4 襲撃

 目覚めの悪い朝だった。後味の悪い夢を見たかのような。

 だがそれは違う。俺は怒っていたのだ。昨夜のスノウのベッドでの発言に。


 そりゃ、俺だって女をもちろん抱いたことはあるし、買ったこともある。とはいえ、と年端もいかない少女を抱きたがるような男に、俺は見えたのだろうか。


 心外な。


 そんな気持ちが顔にも出ていたのだろう。スノウも朝食のスクランブルエッグをフォークで突きながら、何も言わない。少し怯えているようにさえ見える。そのとき、俺はようやく気づいた。彼女の目に泣き腫らした跡があることを。


 いかん。いくらスノウのふざけた発言に怒りを覚えているとは言え、女を泣かすのは俺の趣味じゃない。

 俺は咳払いをし、食卓に漂う重い空気を少しでも払おうと、できるだけ柔らかな口調を心がけて、スノウに話し掛けた。


「初めての船旅は疲れるものだから、食欲がなくても、よく食べとけよ。ヒモナスまでは、早くてもひと月はかかるからな」


 だが相変わらず、スノウは無言だ。

 俺は頭を抱えたくなった。年頃の娘の扱いになんぞ、俺は慣れていないんだよ、勘弁してくれ、と言いたくなるのを堪えつつ、俺はサラダのブロッコリーを口に放り込む。


 そのときだ。大きく船が揺れた。食べかけの皿が転がり、食材を床にぶちまける。そして次の瞬間、非常事態を伝えるサイレンが船内に響く。


「きゃっ!」


 スノウが悲鳴を上げる。

 対して、俺はこの振動には、既視感があった。船に何かが衝突したときの衝撃だ。それも小惑星などではなく、他船とぶつかったときの。こっちの船が無事だったところを見ると、相手はそう大きくない船だろう。例えば小型の強襲揚陸艦のような。だが今は戦時中ではない、とすると。

 嫌な予感がする。振動は続き、サイレンは止まず、そして船内アナウンスが沈黙している……ということは。


「スノウ! 船室ここから出るなよ! 必ずだ!」


 俺はそう叫び、杖に手を伸ばすと、用心深くドアを開け、廊下に身体を滑り出させる。

 素早く、と行かないのが、不自由な身体にはもどかしい。だが、俺はすぐに、廊下の向こうから聞えてきた銃撃戦の音に聴力を集中させる。どうやら近距離で、銃の撃ち合いが行われているのは確かだ。


「海賊か。よくもまあ、こんな本星に近い星域で襲ってくるもんだな。警備艇は何をやってやがる」


 俺は杖の上部のカバーを外しながら、思わずそう呟いた。いくら戦後の混乱の中とはいえ。


 カバーが、からん、と床に転がる。杖の内部がむき出しになり、金属製の銃身が現れる。

 俺は壁に身体の重心を預けると、杖に仕込んでおいたレーザー銃の照準を廊下の角に定めると、明らかに船員ではない人影が現れるやいなや、引金を勢いよく引いた。


 先頭を切って角を曲がってきた海賊のひとりに閃光が直撃した。海賊が悲鳴を上げ、血しぶきを上げ倒れ、動かなくなる。廊下に充満する鮮血の匂いが、俺の感覚をさらに研ぎ澄ます。間を置かず、続いて走り込んできた複数の賊へも銃口を向け、俺はまた一撃、また一撃と休むことなく引金を引き続けた。


 動く者がいなくなるまで、容赦なく、執拗に。


「お客さま! お客さま! もう誰も動いてないですよ!」


 俺は船員の声で我に返る。

 気が付けば廊下は血の海だった。足元のグレーのカーペットは赤黒い血溜まりを沈殿させ、その上には何体もの死体が転がっている。それを跨ぎながらすっ飛んできた船員が俺を制止し、ようやく俺は引金から指を離した。


「お客さま、ありがとうございます。おかげで侵入してきた海賊は殲滅しました。今、警備艇が到着して、残りの賊を船ごと捕縛しています」

「遅いな」


 俺はそれだけ言い残し、船室に戻ろうとした。いささか身体が重い。腕は落ちていなかったとはいえ、久しぶりの銃撃戦は身体に堪える。だが、そんな俺の前に半ば怯えた顔の船員が立ちはだかる。


「お客さまとお連れの方の船賃はお返しします、そっ、その代わりと、言っては、何ですが……」

「ほう、何だ」

「も、申し訳ありませんが、先ほどの襲撃により、船の電気系統が破損しまして、この船は、最寄りの惑星に緊急着陸しますので、よって、お客さまをヒモナスまでお連れすることがっ、でっ、できなくなりまして、大変申し訳ございませんっ!」


 船員は震える声で俺にそう告げた。まるで俺がこの事態に怒って、また銃をぶっ放すのではないかと危惧する怯えっぷりだ。

 俺は苦笑すると同時に、どっと疲れが心身に押し寄せるのを感じて、黙って頷くと、船員を押しのけて部屋に戻った。


「スノウ、行き先変更だ」


 船室に戻ると、俺は杖に銃身を戻しながら、部屋の隅で固まっているスノウに声を掛けた。見れば、その身体は細かく震えている。


「安心しろ、もう危険はない。乗り込んできた賊はみんな死んだ」

「イヴァン、全員、あなたが殺したの?」

「そうらしいな」


 俺は返り血を浴びたシャツを着替えようとクローゼットに向かいつつ、語を継いだ。


「どうした、俺が恐ろしくなったか」

「いいえ、あなたが腕の立つ軍人だったことは、あの路地で憲兵を倒したときに薄々感じてはいたから、驚きはしないわ。けど」

「けど?」


 スノウは、なおも震えるその身を抱きながら、俯き加減に呟いた。


「人を殺した後も、ずいぶんと平然としていられるものなのね」


 俺は、彼女に背を向け、ただ一言答えた。


「悪かったな」

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