第17話 巨人サイクロプスが迫る
その身長は20メートルを超えていた。ビルの七階ぐらいの高さで、それが動いているというのは、そうとう巨大に感じる。
サイクロプス。おれがそう名付けた巨人には頭部がない。首無しの巨人なのである。書いた小説では
そいつが街道をふさいでいた。
それを見た馬車の全員が絶句する。あまりに想定外で、まさしく声も出ない。
「なにかありましたの?」
ドールハウスの窓から顔を出して、アルテミス王女(ナース服)が訊いた。
「姫様、巨人です。隠れてください」
ミニィが声を震わせていた。
のっしのっしと近づいてくるサイクロプス。馬がおののいてパニックに陥る。前足を上げて上体を反らした。逃げ出そうとするのを、たずなを引いてなんとか落ち着かせようとするヘラクレス。だがこのままでは……。
「馬車を反転させるぞ」
逃げるほかないというのがヘラクレスの判断だ。
まさか馬車を蹴っ飛ばされたりはしないだろうが、本能的な危険を感じてしまう。ヘラクレスは馬車をUターンさせる。
「はいよー!」
馬にムチを入れ、来た道を走って逃げる。
(
おれは後方から迫ってくるサイクロプスを見る。
踏み固められているとはいえ、道は舗装されているわけでもない。スピードを出そうとしても、馬一頭ではそれほどの速度は出ないし、下手をすると横転してしまう。時速15キロも出せないだろう。霧も出ているから危険だ。が、このままでは追いつかれる。かといって巨人を相手に闘うなどできない相談だ。接近したとたん、踏みつぶされてしまうのがオチである。
サイクロプスには操る人間がいる。その設定のはずだ。だから目がなくても歩けるのだ。
しかしこの霧では操縦者がどこにいるのかわからない。そいつを射止められたら、巨人は操れなくなる。
「ミニィ! この霧をなんとかできないか?」
おれは振り返り、揺れる馬車のなかで倒れないようドールハウスを手で押さえている魔法使いに言った。
「霧ぃ?」
ミニィはオウム返し。意外なことを言われたような戸惑いの表情。霧とこの巨人がどう関係しているのかわからないのだ。
「霧を消したいの?」
霧を消せば視界がよくなるが、それがどういうことなのか。
「あの巨人を操っているやつがどこかにいるはずだ。そいつを見つけないと、どうにもならない」
「わかったわ。できるかどうかわからないけれど、やるだけやってみる」
おれがサイクロプスについてなにかを知っているというのをいちいち疑わない。ドールハウスを支えるのをアマゾネスに代わり、ミニィは護符を並べて呪文を唱え始めた。やってみる、といったからには、まったく不可能だというわけでもないらしい。
ヘラクレスは馬車を動かすのに忙しいし、おれとポウズが外の様子をうかがった。
少しずつ霧が晴れてきた。
「みゃーん、あそこにいるのは!」
ポウズが叫んで指さす先は、サイクロプスの肩のあたりだった。
(なるほど。状況がよくわかるように、そこにいたか──)
「あいつだ、あいつが巨人を操っているんだ!」
「よし──!」
ポウズは、巨人の肩の人影に剣先を向ける。地下宮殿で魔物に放った光だった。だがそれはただの目くらましにすぎない。あのとき、魔物がひるんだ隙におれたちは脱出できたものの、魔物をやっつけたわけではない。
それでも少しは効果があったのか、サイクロプスの歩みが遅くなった。
(いける!)
いまのうちに距離をとっていけば逃げきれる。
が、
「でも、これじゃユニバーサル市に逆戻りだろうが」
アマゾネスの指摘はもっともである。けれどもいまは逃げる以外にこの危機を脱する方法がなかった。
街道はなにもこの道だけではない。他にもルートはあるのだ──遠回りではあるにせよ、それでポウトタウンにはたどり着ける。
「霧が晴れたんなら、あいつをやっつけちゃえよ、その釘バットで!」
ミニィが無茶を言う。
「世界一根性の腐ったみゃーんなら、釘バット一本で立ち向かえるんじゃないの?」
「どさくさにまぎれて、言いたいこと言うよなぁ!」
馬車がガクンと傾いた。
「しまった、脱輪した!」
ヘラクレスが叫んだ。
急に馬車が進まなくなって、馬がいななく。
「なにやってんのよ」
ミニィが目をむいた。
馬車は完全に停止してしまった。動かすには、一度馬車をおりて車輪の具合を確かめ元に戻さないといけないが、当然ながらそんな余裕はない。
サイクロプスが追いついてくる。
「いくらおれでも、あいつと闘える気はしねぇ……」
脳筋ヘラクレスが訴えるが、もちろん誰もそこまで期待していない。
このメンバーのなかで、あんな巨人とガチで闘える者など誰もいない、っていうか、いたら驚きだ。そうとう強力な魔法使いでもなければ、まず不可能だ。ミニィは魔法使いではあるが、そこまで強力ではない。おそらく一級クラスの魔法使いでないと太刀打ちできない……。
ミニィは釘バットに護符を貼り付けた。
「さぁ、もうこうなったら、あんたに賭けるしかないのよ。行ってきな! そして見事な最期を飾るのよ。わたしたちはその間に逃げるから、護符を貼ったこの釘バットで思う存分闘ってきな」
「おれは囮かい!」
ミニィの護符をもってしても、そもそもどう闘えばいいのかさっぱりわからない。小説ではそこまで記述していない。なにせ伝説なのだから、弱点とか、そこまで細かく設定していない。
「うわぁ!」
馬車がぐらりと揺れた。
追いついたサイクロプスの手で持ち上げられたのだ。馬との連結ははずれ、馬車だけが空中高く上昇する。
「このまま持って帰るわね」
首無し巨人の肩に乗っていたのは、横笛を持った少女だった。おれはこいつを知っていた。デリカ・テッセン。だがこの少女は田舎町の食堂の娘だったはず。小説版では主人公・
ふわりとした黒い衣装をまとったデリカは、持ち上げられた馬車を睥睨する。勝利者の目だった。
「最初からわらわにまかせてくれれば簡単だったのに……ほれ、これでは手出しできまい?」
おれたちを小さく嘲笑する。
「さぁ、サイクロプス。行くぞよ」
横笛を唇に当てた。音は聞こえないが、横笛にそえた指が動くと、サイクロプスは反転する。
ここにきて、もはや打つ手はないような空気であった。このまま圭藤星春の元へつれて行かれるのだ。幽閉されるか殺されるかはわからないが、これでアルテミス王女は十人ともやつの手に落ちることになる。
おれたちの旅もここで終わりだ。王宮にも行けず、報奨金ももらえず。
ミニィはしかし往生際が悪かった。
「みゃーん、なにをしてるのよ、あいつをやっつけて! このままじゃおしまいよ」
「んなこと言われても、どうするんだよ」
「釘バットの魔法を信じろ」
「ビームでも出るのか?」
おれは揺れる馬車のなかから釘バットを巨人に向けて突き出した。ビームよ、出ろ、と念じる。
すると──。
「えっ?」
釘バットがフラッシュした。まぶしい光で視界が真っ白になった。
そして次の瞬間、おれの身に信じられないことが起こった。
おれの視界は空中高くにあった。それはちょうどサイクロプスの背丈と同じ位置。空中に浮いているような感覚だが、足の裏はちゃんと地についている。
不思議な感覚におれは首を回して周囲を見た。
絶句した。
おれの体が巨大化しているのだ。広げた両手を眺め、これはなんの冗談かと思う。
が、驚いているのはおれだけじゃない。仲間たちも、さすがにこれは予想していなかった展開で茫然としているし、デリカも目を丸くしている。
しかしこれなら闘える。大きさが同じなら可能だ──そう思って釘バットでやっつけようとしたが、その釘バットがどこにもない。
釘バットまでが巨大化するなどと都合のよい話はないのだろうと気づいて、おれはともかく馬車を奪いにかかった。
サイクロプスの腕にしがみつき、手につかんでいる馬車を慎重に奪い取った。馬車には人間が乗っているのだ。勢いよく引きはがすと飛び出してしまいかねない。幸いサイクロプスの動きは鈍かった。頭がないわけだから自分で動くことができず、横笛でコントロールされているので早い動作には対応できないのだろう。
(鈍いやつならば、簡単にやっつけられるぞ)
おれは馬車を街道の上にそっとおろすと、サイクロプスの胸を蹴り飛ばした。あっさりひっくり返る首無し巨人。肩に乗っていた魔法使いは、箒にまたがって空中に脱出していた。
横笛で体勢を立て直そうとするが、
(そうはいかない)
おれはサイクロプスが立ち上がれないよう足をつかみ、四の字固めを決めた。激しく抵抗する相手ならかけにくい技だが、木偶人形なら
足を公差させ、四の字固めがきれいに入った。体を反らせて、足に力を入れる。
サイクロプスは苦痛を感じているのか、腕をじたばたさせている。
「どうだ、まいったか~!」
おれが気分をよくしていると、
「なに遊んでんのよ!」
技が決まって勝利を確信しているおれの耳に、ミニィの声が飛び込んできた。首を曲げて見ると、馬車を降りたミニィがなにかを叫んでいる。
「こいつを退治しなきゃ、わたしたちは先に進めないのよ!」
この格闘にレフリーはいない。相手を一時的に行動不能にしたところで、それでは勝ったことにはならない。そのことに気づき、おれはこの後どうすればいいのかと考える。サイクロプスを退治──つまりは殺してしまうには、なんらかの凶器がないと。だが巨人化したおれに使えるナイフさえなく……首を絞めようにも、こいつには首がない。
困っていると、足を押さえている感覚が徐々になくなってきた。
違和感に気づいて見てみると、サイクロプスの体が透明になっていくではないか。
「くっ……今日のところは退散してやるが、この次はそうはいかないからな!」
箒にまたがるデリカが捨て台詞を残して飛び去っていった。サイクロプスは消滅していた。
(勝った……!)
おれの頭のなかでゴングがカンカンカンと鳴っていた。おれは反射的に立ち上がって拳をかためた両腕を高く上げる勝利のポーズ。
「ほうっ!」
と、吼えた一瞬後、おれはどうやって元のサイズに戻るのだろうと、その方法が皆目見当もつかないことに気づいた。
が、そのせつな、おれの体は一瞬で縮んでいった。
「な……」
その瞬間芸に、おれ自身驚いている。
「すげぇなぁ、みゃーん!」
ヘラクレスが感激している。
「よくあんな
ポウズも手をたたいて喜んでくれている。
おれもこんな魔法を使えるとは思ってもみなかったから、みんなが感心するのも無理ないだろう。
ただ、褒め称えた言葉のあとに、
「さすが変態だわ」「根性が汚い証拠さね」
ミニィとアマゾネスがそう言ったのを、おれは聞き逃さなかった。
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