4 襲撃
目覚めの悪い朝だった。後味の悪い夢を見たかのような。
だがそれは違う。俺は怒っていたのだ。昨夜のスノウのベッドでの発言に。
……そりゃ、俺だって女を勿論抱いたことはあるし、買ったこともある。だが、ほいほいと年端もいかない少女を抱きたがるような男に俺は見えたのだろうか。
……心外な。
そんな気持ちが顔にも出ていたのだろう。スノウも朝食のスクランブルエッグをフォークで突きながら、何も言わない。少し怯えてるようにさえ見える。そのとき、俺は漸く気づいた。彼女の目に泣きはらした跡があることを。
……いかん。いくらスノウのふざけた発言に怒りを覚えてるとは言え、女を泣かすのは俺の趣味じゃない。
俺は咳払いをし、食卓に漂う重い空気を少しでも払おうと、できるだけやわらかな口調を心がけて、スノウに話しかけた。
「初めての船旅は疲れるものだから、食欲が無くても、よく食べとけよ。ヒモナスまでは、早くてもひと月はかかるからな」
だが相変わらず、スノウは無言だ。
……俺は頭を抱えたくなった。年頃の娘の扱いになんぞ、俺は慣れていないんだよ。……勘弁してくれ、と言いたくなるのを堪えつつ、俺はサラダを口に放り込む。
そのときだ。大きく船が揺れた。食べかけの皿が転がり、食材を床にぶちまける。そして次の瞬間、非常事態を伝えるサイレンが船内に響く。
「きゃっ!」
スノウが悲鳴を上げる。対して、俺はこの振動には、既視感があった。……船になにかが衝突した時の衝撃だ。それも隕石ではない、他船とぶつかった時の。こっちの船が無事だったところを見ると、相手はそう大きくない船だろう。例えば小型の強襲揚陸艦のような。だが今は戦時中ではない……とすると……。嫌な予感がする。振動は続き、サイレンは止まず、そして船内アナウンスが沈黙しているということは……。
「スノウ!
俺はそう叫び、杖に手を伸ばすと、用心深くドアを開け、廊下に身体を滑り出させる。素早く、と行かないのが、不自由な身体にはもどかしい。廊下の向こうから聞える銃撃戦の音に、俺は聴力を集中させる。すぐ近距離で、銃の撃ち合いが行われているのは確かだ。
「海賊か……よくもまあ、こんな本星に近い星域で襲ってくるもんだな。警備艇はなにをやってやがる」
俺は杖の上部のカバーを外しながら、思わずそう呟いた。いくら戦後の混乱の中とはいえ。
……カバーが床に転がる。杖の内部がむき出しになり、銃身が現れる。俺は壁に身体の重心を預けると、杖に仕込んでおいたレーザー銃の照準を廊下の角に合わせ、明らかに
先頭を切って角を曲がってきた海賊のひとりに閃光が直撃した。海賊が悲鳴を上げ、血しぶきを上げ倒れ、動かなくなる。廊下に充満する鮮血の匂いが、俺の感覚をさらに研ぎ澄ます。間を置かず、続いて走り込んできた複数の賊へも銃口を向け、俺はまた一撃、また一撃と休むこと無く引金を引き続けた。
……動く者が居なくなるまで、容赦なく、執拗に。
「……お客さん! お客さん! もう誰も生きてないですよ!」
俺は船員の声で我に返った。気が付けば廊下は血の海だった。船員が半ば怯えながら俺を止めに来て、ようやく俺は引金から指を離した。
「お客さん……ありがとうございます。おかげで乗船してきた海賊は殲滅しました。いま、警備艇が到着して、残りの賊を船ごと捕縛してます」
「遅いな」
俺はそれだけ言い残し、船室に戻ろうとした。いささか身体が重い。腕は落ちていなかったとはいえ、久しぶりの銃撃戦は身体に堪える。だが、そんな俺の前に船員が立ちはだかる。
「お客さんとお連れさんの分の船賃はお返しします……そっ、その代わりと言っては何ですが……」
「ほう、何だ」
「も、申し訳ありませんが、先ほどの襲撃により……船の電気系統が破損しまして、この船は、最寄りの惑星に緊急着陸しますので、よって、お客さまをヒモナスまでお連れすることがっ……でっ、できなくなりまして……大変申し訳ございませんっ……」
船員は震える声で俺にそう告げた。まるで俺がこの事態に怒って、また銃をぶっ放すのではないかと危惧する怯えっぷりだ。俺は苦笑すると同時に、どっと疲れが心身に押し寄せるのを感じて、黙って頷くと、船員を押しのけて部屋に戻った。
「スノウ、行き先変更だ」
船室に戻ると、俺は杖に銃身を戻しながら、部屋の隅で固まっているスノウに声をかけた。見ればその身体は細かく震えている。
「安心しろ、もう危険は無い。乗り込んできた賊はみんな死んだ」
「イヴァン、全員、あなたが殺したの……?」
「そうらしいな」
俺は返り血を浴びたシャツを着替えようとクローゼットに向かいつつ、語を継いだ。
「どうした、俺が恐ろしくなったか」
「……いいえ、あなたが腕の立つ軍人だったことは、あの路地で憲兵を倒したときに薄々感じてはいたから、驚きはしないわ……けど」
「けど?」
「人を殺したあとも、ずいぶんと平然としているものなのね……」
俺は、彼女に背を向け、ただ一言答えた。
「悪かったな」
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