第8話
「ゆづ、めっちゃきれいだね」
「蒼ちゃんもね」
久しぶりに会った蒼ちゃんは、スーツの似合うかっこいいお姉さんだ。
「蒼ー、ゆづちゃーん!」
駅の構内からパタパタと走ってきたのは、世梨ちゃんだ。会っていなかった五年程で、すっかり大人びている。
「うわ、東京って温かいねー」
世梨ちゃんはそう言いながら、つけていたマフラーを外している。
‥‥‥いや、さすがに十二月だし、東京も寒いけどね。
世梨ちゃんは中学卒業後、親の都合で北海道の方に行っており、久しぶりの東京の暖かさに驚いている。
今日は中学の同窓会だ。桜坂駅前にある居酒屋で、中一のときの同級生と集まることになっている。
「もうみんな来てるってさ。早く行こう」
蒼ちゃんは携帯を見ながら促す。居酒屋・
「いらっしゃいませー。あ、小夏たち!奥の個室にみんないるぞ!」
店員さんはそう言い、店の奥を指す。よく見るとその店員さんは、かなり体格のよくなっている中村くんだ。店の名前の入ったTシャツがよく似合う。
ガラリと個室のふすまを開けると、見慣れた顔がたくさんあった。
「おー久しぶり、小夏さん、蒼、山尾さん!こっち空いてるよー!」
化粧をしたきれいな女性が声をかけてくるが‥‥‥誰だ?
「笹木さん、久しぶり」
世梨ちゃんは彼女にそう声をかける。え、笹木さんなの?全然わかんなかった‥‥‥。
「違うよなー小夏は高城の隣、山尾は浅井の隣じゃないと」
「あー、そうだった!ごめんね、二人とも!蒼、こっちこっち!」
「なんかあたしだけ仲間外れ感すごいんですが‥‥‥」
「「あはは‥‥‥」」
中一の夏休みから付き合い始めた私と蓮斗くん、世梨ちゃんと浅井くんは、クラス公認のカップルだ。
苦笑いしながら私は蓮斗くん、世梨ちゃんは浅井くん、蒼ちゃんは笹木さんの隣に腰を下ろす。
中学卒業から、遠距離でもなんだかんだ続いていた世梨ちゃんカップルは、離れていた期間を感じさせないほど仲良しだ。太い矢印が、はっきりと見えている。
「雪月、なんか楽しそうだね」
顔を覗き込んだ蓮斗くんも、なんだか楽しそうだ。
「‥‥‥そうだった、雪月。帰り能力屋によって帰って」
「‥‥‥?わかった」
私は前に置いてあったかぼちゃの煮付けをつまむ。‥‥‥ん、美味しい。この前、嫁修行につきあわされて、お姉ちゃんが作ったの食べたけど、それよりかなり美味しい。
そうそう、お姉ちゃんは京吾くんと婚約し、晴れてお嫁にいくことになった。結婚はまだまだ先だけれど、お母さんに習いながら、難しい料理にも挑戦している。お姉ちゃんが料理当番のとき、かなりの確率で炒めものだったから、煮物とかしたことなかったらしい。自分が肉じゃが好きなのに‥‥‥どうしてだ?
「それ、中村が作ったんだってさー。あ、そうだ、中村といえば!あいつ超美人な彼女いるらしいぞ!」
前浜くんは中心となって、中村くんの彼女説に盛り上がる十人ほど。
「雪月、飲み物なんかいる?」
「あ、じゃあ烏龍茶で!」
「酒、飲めないもんな」
‥‥‥本当は今日から飲めるんだけどね。
蓮斗くんは厨房にいる中村くんに注文しに行ってくれる。
「ありがとう」
「うん」
蓮斗くんは戻ってくると焼き鳥をつまむ。
「‥‥‥やっぱ仲いいよなー」
生暖かい目を感じ、蓮斗くんと揃ってそっちを見ると、ジトッとした目で羨ましそうに見つめる前浜くん。
「あーあ、俺、密かに小夏、気になってたんだけどなあ」
大声‥‥‥とまでは行かないけれど、少し席の離れている私たちに聞こえるくらいの声量、つまりこの部屋にいる人の半分くらいに聞こえたと思う。
蓮斗くんの笑顔が少し固まったのが、横目でもわかる。
「俺も俺も!」
そう言って笑いながら元気に手を上げたのは中村くんだった。烏龍茶を持っているから運びに来たのだろう。
蓮斗くんの笑顔がもっと固まる。
私は、はは‥‥‥と乾いた笑いを返す。本当はそのことは、私も気がついていたのだ。見ることができないのは、自分が好意を寄せている相手の矢印だけだから。
「小夏さん、気がついてなかったみたいだけど、結構人気あったんだよ。可愛いし」
最後に巨大な爆弾を落としたのは、あれ?言っちゃまずかったかな、とキョトンとしている浅井くんだった。
さすがに気がついてたよ、なんてことは言えず、私は苦笑い。
蓮斗くんは、はは、はははと笑って、勢いよくお冷を飲む。
「まあ今は、違うけどな!」
ガハハと豪快に笑う中村くん。楽しい時間はあっという間に過ぎていくのだった。
「じゃあまた今度、小夏!高城、ちゃんと送って帰るんだぞ!」
「わかってるわ!」
茶化す前浜くんに少し切れた蓮斗くん。私は苦笑する。
他愛のない話をしながら、能力屋まで歩いていく。
鍵を開け、能力屋に入ると‥‥‥。
「ふああ‥‥‥温かい‥‥‥」
「だろ?さすがにもう耐えきれなくて、高性能空調設備つけたんだぜ。これで今までバイトで働いた分、ほとんど使っちゃったよ‥‥‥。じゃなくて!」
高城くんはぱちんと電気をつける。
「今日はその、雪月の誕生日だろ。忘れてないよ」
「‥‥‥え」
『酒、飲めないもんな』
そう言ってたからてっきり、忘れてるのかと思った‥‥‥。
「めでたい二十歳の誕生日、そして‥‥‥レンとのお別れの日」
その言葉に誘われるように、私は首飾りを外した。
約八年間、いろいろあったね。
蒼ちゃんとのこと、前浜くんとのこと、世梨ちゃんとのこと、みっちゃんとのこと、そして蓮斗くんとのこと。
全部全部、覚えてるよ。レンが言ってくれた言葉、してくれたこと。
初めてレンを見たとき、なんてきれいなんだろうって思った。吸い込まれるほどに澄んだピンク色に心を奪われた。
初めてその能力で矢印を見たとき、驚いたなあ。こんなことできるなんて、信じられなかった。
占いの館もやったよね。大成功とは言えなかったけど、蒼ちゃん、世梨ちゃんと仲良くなれた大切な思い出だよ。
みっちゃんのこと、とっても大変だったね。でもおかげで大切な思い出にも出会えたし、何よりまた小学校に行けて、嬉しかった。‥‥‥そうそう、みっちゃんと深沢庶務担当、やっと最近、お付き合いを始めたみたいだよ。
他にもたくさん、レンとの思い出が胸の中に詰まってる。レンと出会えたこと、すごく嬉しかった。
(ありがとう、レン)
(こちらこそ‥‥‥)
それが、レンとの最後の会話だった。それ以降もう、レンの声は聞こえない。だけど、私の心にはいつも、レンがいる。寂しくなんてない。
「雪月、代わりと言ってはなんだけど」
黙って見つめていた蓮斗くんは、小さな箱を取り出した。その箱の中には――。
一つの指輪だった。でも少しおかしくて、きっとなにかがはまるのであろう場所に、なにもない。
「ちょっと待ってて」
蓮斗くんは、指輪の箱とレンを持って、奥に引っ込んでしまった。何をするんだろう。
私は近くにあった椅子に腰を下ろして待たせてもらう。ほんの数十分だった。
「できたできた」
蓮斗くんは指輪の箱だけを持ってやってきた。
それを覗き込むと――。
「わあ‥‥‥」
思わず感嘆の声を漏らした。さっきなにもなかった場所には、レンがはまっていた。
「雪月さ、これがなにか、わかってる?」
「‥‥‥?レンでしょ?」
蓮斗くんは、ははっと笑った。
「お互い大学卒業して、自立したら、結婚しようって言ってるの」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
はい!?
‥‥‥あ、私、告白された八年前と全く同じ反応してる。
「返事は?」
あの時と違って、すぐに返事を催促する。でもその言葉とは裏腹に、なんだか不安そうな顔をしている。‥‥‥ふふっ。
「‥‥‥もちろん!」
蓮斗くんはよかったぁと胸をなでおろす。
今までもこれからも、レンとともに、ずっと一緒にいようね、蓮斗くん。
コイ×コイ! アキサクラ @hoshiimo_nagatuki
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