第二話 メリとティリのマリダーニ
マニをマリダするとマリダーニになる。
店先で売っている、揚げパンのような見た目のそれは、マリダーニというらしい。
マニと呼ばれる、人の拳ほどもある果実の種の部分をくり抜いて丸ごと乾燥させたものを
メリは、多分何かの蜜だ。とろりとした甘いにおいの液体。ティリは、多分チーズのようなもの。
店先で、
漂う甘いにおいにも釣られていると思う。
マリダーニを作っているおじさんに、何か話しかけられる。多分「買うのか?」とか聞かれてるんだろう。
俺はシルに聞くまでもないと思った。きっと食べたがっている。熱々のそれを指差した。
「
おじさんは、笑顔で俺の注文に答えてくれた。
熱々のマリダーニにティリを詰めるとゆるくとろりと柔らかくなって、そこに甘い
口の中で、ザクザクしたマリダーニにとろりとした中身が絡み付いて混ざり合って、飲み込む喉まで甘さを感じるような気がした。
マリダーニを噛む度に零れ落ちそうになるメリを、シルは舌を伸ばして舐めとる。シルの小さな口では
普段は縦に細長いシルの瞳孔が、随分と丸く開いている。
夢中で食べているということは、きっと美味しいんだろう。良かったなんて思うけど、自分も人のことは言えない。気付いたら食べ終えてしまっていた。
口の中に、サクサクした軽い食感と甘さと塩っぱさの混ざり合った余韻だけが残っている。
空っぽになってしまった手が信じられずにシルを見ると、シルも同じような表情で俺を見た。俺は苦笑して、ハンカチを出してシルの顎に流れ落ちた
思えば、こんなに甘いものは久し振りに食べた気がする。
リュックに入ったままだったコンビニのクリームパン。シルに会った日に、あれを二人で食べたきり。
この街に来るまでの間、食べるものは大抵、日持ちするように硬く焼いたパンだった。それを薄く切って、チーズ──多分チーズだと思う──のカケラと一緒に食べる。
火が使える時は、少し炙って食べる。村に泊まる時は、スープを食べることもあった。野菜が少し入っていた。たまに、肉っぽいものが入っていることもあった。
あれはあれで、別にまずかったわけじゃない。普通。普通に美味しい。
ただ、やっぱり甘いものは別だなと感じる。
前は、甘いものなんていつでも食べられた。コンビニで菓子パンを買ったり、チョコレートを買ったり、アイスやプリンやなんだかその時々で売られている様々なお菓子を買って食べていた。
教室で「今回のやつ、前のより美味いよな」「俺は前の方が好き」なんて言い合いながら食べ比べたりもしていたけど、その期間限定のチョコレートの味が、今はうまく思い出せない。
自分は、ただ食べていたんだな、と思った。
味わっているようで、実際は味なんて気にしていなかった。ただなんとなくコンビニに行って、なんとなく目に付いたお菓子を買って。甘ければ大体うまい。自分でアレが食べたいなんて、選ぶこともしていなかったのかもしれない。
大人しく顔を拭かれていたシルが、ベタベタな手で俺のマントを掴んだ。
何か言いたそうにしているけど、どうするか悩んでいる様子で、俺を見上げてはまた俯いて、また見上げる。
「もう一個、食べる?」
俺がもう一つ食べたい、と思ってしまっていた。だから、そう聞いた。
シルは喜んで頷くかと思っていたけれど、そうはならなくて、ちらりと別の店先を見た。
「食べたいけど……あっちの店のにおいも気になってて……どうしたら良いかわからない……」
シルの視線の先を見ると、どうやらフルーツぽいものが売られているように見える。
俺は今の今まで、マリダーニをもう一つ食べたいと思っていた。けれど、シルが気にしているように、確かに他にも美味しいものはたくさんありそうだ。
「じゃあ、あっちを食べに行こう。他のを食べてから、また後で食べに来ても良いし」
俺の言葉に、シルは顔を上げて、瞳孔を開いて、こくこくと頷いた。
マリダーニを作っているおじさんに、美味しかったとか、ごちそうさまとか、言いたかった。でも「美味しい」という言葉を俺はまだ知らない。
俺はちょっと迷ってから、おじさんに声を掛ける。
「あの……ごちそうさまでした、
おじさんは、俺の言葉に笑顔を返してくれた。通じたと思いたい。
アメティがなんとかと言われたけれど、よく聞き取れなかったし、意味はやっぱりわからなかった。
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