第二章 二つの川の街
第一話 アメティの花
その二つの川は、片方をラク・メ・アニェーゼと言い、もう片方をラク・メ・アルミロという。
その一つになった川、あるいは二つの川をまとめて、
最初は川をラクと呼ぶのかと勘違いしたけれど、フィウというのが川のことを指している。
二つの川が合流する周辺は、物流も多く、人がたくさん集まり、大きな街になった。ということらしい。
石造りの建物は、意外とカラフルだ。様々な色の石が使われているせいもあるし、壁には様々に色が塗られていて、鮮やかだ。二階や三階の窓には、カラフルな布地の洗濯物が乾いた風を受けてひらひらと楽しげに踊っている。
一階が店になっている建物もあるし、軒先で何かを売っている人たちもいる。道端にテーブルと椅子を並べて、何かを食べたり飲んだりしている人たちもいた。
道行く人も、様々な服装で賑やかだ。
「ユーヤ、良いにおいがする」
俺の隣で、銀色の髪の美少女──シルが周囲をキョロキョロと見回して俺の袖を引く。
「お腹空いたし、何か食べようか」
俺の言葉に、シルはアイスブルーの瞳を期待で輝かせて、こくこくと頷いた。
自分でも正直、なんでこんなことになっているのかわからない。
俺は日本の高校生だった。
気付いたら目の前にドラゴンがいて、気付いたらそのドラゴンが美少女の姿になっていた。それがシルだ。
そして今は、シルと二人でこの街にいる。
ついさっきまで、親切な人と旅をしていた。その人に言葉を教えてもらいながら、ここまで連れてきてもらった。
その人は、この街が目的地だった。だからここまで来て、そしてその人とは別れた。
この先のアテはないけれど、俺はシルの仲間のドラゴンを見付けられたら良いなと思っている。
今は何を言っても「ユーヤと一緒に行く」としか言わないシルが、自分のやりたいことを見付けられたら良いな、とも思った。
だから、俺はシルと旅をするつもりでいる。
これからのことはともかく──今はとりあえず何か食べたい。
レストランのようなところに入るのは、まだ自信がない。何が出てくるかわからない。注文の仕方がわからない。どんな店なのかもわからない。
屋台のように、店先で何を売っているのかがわかるものが良い。それなら、指差して「
数は頑張って覚えた。といっても、ぱっと出てくるのは
二人でキョロキョロしながら街を歩く。
今まで外に出ないで過ごしていたシルは、何を見ても面白がった。そして脈絡なく指差して「あれは何?」と聞いてくる。
今も、道端に植えられた花を指差している。石で花壇が作られていて、自然のものでなく、誰かが植えたものだとはわかった。
「あれは、何?」
「花……なんの花かな、俺にはわからないけど」
シュッとした茎に、二つの蕾が付いている。咲いているものを見ると、朝顔みたいな花の形をしている。色は青か紫、その花はどの茎にも二つ付いている。
「この花、あっちにもあった」
シルに言われて見回すと、同じ花があちこちに植えられている。
そうやって道端の花を眺めていたら、不意に声を掛けられた。近所のおばさん、という雰囲気のその人は、手に水が入った容器を持っていた。
おばさんが、何事かを喋りながら、その容器から柄杓のようなもので水を掬って、花壇の土に染み込ませてゆく。
申し訳ないことに、おばさんのお喋りは、俺にはほとんど聞き取れなかった。
「
おばさんの言葉が途切れた瞬間を狙って、俺はカタコトの言葉を捩じ込む。おばさんはちょっと驚いたように顔を上げて、俺と隣のシルを見比べた。
そして、ニコニコと笑う。
俺は、その花壇の青い花を指差した。
「
おばさんは、俺のカタコトの言葉を聞いて、俺の指差した先に目をやった。そこに、あの二つの青い花を見て、ニッコリと笑うと俺に向かってゆっくりと言った。
「マトナ・メ・アメティ」
その発音を真似て、繰り返す。
「マトナ・メ・アメティ」
マトナ・メ・アメティ──二つの川の別名の「フィウ・メ・アメティ」と何か関わりがあるのだろうか。ぼんやりと、そんなことを考える。
「
俺がお礼を述べると、おばさんは朗らかに笑った。そして、今度は道の反対側に行って、そこの花壇にも水遣りをする。
続いて出てきた言葉は、多分歌だ。ゆったりした旋律に乗せて、
「
花の歌だということしかわからなかったけれど、伸びやかで綺麗な歌だなと思った。
歩きながら、俺はシルを振り返る。
「マトナ・メ・アメティって名前らしいよ。もしかしたら、おばさんが歌ってる歌は、何かこの花に関係あるのかな」
「なんて言ってるの?」
シルは俺の隣に並んで、それから人が多いのを気にして周囲を見回すと、そっと俺のマントを掴んだ。人が多いことに慣れなくて、どうやら不安らしい。
「聞き取れた範囲だけだけど……『アニェーゼとアルミロの二人の花、あなたたちの花』って歌詞だった」
「その人たちの花があなたたちの花なの?」
シルは不思議そうに、首を傾ける。
「歌の歌詞っていうのは、そのままを言ってるわけじゃなくて、例えとか飛躍とかがあったりするから」
シルは、しばらく黙って何か考えていたけど、やがて諦めたように「わからない」と呟いた。
それから、道端の花壇を見て、俺を見た。
「あのね、歌はよくわからないけど、あの花、青い色が綺麗」
そう言って俺を見上げるシルの瞳は、どこまでも透き通ったアイスブルーの青。
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