預言者の最期

洗脳済み捕虜

第1話

あるところに、預言者と呼ばれる男がおりました

名はケンジと言います


彼は小さな事故や著名人の死

はたまた、未曽有の大災害まで数々のことを言い当て

人々を驚かせ、一部の信仰の対象にまでなっておりました


そんな彼の力を

ある者は持って生まれた超能力であると言い

ある者は神の力であると言い

ある者はただの偶然であると言い

ある者は陰謀論を唱えるなどしておりました。


このケンジという男は

ごく普通の一般家庭に生まれ

可もなく不可もない学業成績で

一見どこにでもいる冴えない男でございましたが

性格が救いようのないくらいに悪く、

慇懃な態度を取っているかと思えば

すぐに人を嘲り、見下し、騙し

陥れるような行為ばかりしますので

まともな人間は彼から離れていきました


しかしながら、この男は

生まれつきの屈折した精魂を一匹の悪魔に大層気に入られまして

常に悪魔と行動を共にするようになりました

悪魔崇拝をしているわけでもないのに

一番親しい者、心を許せるものが悪魔である

という環境が出来上がっていたのです

そして、悪魔は仲間が引き起こすであろう出来事をケンジに伝え

ケンジはそれを神からの啓示の如く

皆に面白おかしく触れ回りました


そう、ケンジの預言は悪魔から齎されたものだったのでした


最初は相手にしなかった人々も、

次々と物事を言い当てるケンジを徐々に頼ったり畏れたりし始め

そのうちに愚かな信者が現れ出し

ついに今のような、預言者と呼ばれる状態にまでなったのです


ある日、預言者ケンジが

いつものように水着の美女たちに囲まれて

広い自室でフルーツの盛り合わせを食べておりますと


「おいおい、大変だぜぇ!預言者様よ」

と巧妙に人の姿へと化けた悪魔が部屋に入ってまいりました


「どうしました、我が友よ」

水着の美女を部屋から追い出しながらケンジが問いました

「何があったんですか」


悪魔は困り顔で

「大悪魔様がなぁ、かなり大きなことをしようとしているんだよなぁ」

とごにょごにょと言いました

「大きなこと!、それはそれは、盛り上げなくっちゃいけません」

ケンジはニヤニヤと下衆な笑みを浮かべました


「それなんだがなぁ、大悪魔様が言うには、今晩、

世界中で最も多く望まれている願いを叶えるとか………」

「それは、なんだか聞いた事のある話ですね」



星新一氏の作品の中に、みんなの願いという話がある


神様が、地球に住む皆さまの願いの中で最も多いものを叶えると言い、

期日までに人類達はどんな願いにするべきか悩みに悩むのだが

結局人類以外の種が人類の根絶を願い、人類が滅亡するという話である


「もしかして…人類は滅亡してしまうんですかね??」

ケンジがあまりのことに呆然としておりますと悪魔が言いました


「いいや、状況はもっと悪いね」

悪魔が言います


「他の種が揃いも揃って、人類を恨んでるわけねーだろ

そこらへんちっさい虫がか?人間の存在自体を認知してるかすら怪しいぜ」


「じゃあ、どうなるっていうんです??」

ケンジは頭をひねって悪魔を見つめました



「どんな生き物でも共通して思うことそれは…


死にたくないってことじゃねーか?」


ケンジは口を半開きにして宙を見つめて、

何かを考えておりましたが

思考がまとまらないうちに悪魔はつづけてこう言いました


「つまり、死という概念が消えるわけだ、生命の代謝が行われず、老いても腐っても死ねず、最終的には放置した三角コーナーみたいに他者と混ざり合い、ぐちゃぐちゃさ、この世は地獄になるだろうなぁ」


しばしの沈黙の後、ケンジはひどく落ち込みました、それを見た悪魔も残念な気持ちになりました。

「友よ、私はそんなふうになる世界には居たくない、お別れです」

「俺は悪魔だからな、見届けるさ」

「君と共に過ごせて楽しかったです」

「こちらこそ」

こんなやり取りをした後、

ケンジは最後の預言を信者達に伝えました


信者達は絶望して、多くの者が飛び降り、多くの者が首を括り

多くの者が殺し殺されました。


まさに地獄という光景でしたが

ケンジは今まで見たことも無いような、優しい微笑みを浮かべておりました。


「なんだか、最期にとても良い事をした気がします、こんな私を信じてくれた人を絶望の未来から救うことができた、いままで、ありがとうございました、さぁ、やってください」

そう言われた悪魔は1粒の涙を流すと、頭からケンジをバリバリと平らげてしまいました。

ケンジは最愛の友に殺されるという形で、その生涯に幕を閉じました



その日の晩、

ついに、生命達の願いが叶えられる時刻となりました。

突如として、すべての生き物の目の前に、

大好きな食べ物がポンと出現し

皆を驚かせました。


神の仕業か、サンタクロースか

それとも妖精のイタズラか

不思議なものもあるものだ、と、

皆笑いながら、目の前に現れた

ポテトやピザやステーキやケーキを頬張りました



栄養を取り込むことが生命の基礎である

ただそれだけの話でございました


そのうち、信者達の遺体が発見される次第となり

ケンジは、数多くの人間を騙し、

財を貢がせ、自殺させ、殺し合いをさせ、この世の地獄を作り出し、最後には行方を眩ませた、他に類を見ない凶悪な人物として後世まで語り継がれることとなりました。



「あらら、予想が外れたぜー」


悪魔は目の前に再び現れたケンジの頭部に

チョコレートを塗ったくると、

ひょいと口に放り入れ噛み砕き、

ケラケラと笑うのでした。

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