第15話 さらば人形屋。再び旅立つ日
「もしかしたら、今日で最後になるかもしれません」
そう言うと、
「そうか、そうか」
と、人形屋の店主はなんだか機嫌がいい。おれがここでジオラマを作っているよりも、ドールハウスの代金を支払ってくれるほうがいいに決まっているから、それも当然か。
しかし考えてみれば、アルテミス王女さまのためとはいえ、ミニィの衝動買いに、みんなよく付き合ってくれるよな、と仲間の絆に少し感心する。
もともとおれの書いた小説では、この四人はひとりずつ、主人公とともにエピソードを通じて知り合い、仲間となって、その過程で信頼を勝ち取っていくことになっていた。いまの世界では、そんなものをすっとばしているが、おそらく作者の知らないところでなにかがあったのだろう。いつか訊いたら教えてくれるかもしれないが。
ともかく、おれはジオラマを作りながら、ポウズの帰りを待った。できれば、いま作業中の建物を完成させてから旅立ちたいが。
作業を急いだ。急いでいるからといって、クオリティを下げることはしたくない。仕事は妥協しても趣味は妥協しないのが、おれのポリシーなのだ。
おれがひたすら模型作りにいそしんでいると、ポウズ・ミラーノマエが満面の笑みを浮かべて店に入ってきた。
「待たせたね、みゃーん。ドールハウスの代金が払えるから、やっと解放してあげられるよ」
人形屋の店主に大銀貨四枚を手渡すと、
「よくがんばったね」
と、おれをねぎらってくれた。
おれは作りかけの家の模型を名残り惜しげに机に置き、店主と、無口な人形職人たちに言った。
「短い間でしたが、ありがとうございました」
「いつでも戻ってきてくれていいよ。またジオラマを手伝っておくれ」
本心なのか、ただの社交辞令なのかわからないが、店主はそう言ってくれた。
あのシカがいくらで肉屋に売れたのかは知らないが、ポウズがさっさと代金を払ったところをみると、かなりの高値で買い取ってもらえたようである。
余談であるが、ここで動物とモンスターの違いについて、簡単に語ろう。
異世界ファンタジーにおいて、モンスターは当たり前のように出現する。では、異世界には人間の他はモンスターしかいないのかというと、そういうわけではない。モンスターしかいない世界も誰かに書かれてはいるかもしれないが、おれが書いた小説では、馬などの家畜もいるし、野生の鳥もいる。
じゃあ、モンスターと普通の動物の違いはなんだろうと、小説を書いていれうちに、ふと立ち止まって考えることがあった。
野生のクマやタカと、スライムやゴブリンとの違いはなんなのか──。どちらも生きているし、血も流れている。
おれは、小説を書くうえで、両者の決定的な違いを設定した。あくまでおれの創った小説世界での話であるが、「モンスターはなんらかの魔力を有している」と設定した。その魔力は種族によって異なり、低位のモンスター(たとえばスライムやゴブリン)の場合は、繁殖時に使用するだけで攻撃には使えない。反して高位のモンスター(ドラゴンなど)では攻撃時に魔法を使える厄介な相手となる。
また、ついでながら「魔物」というのは、モンスターの最上位であるが、種族ではなく、怪獣のように単体でのみ存在する変異体と位置付けた。
ファンタジーならではの「暗黙のルール」というのが読者と共有されていれば、それほど厳格な設定は必要ないのかもしれないし、実際、読者もそこまで首を傾げながら読んではいないだろう。おれも、そんな読者のひとりであった。が、書く立場となるといろいろと疑問が浮かんできてしまうものなのだなと新鮮な発見があり、それと同時になんだか面倒な気持ちにもなった、というのをここで吐露する。
人形屋を出ると、外にはすでに馬車がいた。ヘラクレスがたずなを握っている。
「さぁ、出発するぞ」
えらく用意のいいことで。
「みゃーん、乗って」
馬車のなかからミニィが顔をだしている。
おれはポウズとともに馬車に這い上がった。
アマゾネスが、王女さまのドールハウスを守るように傍らに置いていた。ドールハウスのなかから、六人のアルテミス姫のおしゃべりが小さく聞こえてきている。王女さまにとっては、我々は家臣のようなものなのだろう。こっちはそうとは言っていないが。
「あんたの荷物はこれだけよね?」
釘バットを持ち上げ、ミニィが確認する。
「そうだよ」
この世界に来て何日もたっているのに、荷物がこれだけというのもうなだれたくなるほど寂しい。なにせおれはこの世界でカネを稼いだことがないから、なにひとつ買えない。人形屋にいても、賃金をもらえることを一切していなかったのだから、救いようのない穀潰しだと言われても仕方ない。せめて、着替えぐらい買えるようにならないとな──と、いま思った。
それはそうと、
「これからポウトタウンへ?」
「ああ、それなんだが……」
口を開いたのはアマゾネスだった。
「もちろんポウトタウンには行くが、その前に、気になることがあって、寄り道する」
サスケン・サルトビッチを自治領警備隊につきだして、一時的とはいえ脅威は去った。といっても、どれほどの時間稼ぎになるかは取調官の力量に左右される。面倒くさくなってすぐに釈放となれば、それほど安心できない。ただサスケンにしても、すぐに襲ってはこないだろう。次はそれなりに準備をしてくるはずだ。こちらには五人もいるのだから、なんの考えもなしに襲撃するとは思えない。なによりアマゾネスにはそうとうやられたから、苦手に感じているはずだ。
「どこへ行くの?」
で、おれは尋ねた。
「みゃーんの釘バットだよ」
「はい?」
おれは意味がわからない。ただ、買ったときと違って、魔法をさずけてもらっている。それは強力な機能であるが……。
「昨夜のサスケンとの闘い……みゃーんは感じなかったか? その釘バットの挙動は普通とは違った。一度、どんな機能が隠されているか正確に鑑定してもらったほうがいい。道具の特性も知らないで闘うなんて、もったいないと思うだろ?」
アマゾネスにそう言われて、おれは思い返す。サスケンに見舞った一撃は、確かにおれの予想に反した動きであった。まるで釘バットが勝手に動いたかのように感じた。あのとき、見ていたアマゾネスも同じように感じたのか。
おれは釘バットに視線を落とす。
アマゾネスの言うとおり、この釘バットには、謎の力が眠っているのかもしれない。武器屋で買ったときはただの安物だと見下していたが、意外と掘り出し物だったのかもしれない。──いや、沼の精の魔法によるものかもしれない。
いずれにせよ、この釘バットは今後もおれの相棒として、いっしょに闘っていくことになるわけだがら、どんな機能が備わっているのかしっかり理解しておくことは重要だろう。もしかしたら、とんでもない秘密が隠れているかもしれないのだから。
(超強力なパワーが秘められていたらどうしよう……)
などと、おれは、買ったジャンボ宝くじが一等に当たったことを妄想しているときみたいに頬がゆるんでしまう。
「みゃーん、どうしたの? いつもより余計バカみたいな顔になってるよ」
ミニィがすごく真面目な口調で言うので、おれはムッとした。
「いつもより余計って……それじゃ、おれはいつもバカみたいな顔なのかよ」
「そうじゃん」
「ぐっ……ケンカ売ってんのかよ……」
「ともかく、そういうわけで、鑑定士のところへ寄っていく」
アマゾネスが締めた。
ユニバーサル市は大きな町である。面積も広く、町というより都市であった。
商業地区であるもっとも賑やかなオールドヨークの他、居住地区であるムーンフランシスコ、行政地区であるハシラウッドと、分かれていて、これから行く鑑定士は、行政地区ハシラウッドにあるという。そんな設定、おれは創ってないのだが、あるんだから仕方ない。
どんなところなのか、と思いつつ馬車に揺られていると、石造りの頑丈そうな建物が前方に姿を現した。格調高いヨーロッパの博物館を連想させた。
(あれは……!)
おれは知っていた。かつてこの世界に君臨したという古代帝国の城だ。小説では、伝説として登場するそれが現役の建物として使われているとは……。
「あのなかに、鑑定士がいるのか……」
それに答えたのはポウズだった。
「いや、あそこは市役所で、市政に関する窓口や運営に関わる部署だけが入居しているんだ」
「鑑定士がいるのは、ほれ、あっちに建ってる汚い建物さね」
アマゾネスが指さす先に、風雨によって外壁の剥がれたみすぼらしい建物があった。
「あそこには、占いや鑑定など、市民生活には直接関係ない相談や助言を行っている、民間の施設だよ」
「へえ~」
この世界にはまだまだ占いによってなにかを決定する文化が根付いているのだ。どこか怪しい気もするが、魔法が存在するのだから、科学的な考え方はこの世界には馴染まないのだろう。
おれは傍らに置く釘バットを見つめる。これにどれだけの力が備わっているというのか。アマゾネスが気にするぐらいなのだから、きっとなにかある──はずだ、たぶん。
馬車を横付けして、おれはアマゾネスとともにその建物に入る。あとのメンツは馬車に残った。それほど時間はかからないとみた。
ドアを開けて屋内に入ると、暗く、かび臭い匂いが鼻につく。
空港のチェックインカウンターのように、区切られたブースが並び、何人かの人がそこで応対をしていた。
おれとアマゾネスは端っこのほうにあるブースに移動した。鑑定士に見てもらう、と言ったアマゾネスだったが、ブースの上に掲げてある文字を見ると、「質屋」とあった。
(なるほど、確かに鑑定はしっかりしているだろうが……)
「誰ぞ、いるかい?」
アマゾネスがブースのなかに声をかけた。
「はい……しばし、お待ちを」
すると、ブースの奥の扉が開き、声の主が現れた。それを見て、おれは仰天した。
(なんでおまえがそこにいるんだよ!)
そいつはインテック町で、おれの釘バットに魔法をかけた、カッパのような姿の沼の精だったのだ。
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