1-1 青い石

 鉄くずを拾うのは、決して楽な仕事ではない。

 

 何しろ長く屈んだ姿勢でいなければならないのは、苦痛だし、路上の瓦礫の山を漁り続ければ、自然と手も黒ずむ。加えて、日によって日当はかなり異なるし、その僅かな報酬さえも総元締めリーダーにより大幅にピンハネされているのは、このウィリアム街に住んでいれば、赤子でさえも分かる常識だ。


 それでも私はこの仕事が好きだった。昼の明るい日差しの中、ひたすら価値のありそうな鉄くずを求めて手を動かすのは、私の「楽しみ」だと言っても過言でないかもしれない。


 だから、日が傾き、夕暮れがスモッグに汚れた空を禍々しい赤に染める頃、私の心には、暗い影が宿る。


 夜が、来てしまう。そして、いつも間違いなく、夜は、来てしまう。


 あの日の夕暮れも、迫り来る闇に、私の心は淀んでいた。

 街角のどこかからは、講和会議の進展を告げるラジオのニュースが流れている。そんななか、夕食の配給を知り、歓声を上げて駆けずり回る孤児たちの渦のなか、私はひとり、嘆息していた。


 そのとき、大きな音に驚いて路上に目を向けると、あの人が倒れていたのだ。杖が転がっていた。年の頃は四十近くだろうか。身に纏った軍用コートから軍人と分かる。だが、起き上がるのに大分難儀している様子だったので、すぐに、ああ、この人は傷痍軍人だ、と気付いた。


 私は思わず、駆け寄り声を掛け、抱き起こした。彼は掌を顔に当てながら、しんどそうに身体を起こす。そのとき、その人の右目部分には大きな黒い空洞が開いていることに気づき、私は、はっ、と息をのむ。だが、その驚きを声に出さぬよう、瞬時に堪えながら、私は彼を助け起こすのに気持ちを集中させようとした。


 だが、再び彼の目に意識が向いてしまう。

 右目ではなく、今度は左の目に。至近距離で見たその瞳は、それは、それは、とても美しい薄いブルーだった。去っていくその人の後ろ姿に見惚れてしまうほどに。


 そして、そんな私の足に何かが、かちん、と触れた。

 拾い上げてみれば、それは、まるであの瞳の色をそのまま雫にしたかのような、見たことのない青い石だった。


 なんて、不思議。


「スノウ! 何やっているの? 早く鉄くずをリーダーに渡してらっしゃい! まだこれからがお前の仕事の時間だろ!」


 私はその怒号に我に返り、慌ててスカートのポケットに「石」を押し込んだ。



 戦争が終わったからといって、私の「夜」の「仕事」が暇になることはなく、かえって札束を、これ見よがしに抱えた新客が目立つようになり、忙しさは増した。


 退役、または現役の軍人、戦後特需に目を光らせた民間人と客層は様々だったが、終戦の解放感からか、横暴な態度が目立つ客も多く、私の心は知らず知らずのうちに疲弊していたように思う。思う、というのは、もはや、それに気づかないほど、私は傷つけられることに鈍感になっていたからであって、よって私にとって、戦争の公文書的な終わりなどには、何の意味も感じられなかったのだ。


 新しい時代が来る、恒星間抗争も終われば、他の星とも、街とも自由な行き来が可能になる、新しい産業も興せる。

 客たちは、私のようなものにも、情事の合間に熱っぽく唾を飛ばし語ったものだ。私には、何の意味もなく空虚な、そんな話を。でも私は作りなれた微笑みを唇に浮かべ、優しくそれらに耳を傾けるふりをした。

 すると、彼らがことのほか喜ぶのが、私には滑稽だった。


「スノウ。お前は、身体はともかく、名前通り心の清い女だな」


 そんな風に言う客もいた。

 そしてそんな男ほど、私の肉体に手を這わせ、股を乱暴に開かせては、無遠慮に私を犯すことに喜びを感じているのだ、ということを、私はもうずっと知っている。


 それでも私は、自らの白い肌に爪を立てられては悦んで見せ、ことさらに悩ましく喘いでみせる。客の要求に従順に従い、果てれば満足げに、または淫らに笑みを浮かべる。それが私の、果てしなく繰り返される「夜」なのだ。


 宇宙よりも深く、永遠に続く、夜。

 誰も私をそこから救い出そうとはしない、闇。


 そのなかに、私は静かに沈んでいくばかり。

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