第二話 月下の倶利伽羅龍(くりからりゅう)
(一)
暗闇の中で淡い藤色の炎が生まれる。
炎の
炎から引きずり出された、赤く燃える玉鋼は
「こら、何をぼんやりしている。人一人減ったのだから、しっかり働け。そこに積んである炭を早く切れ」
小さな子どもたちや老父母養っている年長の兄弟子に肩を掴まれ、耳元で怒鳴られて我に返った。
「竜兄のために名刀を打つんだ。いつになるかわからないけれど。待っていておくれよ」
榧丸は心の中でつぶやく。
(二)
「榧丸よ、竜がいなくなって元気が無いようだな。だが、この時世仕方が無い。城下の体の大きな若者は武家から目をつけられる。今、北条家は兵が足りないからな。おまえが出かけたあの日突然、
やりきれない様子で目を伏せた。
「大丈夫、寂しくなんてないさ。それに、きっと竜兄はいい武士になれると思う。あの
竜兄は親父にとって、我が子同様の大切な弟子だったのだと榧丸は気づく。落胆している父の源二郎を励まそうとして、無理にはしゃいだ様子で答えた。
「うむ、そうだな。実は竜の家はただの百姓では無いのだ。
ため息をついた。
「でも驚いたな。竜兄の家が三沢十騎衆」
自分は子ども扱いで、何一つ知らされていなかったことに落胆する。
その夜、榧丸は夢を見た。黒の胴を着けた若武者だ。輝く
「待ってくれよ、竜兄」
叫びたいが声が出ない。ただ立ち尽くす。
(三)
翌日、城下の商家へ刀を一振り届けに行った。家路へ向かう頃、夕闇近い東の空には手がとどきそうなほど、大きな赤い月が出ている。秋になって、ずいぶんと日が短くなったな。それにしても見事な月だ。竜兄も見ているかもしれない。そうだ八王子城の近くまで行ってみよう。もしかしたら竜兄に会えるかもしれない。榧丸は城山に向かって走る。
「あれが通用門かな」
長い石段の上に重厚な木の戸が見える。しばらく見ていたが誰も降りてこない。辺りには人の気配も無い。しんと静まった山の
「会えるわけないよな。馬鹿だな。おれ」
城山川から吹く秋風が背を冷やす。この巨大な山城を
「そうだいいことを思いついたぞ」
落ちていた細い二尺ほどの木の枝を使って、石段の下の広場の土に線を引き始めた。線は人間の背丈の二倍ほどの剣となった。次に剣に体を巻き付け締め上げ、愛し気に剣先に鼻頭をすりつけている龍を描く。目が丸く愛嬌のある龍の背には恐ろし気な火炎が渦巻いている。巨大な絵を描くことがすっかり楽しくなり、夢中で龍の鱗を一枚ずつ描く。いつの間にか月が夜空高く光っていた。
「ややっ、しまった」
月があまりにも明るいから時が経つのを忘れていた。夕餉に間に合わないと親父に怒られる。もうこれで止めだ。竜兄が見たら、きっとびっくりするぞ。
「ふふふふ」と無邪気な笑い声をあげる。
そして「オン チラチラヤ ソワカ」と、高尾山の修験者から教わった呪文を唱えて走り去った。
満月の光をいっぱいに浴びた
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