わたしの好きな子

「なんでみんな無視するの?」


 そんなつもりはなかったのに、溢れそうなぐらいに目に涙が溜まってる。

 無視をされて悲しいからじゃないし、一人が寂しいわけでも。

 自分が悪いわけでもないのに、こんな理不尽な仕打ちを受けいれなきゃいけないわたし自身が惨めで、悔しくて、それなのに何も出来ないのがもっと悔しいから。

 

 泣くつもりなんて少しもなかった。

 泣いてしまったら、今のわたしを自分で肯定しているような気がするから。


「私はなにも悪くなんかない!」


 自分にそう言い聞かせて、目を見開いても、歯を食いしばってもダメだ。

 拳にを握り締めても、空を見上げても、やっぱり溢れちゃう。


「わたし……なんにも……」

「ワタシは何も悪くないってこと、ちゃんと分かってるよ」


 そう言ってわたしに優しい声をかけてくれるのは、今はもうこの子だけ。


「みんな羨ましいんだよ」

「私が、羨ましい?」

「そうだよ。都会から引っ越してきて、可愛くて、男の子にもモテてさ——だから嫌がらせで無視するんだよ」


 優しく囁きかけるように、わたしのことを肯定してくれるこの子だけが心のよりどころ。

 さっきでの感情の昂りが嘘のように治まっていて、いつの間にか涙も乾いている。


「みんなケンタ君のことが好きだったんじゃないかな? だからさ、転校してきたよそ者が、ケンタ君に告白されたことが許せなかったんじゃないかな?」

「でも、男子も無視するよ?」

「それはほら、女の子たちに目の敵にされてるような子と仲良くしたら、自分まで嫌われちゃうかもしれないでしょ? 男の子ってみんなバカだもん。恰好付けて女の子に好かれることしか考えてないんだからさ」

「……そうだったんだ」


 無視をされて嫌われている理由が、この子の言う通り「羨ましい」からなら、わたしはやっぱり間違っていなかったってことなんだ。

 

 わたしも違和感はあった。

最初はあんなに仲良くできていたのに、ケンタ君の告白を断った途端にみんながわたしのことを無視するんだから。

 別に彼女が言ったからそう信じるわけじゃないけど、彼女はわたしの言って欲しいことを言ってくれる。

 

 だけど別に彼女だからいいわけじゃないんだ。

 今のわたしが必要としているのは、話し相手なんだから。

 

 それにわたしは、みんながわたしを無視する理由や解決策が知りたいわけじゃない。

同情や励ましの言葉が欲しいわけでもない。

 ただわたしの話を聞いて、共感をしてくれて、言葉を返してくれればそれで充分なんだから。

 

「でも、ケンタ君のどこが良いの? 良いところなんてどこにもないよ?」

「それはワタシにも分からないよ。だけどほら、思い返してみてよ。小学生の時って足の速い男の子が女の子にモテたでしょ?」

「……うん」

「それが中学生になると、女の子も色気づいてきて、今度は顔の良い子がモテるんじゃないかな? 性格はダメでも、この学校だとケント君の顔が良いんじゃないかな?」


 納得は出来ないけど、言っていることはなんとなく分かる。

足元にあった小石を蹴とばすと、彼女もわたしの真似をして蹴とばすふりをした。


「あいつのこと、カッコいいと思うの?」

「ワタシはそんな風には全然思ってないよ。ワタシの一番はアナタなんだから」


  飾り気なんて無いその言葉だけど、今のわたしにはそんな言葉が一番信用ができて、そんな言葉だから一番嬉しかった。感情が表情に出てしまっていることを自覚ができるぐらいに。

そんな彼女の言葉に思わず振り返ると、彼女もわたしのことを見てくれていて、急に恥ずかしくなってきた。

 自分が照れていることに気付くと余計に恥ずかしくて、そんな気持ちを悟られたくはなくて、素っ気なく「ありがと」と。それでも、


 「わたしもあなたが一番」


恥ずかしくてとても面と向かって言うことは出来ないけど、前を向いて目は合わせないで言っちゃった。

 顔は見てないけど、わたしと一緒できっと喜んでくれていると思う。




 もう日が沈み始めて、いつもだったらもう家に帰ってる時間。

 ついさっきまでは日が射して温かったのに、いつの間にか日が陰って風が肌寒かった。

 少し先のまだ日の当たっている場所まで移動して日を浴びると、西日は眩しいけれどまだ温かい。


「……いつまでもこうしていられたらいいのに」


そんなことを考えてしまうが、もうすぐ日没で、わたしにはどうすることだってできない。


「そろそろ帰らなくていいの?」

「……うん」


 そんなつもりはなかったけど、気の無い返事になっちゃった。

だって、家に帰るといつも学校はどうだったかって聞かれて、学校で友達とは仲良くやれているのかって確認される。

 だけど上手くいってないなんて心配をかけると、お母さんは泣いちゃうから嘘をつかないといけない。もしも学校で苛められているなんて言ったら、どんなことになっちゃうか分からない——でもお父さんとお母さんのために嘘をついてても、やっぱり負い目みたいに感じて家には居心地が悪い。

 

 家に帰って両親と三人で食卓を囲んだら、してもいない作り話を楽しそうに話さなきゃいけないんだから。

そんなことを毎日やってると苦しいし、自分が自分じゃないみたいになってきて、本当の自分が何をしてたのおかが分からなくなってくる。

だから家に帰るのが嫌になってしまうのも自然なことだと思う。

家を出る時よりも家に帰る時の方が辛くて、学校で無視をされている方がずっとマシ。

 でも——


「もう少しだけ」


 学校と家との、この登下校の時間が一番心が休まるんだ。

 だから、少しでも帰宅時間を遅らせたくって、無駄な抵抗だって分かってても抵抗せずにはいられない。

 せめて日のあるうちだけでも。


「大丈夫なの?」

「まだ大丈夫」


 日没まではまだ少しだけ時間があるから。

 

でも今はまだ日が長いからいいけれど、これから日が短くなってきたらどうすればいいのか、そんな先の事を考えると不安になっちゃう。

 一日の中で唯一居心地の良い、心安らぐ時間が無くなってしまうんだから。


「そんなに家に帰るのが嫌なの?」

「うん」


 学校の子たちとまた仲良くすることさえできれば、それさえできれば全部解決することは分かってるけど、そんな日はきっと来ないんだから。

 またお父さんが転勤してくれればいいんだけど。


「じゃあ、帰らなければいいんじゃない?」

「えっ?」

「帰るのが嫌なら帰らなければいいんだよ」

「無理だよ」

「なんで?」


 彼女のことを傷付けたくなくて、夢物語だなんて言えない。


 住む場所が無い。

行く場所も無い。

頼れる人もいない。

お金も無い。


何も無いわたしが、家を出て生活できるはずない。


「——ワタシがいるよ?」

「ワタシだけがアヤネちゃんのことを分かってあげられる」

「ワタシはアヤネちゃんに寂しい思いなんてさせない」

「ワタシはアヤネちゃんを一人になんてしない」

「ワタシがアヤネちゃんについていてあげる」

「ワタシはいつまでも一緒にいてあげる」

「ワタシと一緒に行こうよ」


 振り返れば確かに彼女はそこにいた。


「ほら」


 手を差し伸べられているような気がして、その手を取ると触れることができて、独りではないと実感することはできた。


「急いで、もう日が沈んじゃうよ」

「……うん」

 

 



『先週から行方不明になっている——』

『行方が分からなくなっているのは ×× 県の中学校に通う一年生の——』

『午後五時頃に徒歩で帰宅する姿を自宅近くの住民が目撃していましたが——』

『警察は事件に巻き込まれた可能性もあるとみて捜索を進めています』

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わたしの かぼちゃ @sawsee

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