戸山くんが、ついてくる

みこ

戸山くんが、ついてくる

 同じクラスに、戸山浩司とやまこうじくんっていうのがいる。

 いる、んだけど……ここ1週間学校には来てない。

 なんでもご両親が、捜索願いを出したとかで……、そう、戸山くんは行方不明なのだ。

 でも、ここ川奈中3年1組では、あまり心配する声は聞かれない。受験が大変っていうのもあるんだけど、なにせ戸山くんはが悪かったから。まだ、中学生なのに、夜中出歩いてわるーい大人と遊び歩いてるとか、彼女がいるのに他の女の子と遊びまくってるとか、拳銃を持っていて……、あはは、拳銃は大げさか。でも、そんな噂ばかりであまりクラスメイトとも仲は良くなかったから、表立って心配する人なんていなかった。そりゃあ、影で心配してる子もいたかもしれないけど。

 それよりも、予備校大事、勉強大事。

「まゆー!まだ居たんだ」

 学校帰り、教室でダラダラしていたら、廊下を通りすがった友達2人から声をかけられた。

「あたし、推薦もらったんだー」

 ピースで返事する。

「推薦組かぁ」

「予備校行かなくてよくなったってやつ?」

 解放された気持ちで一杯のあたしに、友達が口々に言ってくる。こんな風に放課後気軽にお喋りするのも久しぶり。

「まゆはすぐ帰る?アタシら今から顧問の先生のとこ行かなきゃだからさぁ」

「うん、今日は真っ直ぐ帰るよ」

 そんなあたしを見て、2人はどうしようって顔を見合わせた。

「……どしたの?」

「言いにくいんだけど、さ」

「まゆのクラス、戸山くん、っているじゃん?」

 なんか予想外の話題だったから面食らってしまった。

「戸山くんが……どうしたの?まさか犯人がどうとか?」

 噂によると、戸山くんは何か犯罪に巻き込まれたんだって意見が主流だった。学校に面会に来たご両親との話し合いを、たまたま職員室で聞いちゃった子が居たんだけど、そんな感じだったって話だ。家出なんかじゃなくて、誘拐とか、誘い出されたとか、そんな感じだったんだって。実際、クラスでやらされたアンケートでも、前日電話をしたかどうかとか、誰かと会っているところを見てはいないかとか、そんな内容だった。

「あの、ね」

「戸山くん、出てくるんだって」

「え?……それって見つかったってこと?」

「じゃなくて!」

 2人の目は、言いにくいなんて話をしている子の目じゃなかった。言いたくてうずうずしてるっていうキラキラして興奮した目をしてる。

 声を殺して、2人が耳打ちした。

「これは口外禁止なんだけど。戸山くん、死んじゃったんだって」

「……」

 真剣な顔で、2人が話してくる。こんな事態になれば、死んでしまった噂も立つだろう。でも、それならっていうのは、つまり……。

「まだ、死んだことに気付いてない戸山くんが、登校してるんだって。それでね、学校の帰りに、戸山くんが……ついてくるんだって……」

 一際、低い声。

「その姿を見た人は……連れて行かれちゃうって……」

「え……」

 一瞬びっくりしたけど、オカルトな話、かぁ。

 オカルト映画とか見なくもないけど、現実にあるかって言われたら、あたしは無いって答える。

 幽霊なんて見えたら、世界中幽霊だらけじゃない。

 いるわけないない。

 それも、まだ夕焼けにすら時間があるこんな明るい時間に。

 まったくもう、何かと思ったら。

 けど、興味あるフリをして、真剣な顔をしてみせる。

「まさか……、でも、気をつける、ね」

 すぐに「じゃーねー!」って言い合いながら、友達と別れた。友達は、先生のところへ。あたしは一人、帰途につく。

 学校から自宅のあるマンションまでは20分くらい。徒歩通学。

 学校前の商店街を抜けて、一本入ると人気ひとけはなくなる。住宅は続いているのだけど、時々車が通るくらいで歩いている人は少ない。

 確かに、こんな場所でもし暗いなら、幽霊が出たっておかしくない。でもねぇ……。

 そんな時、ふっ……と目の端に何か見たような気がした。何か、というより、

 こんなところに人いたっけ?

 ふいっと後ろを向くと、誰もいない。

 でも、横の道とか、何処かの家とか、入っていったのかもしれないし。

 あんな話聞いちゃったから、きっとその気になっちゃってるんだ。

 気のせい、って思った。

 でも。

 何メートルか歩く度に、そのは目に入った。

「きゃっ……」

 曲がり角の、ミラーの中……。

 間違いなく、誰か立ってた。紺色のブレザー……。うちの学校の制服……?

 悲鳴を上げるほどはっきり、見えた、と思った。

 嘘……。

 だって、戸山くんがいるはずないんだから。


 先週。それは、戸山くんがいなくなる前日のこと。

 その日も、あたしは一人で校門を出るところだった。

 先生に呼び出されて、遅くなっちゃった。

 でも、その日までは、一人で帰るのは途中まで。家へ続く横道にも入らず、やっぱり人気ひとけの少ない図書館に続く道の途中、と待ち合わせする。そう、その人こそあたしの恋人、戸山浩司くんだ。

 付き合って2ヶ月。周りには誰にも言ってない。

 だって、戸山くんが「恥ずかしいから内緒にしよう」って、可愛い顔で言うものだから、「じゃあ内緒にしよ」ってあたしは応えた。それもいいと思った。だって、二人のヒミツっていい響き。

 でも……戸山くんたら。

「ごめーん、まった……」

 え?

 誰かと、一緒にいる。

 え、待って。

 一緒に居たのは、隣のクラスの町田さん。友達、だったのかな、って思ったのも束の間。戸山くんが、町田さんの腰に手を回してイチャイチャしだした。

 嘘でしょ。まさか。

 近くにあった駐輪場にこっそり身を隠す。と、周りを憚らない二人の笑い声が聞こえてきた。

「ねえ、こうくん。次、いつ会えんの?」

 こう……くん?

 血の気が引く。

「今日の夜とかどうよ」

 今日……?夜?

 どういう関係かなんて、もうわざわざ考える必要も、問いただす必要もなかった。

 町田さんと別れて、そこに戸山くんが一人になるのを待って、「待ったー?」って、出ていった。

 あたしは毎日、戸山くんと会えるのが嬉しくて、予備校にも行かずに教室から急いで帰ってきてたのに。

 だから……、あたしは……。

 そしてこう言ったんだ。

「ねえ、いまからうち来ない?」


 翌日は、汚れてしまった包丁を買い直した。

 そう、だから、戸山くんはこんなところにいるはずなんかない。

 わかっているはずなのに、足は自然と早くなった。

 いる。

 やっぱり、何メートルか歩くと、が居るような気がして、また足が早くなった。

 ミラーの中、通りすぎる車の中、誰かとすれ違う感覚もあった。

 半分、涙目になる。

 嘘でしょ嘘でしょ嘘でしょ……。

 マンションの玄関にある自動ドアな開くのを待つ間も、長い時間のように思えた。

 自動ドアのガラスに、誰かが立っているような気がした。

 え……。

 ガラスの向こう。あたしが写っているすぐ後ろに、誰かが、立っているように見えた。

 もし今振り返ったら……振り返ったらどうなるんだろう。ついさっき、友達から言われたことを思い出した。連れていかれちゃうって……。

 玄関ホールに駆け込むと、慌ててエレベーターのボタンを連打する。のんびりと降りてきたエレベーターに滑り込むように乗って、自宅のある階のボタンを連打する。

 肩の後ろに、何か重みを感じる気がして、汗が流れるのを感じた。

 いるわけない。

 いるわけない。

 わかっているはずなのに。

 後ろを振り返ろう、とした時。

 ポーン……。

 エレベーターが、自宅のある階に止まった。

「開いて!」

 ドアが開く数秒すらもどかしく、ドアを押し開くようにエレベーターから出ると、自宅の前で鞄から鍵を取り出す。

「ヒッ……」

 鞄に入れた手に、何かが触れた気がして、思わず鍵を取り落としてしまった。

 どうしよう、手が、震える。

 鍵がうまく拾えず、なんとか拾い上げ、玄関のドアをガチャガチャとさせながら、なんとか鍵を鍵穴に押し込んだ。

「やだ……やだやだ……」

 泣きながら、ドアを開け、できるだけ小さな隙間から家の中へ。

 後ろ手で鍵を閉める。

 自分が、震えているのが解る。

 幽霊なんて、あり得ないのに。

 鍵を閉めたことで、さっきよりは落ち着いて、中へ入った。

 ガチャン。ガチャン。

 自室のドアを開け、鍵を閉めると、やっと、安心することができた。

「よかったー。幽霊なんているわけないよ。だって、

 涙をぬぐい、ニッコリすると、あたしは戸山くんに「ただいま」を言った。不安になりすぎて妄想にまで出てきちゃうなんて、いけない戸山くん。

「…………」

 戸山くんは、何かモゴモゴ言っている。かわいい。犬みたい。

 あたしは、手も足も上手く使えない戸山くんを、やさしく撫でてあげた。

 誰にももう渡さない。だって戸山くんの彼女はあたしなんだから。

「ごめんね、すぐご飯にするね」

 ね、あたしだけの戸山くん。

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