第16話 釘バットの秘密……ってほどでもないが
そこにいたのは、まぎれもなくインテック町の
その沼の精が、いま、おれの目の前にいた。カッパのような顔は忘れようがない。だがここは
「これを鑑定してくれ」
おれがなにか言う前に、アマゾネスが釘バットをカウンターの上に、どん、と置いた。
カッパの精は、それを取り上げ、じっと見る。
「これは……」
顔を上げ、
「どこで手に入れました?」
白々しい。
「ちょっと待てよ。こいつはあんたが魔法をかけたんじゃないのか?」
おれはたまらずそう言った。まるでこいつは、おれと初めて会ったかのような反応をしている。なにをしらばっくれているのだろう。
「やはりそうですか……」
すると、カッパは、納得したようにうなずいた。
「これは兄の仕業ですな」
「兄? お兄さん……?」
おれは瞠目する。カウンターをはさんで目の前に立っているカッパが同一人物ではないことに、すごく驚いた。まさかこんなオチとは。どこで区別するんだ? それとも双子? いや、人間でないなら多産というのもありえるか──。
「はい……。インテック町の
頭が痛くなってきた。小説でおれが「遊び」で書いたエピソードに、いつの間にやらそんな尾ひれがついているのが驚愕であった。こいつの一族にとって、金と銀のものを交換することに、なんの意味があるのかと疑問だったが、つっこんだ質問はできなかった。
「この釘バットに魔法がかけられているのはわかっている。だがその機能について聞きたいんだよ」
アマゾネスが本来の目的を尋ねたからだ。ここでカッパと余分な話をしている場合ではなかった。こいつの身の上なんかどうでもいいのだ。
「魔法を跳ね返すほかに、どういう機能があるんだい?」
「そんな機能は……」
ない、と言いかけて、カッパ弟は釘バットを子細に検めていた手を止めた。
「これは……」
しばし絶句した。
「これにはべつの魔法がかかっておりますな」
「あっ……」
思い出した。たしか西クジョー山脈の魔物の地下宮殿でミニィが強化魔法を施していた。しかしそれはもうとっくに効力を失っているのではなかったのか。
「どうやら、この釘バットには、かすかながら敵を倒す怨念が込められておるようだ……。これを作ったのはかなりの卑屈者なのかもしれんな」
そりゃ、刀剣ではなく釘バットなんだから、そういうひねくれた一面もあるだろう。
「それが魔法力に呼応して、敵を打つように動くようだ。だが……」
カッパは目を上げて、おれを見た。
「こいつの一撃を引き出すには、持ち主もそこそこ心の汚い者でないとできないですぞな」
おれは内心ずっこけた。それでは、おれではなくミニィとかのほうが向いているのではなかろうか。
カッパはなおも付け加える。
「そうですな……たとえば、自分が世界の創造主で、この世の人間の命など取るに足らないと思っているとか……そういう者なら、これを存分に操れるかもしれない」
おれはドキリとした。心のなかを読まれているような気がして。まさか、とは思うが、こいつはおれの正体に感づいている?
「ただ、それだけではなく、釘バットを制御する精神力と魔力が、ある程度は必要になってきますが」
「つまり……魔法の修行をしないと使いこなせないと、そういうことか?」
アマゾネスが説明を要約した。
「まぁ、そういうわけだから、使いこなすことは難しい。それができれば世界の征服も不可能ではないですだな」
世界征服……。
「とはいっても、滅多な人では使いこなせないようでは、武器としての値打ちはそれほど高くない。銀貨一枚というところかな? どうするね?」
カッパは釘バットに値をつけた。
(そうだった、ここは質屋だった)
アマゾネスはおれを見る。
「どうする、みゃーん、手放すか?」
カッパの言う、この世界の創造主だと思っているような人間といえば、おれのことだ。おれ以外に、この釘バットでどんな敵とも渡り合えるやつはいないだろう。心が汚い人間というのがひっかかるが。
「いや、これはおれが持っているよ」
おれの言うのを聞いて、
「すまん。やはり質に入れるのはやめておくよ。邪魔したな」
アマゾネスは一礼すると、きびすを返してさっさと外へ出て行く。
おれは釘バットを持ってあとを追うようにして外へ出た。
「なにかわかったか?」
馬車の上からヘラクレスが訊いてきた。
わかったよ、とアマゾネスが答えた。
「みゃーんが、とびきり根性の汚いやつだってことがな」
そこまで言ってないだろうが!
あ……やっぱりね、って目でミニィが見ていた。
ユニバーサル市を出た。
街道を、一路、王都ポウトタウンに向かう。馬車で四日の行程で、途中、フェリタミナル、トレドセンタ、南ポウトタウンという町を通過する。各町で一泊ずつすれば、四日後には王都に入れる計算である。急げばトレドセンタには宿泊せずに通過できる。ただ、馬の体力を考えると、そう無理もできない、とヘラクレスは言った。それなら仕方ないと、みんなは刺客に警戒することを確認した。
おれは、馬車に揺られながら釘バットを手に考えていた。
(この釘バットの能力を高めるには、おれはいま以上に創造主であるとして冷徹にこの先、振る舞っていくしかないのか……)
そういう結論に達した。おれが自分で身に着ける必要のある魔法力とやらも、今後、鍛える機会があるということだろう。フィクションと
(場合によっては、ここにいる仲間たちを見棄てていくこともあり得るわけだ……。それで世界征服できる、というなら、そうすべきなのか?)
いや、しかし、それは誰が考えた設定なのだろう、と疑問が浮かぶ。この世界はおれが創造した──。それは間違いない。誰がなんと言おうと、それは自信をもって断言できる。そこに他者の入り込む余地はないはずだ。
だが、おれの預かり知らぬ事象や設定があるのも事実だ。それはどういうことなのか──。
おれが書き上げた小説世界は完結しており、そこにはなにも足されない。未来のおれが書くはずのことが存在している、というのも信じ難い。
(まさか、そういうことなのか──?)
現実世界でおれが投稿した小説が入賞して書籍化され、続編が書かれることになって、そこに登場する設定か……いや、そこまでいけば妄想だ。それとも、そんな未来があるのか──小説が受賞するのはうれしいが。
思考が飛んだが、世界征服の話である。
(ともかく、様子をみよう)
この世界に、おれ以外の何者かが干渉していようと、最終的にはおれの願う通りにねじ伏せてやろうじゃないか──そう結論した。
街道には、人々や馬車が往来しており、賑やかであった。
コスモ・スクエア国の二大都市、王都ポウトタウンと、商都ユニバーサル市を結ぶこの道は、この国の大動脈といえるだろう。道沿いにはところどころ、旅人が休める休憩所も作られていて、つまりは商売が成り立つほど人の往き来が多いということだ。こんな人目が多ければ、山賊や路上強盗などは出没しにくいだろう。となると、この道中で襲われる心配もなさそうだ。この調子なら夕方までに無事に隣町のフェリタミナルに着ける。ヘラクレスたちが仕留めた大シカは、なんと大銀貨七枚にもなった。ドールハウスで四枚減ったものの、路銀としてはじゅうぶんだ。いい宿にも泊まれる。
圭藤星春がどんな魂胆ているのかはわからないが、矢継ぎ早に刺客を送り込んではこないだろう。なにがなんでもアルテミス王女を囲わなければならないわけでもなかろうし、と、おれは周囲ののどかな街道沿いの田園風景に心の緊張感がゆるんでしまう。だから、その変化に気づくのが遅れてしまった。
霧が出ていた。
まだ陽も気温も高く、空も曇っていない。この時間のこの気象条件で霧が発生するはずがない。それに気づいたとき、おれはこの霧が人工的なものだと思って警戒した。現実世界では大規模に霧を発生させることなど簡単ではないが、魔法の使えるこの世界ならどんな非現実的なことだってあり得てしまう。常識は通じない。
他の仲間たちも、深くなっていく霧に異常を感じていた。
「もっと急いで、早いところこの霧を抜けるか?」
ヘラクレスが馬車内を振り返る。
「いや、衝突事故を起こすから、速度を上げるのはよくないだろう」
ポウズが反対した。
「それより、この霧のなかで襲われるかもしれない」
おれもそう思った。こんな霧を発生させて、なにかを仕掛けてくるに違いない。急いだところで霧を抜けるのは不可能だろう。
ミニィとアマゾネスも、馬車の外に視線を送っている。
おれはこの霧を発生させた強力な魔法使いが現れるのを予想した。
どんな刺客か見当もつかないが……いや、なにが現れるかはわかるはずだ。おれはこの世界の創造主なのだから……。
(こんな霧を出して現れるやつといえば……)
が、おれが思い出す前に、そいつは姿を現した。
霧を通して見えたそいつは、すでに前方、かなり近いところにいた。
おれは絶句した。予想と違っていたが、やはりおれはそいつを知っていた。
前方に、壁のように立っていたのは、頭のない巨人・サイクロプスだった。常識が通じない世界であった。
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