1-2 再会
その日も幾人もの客の相手をし、明け方、ひとりになるまで、私はポケットに入れた青い石のことをすっかり忘れていた。
短い時間だけ許された微睡みの中で、何か優しい夢を見た、ような気がする。そこから目覚めたとき、私は昨日出会ったあの人のことを思い出した。
夢に出てきたのはあの人だったのだろうか。もう出会うこともないだろうに、私はなんだか、そんな自分が可笑しくて、弱々しく笑ってしまう。そもそも宵闇の中のあの出来事自体が夢ではなかったか。だが、そんな私の思いを否定するように、青い石は床にだらしなく脱ぎ捨てられたスカートの上で、朝陽のなか、静かに光っていた。
綺麗。本当にあの軍人さんの目と同じ色だわ。
いつか本で見た宝石に、こんな色の石があったことを思い出した。なんという名の宝石だったかは、思い出せないけど。
私は簡単に身支度を整えると、その石を持ったまま外に出る。陽にかざすと、その美しさはさらに格別だった。私はちょっと思案してから、足元の瓦礫のなかにちょうど落ちていた針金を二本拾った。一本をくるくると丸め、指の太さの円を作り、そしてもう一本の針金には石を巻き付けた。そして、そのふたつをくっつける。
あっという間に、指輪ができた。粗末ながら、石の美しさが全体を引き立て、まるで本当の宝石店で買った指輪のようだ。
指にそっとはめてみる。荒れた私の手が不釣り合いに思えるほど、その「指輪」は眩しく煌めいてみせる。私は子どものように胸がときめくのを感じた。魔法にかけられたように、気分が高揚する。
「これは、私の、魔法の指輪」
私はそっと囁いて、指先のそれに、唇を寄せた。
だから、その日の昼すぎ、あの軍人さんが再びウィリアム街に現れたとき、私は驚いてしまった。
こんなスラム街に、何か用でもあるのだろうか。自然と顔がほころぶのを感じたが、それを無理矢理引き締めて、でも瓦礫の山から転がり出るように走り出、気が付けばまた声を掛けていた。
あの人は、今日は眼帯を右目に巻いていた。
精悍な顔立ちに、短い金髪、そして美しい薄いブルーの左目。
相変わらず、綺麗。私は話し掛けながらも、少し、ぼうっ、としていたように思う。
「ああ、君か。いや、実は昨日倒れた際に落としものをしてしまってな」
「え? そうなの? 何を落としたの?」
すると彼は少し困ったように口籠もってしまった。
「それは君には関係ないことだよ。いいんだ、もうほとんど諦めているから」
そう言うやいなや、あの人は踵を返して杖を突きながら去ろうとしたが、次の瞬間、私の方に向き直った。そして彼はこう言ったのだ。
「君、その指先の、それは?」
びっくりした。
でもそれ以上に、彼が自分の指輪に目を留めてくれたのがなんだか嬉しくて、私はまるで自慢するように答えてしまった。
「あ、これ? 綺麗な石でしょ! 昨日、鉄くずを拾っていたら、見つけたの。あまりにも綺麗だから、そのへんにあった針金で編み込んで指輪に仕立てたの!」
「それ、そんなに気に入ったのかい?」
「ええ、生まれてこの方、こんな綺麗な石、見たことないわ!」
すると彼はしばし黙って私を見つめていたが、なんだか納得したかのように頷くと、後ろを向き、ゆっくりと去って行く。私はその背に向かって声を掛けた。
「軍人さん、もう行くの? 探しものは?」
「ああ、もういいんだ」
行ってしまった。
私の心には、落胆の影が落ちた。
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