ。さっき拭いたばかりだというのに。
食べ終わって、二人で顔を見合わせる。
シルの唇がツヤツヤとした蜜の色でまだらに色付いている。多分俺の唇も同じようになっているだろうなと思う。
「美味しかった?」
何気なくそう聞いたら、シルはちょっとびっくりしたような顔をした。
「美味しい……」
そう呟いて少し考えるように黙ってから、俺を見た。そして、幸せそうに目を細めた。
「うん、美味しい。美味しいの好き。もっと欲しい」
この街は、建物も行き交う人もカラフルで、賑やかでどこも楽しげだ。シルの輝くような白い姿は、その色彩の中でもひときわ眩しい。
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