桜が散るその日から
幽幻桜
桜が散るその日から
第一話
朝。
目を覚まして起き上がる。
カーテンを開けて一心に太陽の温かい光を浴びる。
あぁ……気持ちいい。
なんかそれだけで、今日はいいことが起きそうな気がする。
朝日を浴びたとはいえ、私はまだ寝ぼけ眼。ウトウトしながら部屋を出て、洗面所へ。まずは顔を洗って目をシャッキリさせるところから始めよう。
蛇口を捻って水を出して、顔を洗う。冷たい水が、温かい今日には心地良い。
「あ。」
いけない、そうだ、石鹸を切らしていたんだった。後で買って来なきゃ……。
石鹸無しで洗った顔はシャッキリはしたものの、まだ少し洗いたいと感じる。
でも忙しい朝、そんな余裕は無い。
私は自室に戻り、ハンガーにかけてある制服に手を伸ばす。
毎日通う学校の、毎日袖を通す制服。そのパリッと整えられた制服に私は着替え始める。
それだけで気分はもう学校へ行く気分になっている。
楽しみな事が、あるんだ。
それは、同じクラスになった男の子に恋をした事。
二年生、クラス替えのタイミングで隣の席になった男の子。
その子に会うのが楽しみで、学校に行くのもとても楽しい。
だから制服に袖を通すこの瞬間からワクワクしている。
その子はとても優しい子なんだ。毎朝挨拶してくれるし、授業で忘れ物をしちゃったら貸してくれたり。
そんな些細な優しさが、私の胸を捕らえたのだ。
だから、好きになった。相手は全く気付いてない様だけれども。
でも、それでいいんだ。まだ。
私はこの瞬間を楽しみたい。
さて、朝の準備はまだ終わった訳じゃない。
朝ご飯を食べなくちゃ。
お母さんが用意してくれているだろう。私はリビングへ向かった。
そこには予想通り、美味しそうな朝ご飯を作ってるお母さんが私を待っていた。
もうすぐ出来るからね。とお母さんの優しい声。
それまで私は朝のニュースでも見ようかな、
とソファに目を向ける。そこには既に先客がいた。お父さんと弟だ。弟なんかはまだウトウトしてる。ニュースを見てるのか見てないのか。
お父さんの方はもうバッチリだ。
「おはよう」
「あぁ、おはよう。」
朝の挨拶を交わし、私もソファにお邪魔させてもらう事にした。
ウトウトしてる弟の体を若干横にずらし、ソファに座る。
朝のニュースも、いつも通りお天気や占いをやっている。なんて事ない平凡な日常。ニュースを横目に、お父さんと話をする。
お父さんの話はいつも面白い。
当たり前だけど、私の知らない話を沢山知ってるし、それを聞いているのも楽しい。
なんてことをしていると、食卓の方からお母さんの朝ご飯出来たわよーって声が。
私たちは食卓に腰掛ける。
そこにはいつも通り、美味しそうな朝ご飯が
あった。
弟もようやく目を覚まし、皆で手を合わせていただきます。
朝ご飯を食べると元気が出る。
まだまだ寝ぼけていた体に元気が出てくる。頭もシャッキリしてきたようにも感じられる。
「お母さん、いつも美味しい朝ご飯、ありがとう。」
「うふふ、この子ったら……ありがとう。」
私はご飯を食べ進める。今日の朝ご飯は白いご飯に味噌汁、ほうれん草のおひたしとお魚だった。
朝は和食派の私としては嬉しい組み合わせだ。もちろん、日によっては洋食も出るけど。
そんな朝ご飯を食べ終え、ごちそうさまと言う。その頃には時間が丁度よく家を出る時間になる。私は最後に身支度を整え、髪の毛も鏡の前でチェックして、準備完了!
あとは忘れ物が無いか鞄の中を再確認して……よし!大丈夫。
「じゃあ行ってきまーす。」
お父さんはもう行ってしまった。弟はまだ行ってないので私が二番目に家を出る。大体いつもこんな感じ。
私は学校へは歩きで向かう。
歩きで行ける距離だから。自転車も考えてはいるけど、この季節の移ろいを楽しむには、歩きの方がいいかなって思ってるから。
今は春。冬のしーんとした匂いから移り変わったこの瞬間のまだ青い青い空気。この匂いが大好きだ。
そしてこの時期ならでは。
桜。
桜はまだ花を付けていて、通学路は綺麗なピンク色で彩られている。
私はこの桜が、そしてこの景色が好き。
まるで、新しいことの始まりのような。
新しい出会いの予感が。
幸せなことへの第一歩が感じられる。
と、その時。
自転車が、私の横を通り過ぎていった。
彼だ。
彼もこの近辺に住んでいるらしく、自転車登校。たまに、こうやって私の横を通り過ぎていく。
その時は……私の胸が高鳴る時。
ただ横を通り過ぎていっただけなのに。教室に行けば会えるのに。今からドキドキしている。早く会いたいな。
そんな事を思いながら、私は残りの通学路を歩いて行った。
「おはよー!」
教室に入ると、友達が挨拶をしてきてくれた。
「おはよう」
と私も返すと、席に着く。
隣の席には……君がいる。本を読んでいた。
今このご時世にスマホじゃなくて本っていうところも好き。
「…………っ
おはよう」
私は勇気を出して君に挨拶をした。本を読んでいる途中だというのに。
だけど君は顔を上げて、笑って
「おはよう!」
と言ってくれた。それだけで……私の心臓は最高潮に達した。でも気付かれないように。今はまだ、その時じゃない。
彼は本に視線を落とす。
私も自分の机に視線を落とす。
顔が熱い。
今日も一日、いいことがありますように。なんて、君に会えただけでもうそれは達成されているのだけれど。
第二話
放課後になった。学校での一日って遅いようで早い。
君とも……今日はバイバイだ。
彼とは特段仲がいいって訳でもないから、一緒に帰るとか、放課後に残って駄弁るとか、そういう事はしない。ただのクラスメイト。
だけどその日は違った。
彼と仲のいいクラスメイトが彼を引き止めている。そしてその流れで私と友達にも声をかけて来た。つまり……放課後に駄弁るというやつだ。彼の友達曰く、今日両親の帰りが遅いからギリギリまで暇を潰したいとの事。どうして私達まで誘われたかというと、人数は多い方が楽しい、だそうだ。
別にそのクラスメイトとは仲が悪いという訳ではないのでその駄弁りに付き合う事にした。私の友達も、問題ないと言っている。
それに、私には、彼ともっと一緒にいられるメリットもある訳だし。
そして放課後の駄弁りが始まった。教室には、私と、彼と、友達と、そのクラスメイトの四人だけだった。なので、この教室は今から私達だけの教室だ。
まず最初に口を開いたのは、彼のクラスメイト。高校生らしく、学校の先生への不満。いやーあいつの出す課題だるくね?やらあの先生の授業分かりづらいんだけど。とか、そういう他愛のない不満。それには私の友達も便乗していた。わかるー!とか、私はあの先生が苦手。って。
私は学校への不満は特に無いから、その話題には黙らざるを得なかったんだけど、どうやらそれは彼も同じなようだ。
彼も苦笑いを浮かべてその話を聞いている。そうだよね。君は優しいから、誰かの悪口とか無理だよね。とか思っていたら、彼が私の方を向いた。
「ねぇ。」
「えっ?」
突然、話し掛けられた。
「君さ、たまに本読んでるけど何読んでるの?」
と。
それは君らしく、とても意外な質問だった。
私が話し掛けられるなんて思ってもなかったし、急な事で少し戸惑ってしまった。
「あ、えと……」
「ごめんね、二人の話に乗れなくてさ。」
「あ、あぁ、あはは……私も乗れないや。」
「だから、たまに本を読んでる君の話が聞きたくて。僕も本が好きだから。」
「私も本は好きだよ。
そうだなぁ。ちょっと前までミステリーにハマってたんだけど、最近は」
最近は、まで言って思い出した。最近私がハマってるのは恋愛の本なんだった。でも、恋愛本を読んでるからと言って君が好きだなんてバレないよね。
「最近は、恋愛の本に……」
だけど、なんだか歯切れが悪くなってしまった。
「恋愛?そうなんだ、僕もなんだよ。」
しかし、返ってきたのは意外な答え。
彼が恋愛本を読んでいる。それは私の中でとっても意外な事だった。もっと難しい本を読んでいると思ったのに。
「僕……好きな人がいて。」
と、突然のカミングアウト。
私はその言葉に軽く衝撃を受けた。
好きな人。
そんな事、考えた事もなかった。
でも彼は私の内心に気付かず話を続ける。
「その恋愛小説みたいに、その人となれたらいいなぁなんて……ちょっと恥ずかしいんだけどね。」
彼はそこまで言うと頬を赤らめ、はにかんだ。
そっか、好きな人か……考えてもなかったな。
すると、友達が
「えーなになに?恋バナ?」
と声をかけてきた。こういう時だけ反応が早いんだから……。
でも、内心ホッとした。少しだけ、辛かったから。
その声を聞いたクラスメイトも身を乗り出して
「えっ恋バナ?お前が?珍しいな。」
「違うよ、本の話。」
「でもお前の好きな人って……」
「ちょっと待ってよ!」
と、なんだか今度はこっちがついていけない雰囲気に。友達と話そうと思って彼から目を離そうとした瞬間……彼と目が合った。
そして彼の顔が赤くなった。
「ご、ごめん!今日は帰るね!」
すると彼は顔を最大まで赤らめながら教室を出て行ってしまった。彼の友達は「お、おい、ちょっと待てって!」なんて言いながら彼を追い掛けて行った。
……え、何この展開。彼の好きな人って、もしかして……?
でも私と彼にはそんな接点なんて今まで無かったし、話すと言っても朝や帰りの挨拶、授業中の小さなお喋りくらいで……。
などと考えていると。友達がニヤニヤしながら私を見ていた。
「ふーん。ふーん。」
「えっ、ちょ……」
「まぁ私は気付いてたけどね。」
「えっ!?」
「アンタが彼を好きな事。」
どうやら友達には気付かれてたみたいだ。
「分かりやすかったよ、アンタ。」
「嘘っ」
「だって自分から挨拶するのなんて彼くらいだし、彼を見る時なんかもう分かりやすい。好きです。と顔に書いてあるようなモンだよ。」
……なんて言われてしまった。挙句の果てには、気付かれてるんじゃない?とまで。
それを聞いたところで私にはもうどうしようもなかった。
だけど……さっきまで思ってた感情とは違うものが、私の中で渦巻いていた。
彼に好きな人がいる。
もしかしたら、私かもしれない。
……付き合うなんてよく分からないし、もしかしたら勘違いかもしれないけど。それでももし、私と付き合ってくれる可能性があるのなら。
……彼と付き合ってみたい。
彼の事なんてまだまだ分からない。だから、彼をもっと知りたい。
告白はまだ早い。けれど、積極的に行ってみよう。
それにもしこれが勘違いで、他の子が好きだって言われた時。私のこの気持ちを言わないなんてもう、無理だ。せめて、君が好きだって事は、知っておいて欲しい。
「……覚悟が決まったみたいですね。
さぁーて、言い出しっぺも帰ってしまいましたし、私達も帰りましょ。」
彼女の言葉で、私達も帰る事にした。
頑張ろう、明日から。
第三話
次の日。
私は今日もまた通学路を歩いていた。
昨日、覚悟を決めてから私の世界はガラッと変わったように思える。
昨日までには無かったワクワク感が、私の胸を支配していた。笑顔が溢れる。それを抑えるのに必死だ。
いつも通り、通学路を歩いていると、彼が自転車で私の横を通り過ぎようとしていた。が、今日は違った。
今日は彼が自転車を止め、私の隣に来た。
「お、おはよう……。」
「お、はよう……。」
意外な事でビックリした。
「昨日……はごめんね。」
「えっ何が?」
「急に帰っちゃって。」
「あぁ……全然、大丈夫だよ。」
緊張する。昨日友達に分かりやすいと言われたばかりなんだ。平常心平常心。
「あの、さ。」
彼が口を開いた瞬間、大きな風が吹いた。
桜が大きく舞う。
「今日の放課後、教室に残っていて欲しい。」
放課後。
彼の言う通り、私は教室に残っていた。他の生徒達はもうとっくに帰って、教室には私一人だけ。
今日はなんだか時間の流れがとても早かった。授業も、お昼休みも、何もかもが。
私は、これから訪れるであろう事が、もう何となく予想出来ていた。
告白……されるんだろうな。
だって、朝私に残っていて欲しいって言っていた時の顔が物語っていたもの。
そして……運命の瞬間。
彼が教室に入ってきた。今までに見た事無い表情をしていた。
「遅くなって……ごめんね。」
「だ、大丈夫……。」
シーンと静かになる空気。私の心臓は、もうバクバクだった。
「……」
「……」
……二人とも、無言だった。
けれど、決心したのか、彼が口を開いた。
「昨日の今日で、信じて貰えるか分からない。もしかしたら、僕の勘違いかもしれない。けど。あのあと友達と話して、僕は決心したんだ。」
桜が教室にまで舞って入ってくる。
そしてーーー
「僕は、君が好きです。
僕と、お付き合いして下さい。」
桜が散るその日から 幽幻桜 @mikoluna
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます