バッドエンドのその先で
@Say-
日常
「またか…………」
東京郊外のボロボロのアパートの中、俺は長いため息をついた。
旧世代のノートパソコンの液晶に映っているのは小説の新人賞のサイト。
一体俺はどれだけこんな無益なことを続けるのだろうか。
高校を卒業してそろそろ三年が経つ。そろそろ同じ時期に卒業した奴らが働き始める頃合いだろうか。
「冷蔵庫は、空か」
仕方なく財布を手に取り、外に出る。
外は雨だった。雨音が傘を打ち付ける音も、今は物悲しく聞こえた。
思えば、二年前はもっと活力があったな…………なんて過去を思い返しながら。
過去、一度だけ小さなレーベルの新人賞を獲ったことがあった。
一番小さな賞だったものの、あの時は跳ねて喜んだのを覚えている。
その後打ち合わせで、次はどのような本を書くのか、というのを話し合ったが、次の原稿を書いても、その全てがボツになった。
一年がかりで書いた原稿は新人賞を獲った。だがそれ以降はなかった。
「今思い返せば、なんでやめたんだろうな」
新人賞から出直し、なんて馬鹿な真似を選んだ自分が酷く憎たらしい。
平日の昼間のスーパーの中は静かだった。
客もまばらで、店員だって退屈そうにあくびをしている。
WEBライターとして普段仕事をしているので、そこらのフリーターよりは給料は上だろうが、その程度。
家族連れが買っていくような豪勢なものは買えない。
「もやしと、豚肉と…………」
豚肉が安かったので豚肉と、いつも通りのもやし。そして今日は生姜を購入。
にんにくのチューブと鰹節は家にあるので、後は唐辛子か。
今日は簡単なスープにしようなどと考えながら買い物を済ませた。
家に帰ると、いつも通りの殺風景な部屋があった。
机とパソコン、洗濯機と調理器具。散らかった服。
本当にそれだけの部屋だった。
「そうか、今は受験シーズンか」
スマートフォンのニュースサイト、そこに表示された文字を見てそう呟く。
今は一月だ。
家にも長いこと帰っていない。というか、作家になりたいなんて言って家を出てフリーターのようなことをしている自分が親に顔向けできるはずがない。
自分の住所を伝える一通のメールでの連絡、それ以来一切親との連絡はない。
「今の俺を見て、向こうの奴らはどんな反応をするんだろうな」
向こう、というのはもちろん地元のことだ。
大学に行かない、ということすら誰にも話すことなく高校を卒業してすぐに引っ越したんだ。
きっと俺のことを覚えているやつがいたら驚くに違いない。
だがその後、どういった表情を俺に見せるだろうか。
笑われるか、いや、自分を笑っているのは俺自身か。きっと表向きは心配してくれるんだろうな。それ以上は知ったこっちゃないが。
料理を作って、それをノートパソコンを退けた机の上に置く。
食事だって、機械的なものだ。誰とも話すことはなく、味を誰かに語るでもなく。何を食べるか、すら意味がない気がしてくる。
ふと、スマートフォンが鳴った。
「メール、ならあいつからか」
今の俺に連絡をしてくるような人間に心当たりは一人だけ。
たまたま仕事の時に知り合って以来唯一できた友人…………と言っていいだろうか。
『そろそろ起きたか?』
それだけ、いつも通りのメッセージ。
ユーザーネームは『リク』。
『昼飯作って食ってたところだ』
『今日は昼早いじゃないか。突然だがカフェに行かねぇか?』
返信すると、顔も知らない友人からそんな内容のものが送られてきた。
『何言ってるんだ?俺が外に出たがらないのは知ってるだろ』
『知ってるよ、お前が俺と同じどうしようもないフリーター崩れみたいな人間でコミュ障のクズだってことくらいな』
『じゃあなんでそんなこと』
『仕事だよ。カフェの絵が上手く描けなくてさ、一人で行くのも辛い。だが友人がいない。そこでお前に白羽の矢が立った訳だ』
いや、でも俺と会ったらお前はきっと
そこまで文字を打ったところで手が止まる。
嫌われるのが怖い、そう思ったがそれを伝えることに抵抗があった。
『安心しろ、お前がクソ汚いキモ男だったとしても別に今までとなんも変わんねぇさ。てかむしろ安心する。俺がどんだけ勇気持ってお前に連絡したと思ってるんだ』
そう考えていた時、そんな返事が送られてきた。
こいつはこいつなりに俺の心配をしてくれているらしい。
俺の心配をするなんて生意気だな、なんて少し画面の前で笑いながら、
『わかったよ、それでいつなんだ』
そう、緊張した指で返事を送信した。
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