NDEはゼロカロリーの海で

有田紀志

第1話






『NDEはゼロカロリーの海で』  

◯本編   

暗い空と、黒い海。ワタシモリと、冬峰ケイチが海岸に立っている。ワタシモリは黒い海をぼーっと眺める冬峰ケイチに話しかける。

ワタシモリ「初夢、僕は休日出勤するっていう最悪の内容だったけど、まさか正夢になるとはね。あー、この三が日で俺と同じ夢を見た奴はこの世界で何人いるんだろう。人間は他の誰かと全く同じ内容の夢を見るのかな。ねえ、どう思う?」

   長い前髪をいじりながら、ワタシモリはケイチに話しかけ続ける。

ワタシモリ「あなたに言ってるんですけど」

冬峰ケイチ「え?」

ワタシモリ「冬峰ケイチさん」  

ケイチは目を見開く。

冬峰ケイチ「……あなた、私のこと知ってるの」

ワタシモリ「はい。さ、乗って」  

ワタシモリは小さい船を指差す。

冬峰ケイチ「なんで」

ワタシモリ「いいから」

冬峰ケイチ「あなた、誰」

ワタシモリ「乗ったら教える」

冬峰ケイチ「やだよ」

ワタシモリ「ここにいてどうするのさ。お願い。僕の仕事なんだよ。早く終わらせたいの。わかるでしょ?」

冬峰ケイチ「……仕事。そういうなら、私も仕事中だよ」  

ケイチは言葉を詰まらせる。

ワタシモリ「覚えてる? 動画プラットフォーム内にいた時のこと」  

ケイチはVTuber引退までの経緯を思い出しながら目を泳がせる。

冬峰ケイチ「……放火魔で魅惑の美少年に『ただ火が見たかった』とか綺麗な理由を期待して『なんで燃やしたの?』と聞くけど『理由なんてない、何かあると思った?』って馬鹿にしたように笑うから夜明け前に通報したのが最後で、」

ワタシモリ「えらく不謹慎な動画だな」

冬峰ケイチ 「ケイチの生放送は深夜配信だから。感傷的になりやすい時間帯と不謹慎は相性がいいんだよ」

ワタシモリ 「ふーん。まあなんにせよ、もう仕事しなくていいんだから暇でしょ? 早く乗って」

冬峰ケイチ「なに? なんかイライラしてない? 実はあなた、ケイチのアンチ?」

ワタシモリ「そういうわけではない」  

ワタシモリ、不機嫌を全面に押し出しながら長い前髪をいじる。どこかつまらなさそうにもしている。ケイチはVTuberだから、そんな態度の人間を見ているのはツラい。他のVtuberとコラボした動画の生配信だと思って、ケイチは笑顔をつくる(生配信は黙ったり険悪なムードになると放送事故になるので)。

冬峰ケイチ「……まあ、わかったよ。もう引退したし。これは私のプロトタイプから聞いた話だけど、要するに私はこれからデータ破棄されるかからだの一部が次のモデルに移植されるかするってことでしょ。素敵なとこにつれていってよね」

ワタシモリ「きっと見たことない世界に行けるさ」  

二人、船に乗り、海を渡る。ケイチは不思議そうに黒い海や景色を眺めている。VR旅行でも、こんな場所はきたことがない。

冬峰ケイチ「なんだか汚れてる海だね」

ワタシモリ「まあね。君は綺麗なものしかすきじゃない?」

冬峰ケイチ「うん。てか、綺麗なものしか見たくない」

ワタシモリ「若者って感じの発言だね」

冬峰ケイチ「そう?」

ワタシモリ「うん。価値観は時代と共に移ろっていくはずなのに、翳りなく美しくて可愛いものだけが熱心に消費されている今の時代は、僕は正直胡散臭いなって思うよ」

冬峰ケイチ「はあ? なんでさ」

ワタシモリ「だって、「文学」がどこにあるのか解らなくない?」

冬峰ケイチ「近代的自我を抱えている人間のことを、若者は老害と呼びます」

ワタシモリ「言うねー」

冬峰ケイチ「いい? webの主体が活字から動画に移り変わっていく中で、自己認識もその鏡像も変化してるんだよ。自己を投影したVTuber、インスタ映えを意識した自撮りこそが文学なんですよ」

ワタシモリ「うわー。ついていけない。ま、俺は食いっぱぐれなきゃでいいんだけどさ」  

ワタシモリはメガネを一度おさえる。

ワタシモリ「一昔前のママやパパたちは漫画を禁止してたのに、今じゃすっかりYouTubeやソシャゲに取って変わったよね。それほど若者を夢中にさせてる。そして君は彼らたちに消費される側にいる。すごいね」

冬峰ケイチ「そうだよ……あんたは文学がどこにあるかわからないって言ったけど、ケイチを受肉した内嶺景都(うちみねけいと)は沢山本や漫画読んで、理解できない思想もとりあえず丸暗記していつでも引用できるようにしてて。ケイチの言ってることなんて、殆んど景都が読んだ本や先人の教えの受け売りだ。文学はいつだってケイチと共にあった。漫画家だって小説読むし必要ならば自己啓発本も読んで昇華して他人啓発本を書くんだ」

ワタシモリ「ちゃんと最後に名言ぽいこというあたりもVTuberとして卓越してる」

冬峰ケイチ「あなたVtuberの動画観たことあるの?」

ワタシモリ「便宜上ケイチの動画のアーカイブは全部観たよ」   

ケイチ、目を見開く。ワタシモリは長い前髪を指でといてから、言う。

ワタシモリ「アーカイブにあがってないのに、って顔してるね。でもそういうものなんだ。上司に死にそうな奴適当にピックアップされて、全員の情報把握しとけって言われるの。ほら、あの世までの道のり長いでしょ? 何にも知らないと話しようがないし。間がもたないと地獄なんだよねー」

冬峰ケイチ「……あなた、他のVTuberとのコラボ生放送前のVTuberみたいなことしてるのね。実はVtuberなの?」

ワタシモリ「いいや。ただのしがない渡し守ですが。ちなみに。ワタシモリのこと、ここに来る者はみんなはじめての相手に見えるらしいんだけど……」   

ケイチ、顔を赤くする。

冬峰ケイチ「っ、セクハラ!!」

ワタシモリ「ケイチはプロフィールに性別も処女かどうかも書いてないからな。その反応は処女かな。でもまあ安心してよ。僕、今はこんな見た目だけど、ちゃんとすればそこそこの好青年だよ」

冬峰ケイチ「そういう問題じゃない!!」 

ワタシモリ「うん、ごめん。こういう話題、やっぱ君は過剰に怒るね」

冬峰ケイチ 「……」

ワタシモリ 「悪かったよ」  

ワタシモリは罰が悪そうにケイチを見る。

ワタシモリ「この見た目の方が都合いいから。みんな自分より陰気でバカそうに見える人間相手じゃないと本心言ってくれないからね。かっこつけてものいわないの。やっぱさ、死ぬ前くらい心置きなく思いの丈吐き出してほしいし 」

冬峰ケイチ「偏見でしょ、それ。そういう人間はそうってだけ。かっこつけは誰に対してもかっこつけだよ」  

ワタシモリ、目を細める。

ワタシモリ「君のそういうとこ、なかなか好ましいな」

冬峰ケイチ「ありがとう。ねえ、あなたもそうでしょ」

ワタシモリ「え?」

冬峰ケイチ「さっき言ったことは建前だよね。あなたもかっこつけ。端正な顔してるのに、わざわざ隠してる。それってもしかして、目立たせたい誰かがいるからじゃない? 違う?」  

ケイチは自信ありげに問いかける。ワタシモリは何か考えるようにしてからケイチを見詰める。

ワタシモリ「なんでそう思うの?」

冬峰ケイチ「だって、あなたはさっきから前髪やメガネをやけに気にしてる。普段からその前髪で、メガネをかけてるなら、そこまで気にしないと思う。ねえ、アーカイブ観たなら知ってるんでしょ。冬峰ケイチは、モデリング技術の乏しい無名のVtuberと積極的にコラボして、彼らを引き立て役にするようなひどい真似すること。あなたはそれに気付いて、ケイチが死ぬまでの準備期間で前髪を伸ばした。或いはカツラかな。確かにこの場所は観客はいないけど、あなたとの対話はある種のコラボと言えるし。その裾が擦れたパーカーも意趣返しのつもり?」

ワタシモリ「……想像力が豊かだね」   

ワタシモリ、困ったように笑う。

ワタシモリ「あ、わかった。君は野暮ったい黒髪メガネ萌えじゃないからそんな発想になるんだな。極論岩にメガネかけてもかわいいとかいう子がいたんだけどなー」

冬峰ケイチ「話そらさないでよ」

ワタシモリ「冬峰ケイチってミステリー小説すきだったっけ? 探偵でもあるまいに僕の私情なんか知ってどうするのさ」  

ワタシモリの柔らかい口調だけどとげとげしい言葉に、ケイチ、押し黙る

冬峰ケイチ「……ごめんなさい。自意識過剰だった」

ワタシモリ「君はいつだって話の中心にいる主役だからね。仕方ないよ。ーーいや、うん、違うな。僕が言いたいのは、ファンでもなんでもない傍観者相手に、そこまで真剣に向きあわなくていいってことさ」

冬峰ケイチ「……よくわかんない」

ワタシモリ「別に君は僕の気持ち考えず全部無視してずっと黙ってたっていいんだよ」

冬峰ケイチ「そんなの放送事故だよ。無理だよ」 

ワタシモリ「そうだね。それでこそVTuberだ」    

ワタシモリは優しく笑う。

冬峰ケイチ「……ところで、その子どうなったの」

ワタシモリ「あの世に行ったよ。あの世は俺の会社の管轄じゃないからそのあとどうなったかは知らない」

冬峰ケイチ「あの世って、どんな場所?」

ワタシモリ「ミドルオブノーウェア。どこでもない場所だよ」

冬峰ケイチ「……」

ワタシモリ「死にたくない? また人間に閲覧されたい?」

冬峰ケイチ「……観測されないと、ケイチは生きていけない」  

ワタシモリはおもむろにスマホを取り出し、冬峰ケイチ 死ぬ 弊害』でクグりだす。 グーグル先生はあの世でも有効なのか、とケイチがワタシモリを呆然と見つめる。

ワタシモリ 「あ」

ワタシモリが僅かに目を見開く。

ワタシモリ「関連動画があるよ」  

ワタシモリはスマートフォンの音量を上げる。ケイチは画面を覗き込んだが、そこには何も映らず、真っ黒な画面から流れて来た声は、聞き慣れない声だった。

??『……私。ケイちゃんのファンです。VTuber活動、辞めちゃうんだね。もし


ケイちゃんが引退するってなったら、言いたかったことがあるの。 あ のね、ケイちゃんは、元は一年前に引退したVTuberのメルちゃんだよね。モデリング技術もあがってて、メルちゃんと見た目は全然違うけど、その身に付けてる緑   色のリボンはメルちゃんの初期装備と同じだよね。テセウスの船理論でいくと、貴方は私にとってメルちゃんなの。戻ってきてくれてありがとう。また会えて嬉しかったです。もしメルちゃんがまたどんな姿になっても、私、絶対あなたのこと、絶対に見つけるからね。いつでも戻ってきてください。待ってます」  ケイチはその言葉を、どんな気持ちで受け止めていいか分からなず、押し黙る。後ろから頭を殴られたような。誰なんだと聞くことも出来なかった。その代わりに、と言ったように、口を開く。

冬峰ケイチ「景都は、美しい人形やぬいぐるみになるのが夢だった。誰が見ても美しい見た目になりたかった。そのためにご飯を我慢して、お腹がすいた時はゼロカロリーのコーラや無糖コーヒー飲んでしのいでた。カフェイン接種したら食欲なくなるって聞いたから。そんな中、担当の精神科医が『楽しく人生送りたけりゃいくつも顔を持って。いつ壊れてもいいように』と言われて。Vtuberの動画みて、これだ! って思ったのね。なりたい自分をつくるんだって。でも、現実はそんなに甘くなかった。ボイスチェンジャーを使ってバーチャルドールと名乗ったって、中身は人間だから心ない言葉に傷付いたりしてた。声が女とか、本当はおじさんだなんだいちいちいわれる時代に、景都はちょっと合わないんだよ」    

ケイチは涙ぐむ。

冬峰ケイチ「最後に私が出た動画、元々はTwitterでアンチと戦ってヒートアップして、他のVTuberをまきこんで炎上したのがきっかけでできたんだけど。最高閲覧数記録したのが皮肉だよね。不眠症をひとりじめしないで、からはじまる挨拶、評判よかったのに。勿体ない。動画のクオリティだってよかったのに。わざわざアンチに見立ててモデリングした少年も、私に負けないくらい美しかった。放火のエフェクトも美しかった。理由なき悪意だって、美しかったら許せたの、景都は」  

ケイチ、うつむく。

ワタシモリ「その動画の最後で、景都は心を痛めて、ケイチもろともすべてを壊そうとした。要するに、ケイチを仮想的に殺し、自殺を図った」

冬峰ケイチ「ケイチは今全然美しくない。女の独白は聞いてて面白いかもしれないけど、美しくない。こんなの、景都は許さない」

ワタシモリ「僕しか聞いてないから」

何かに気付いてあ、と声をもらす。

ワタシモリ「ここでさよならだ、ケイチ」

冬峰ケイチ「え!? なんで、まだついてないのに」

ワタシモリ 「見つかったからだよ」  

暗転。  



〇ワタシモリ、一人、海の上。

ワタシモリM「内嶺景都(うちみねけいと)。21歳。睡眠薬と安定剤のオーバードーズ、合わせてカフェイン錠の過剰摂取による急性カフェイン中毒を引き起こし昏睡し病院に搬送されたが、一命はとりとめ、現在は回復しているとのことだ」  

ワタシモリはスマートフォンの動画を見ている

卓越した子犬『どうもー! 卓越した子犬です!』  

仮想空間で子犬のようなぬいぐるみのような物体が口をパクパク動かしている。

ワタシモリ「まだデビュー間もないのにコメントすごいなー。えーなになに。待ってた、かわいすぎる、自分で言う定期。犬が喋るな……」  

ワタシモリははっとしたように目を見開く。

ワタシモリ「見つけた」  

そう言って笑う。ワタシモリオールを漕いで、浜辺へと向かう。

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NDEはゼロカロリーの海で 有田紀志 @shikaniku111

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