第14話 変態アマゾネスの愉しみにつきあえば

「おまえの目的は?」

「王女さまをさらうつもりだったのか?」

「誰に命じられた?」


 そいつはどんな質問にもまったくこたえなかった。まぁ、聞かずともわかってはいるのだが……。


「素直に応じるとは思っちゃいなかったがな……」

 床に転がされたサスケン・サルトビッチを見下ろし、アマゾネス・アブノマルはつぶやく。


「どうするんだい?」

 おれは訊いた。こいつをこのままにしているのは危険な気がした。いくら縄を打たれているとはいえ、油断ならない相手であった。釘バットで後頭部を負傷してはいても、隙をみて縄を抜け出し王女さまを連れ去ってしまうかもしれない。


 かといって、

「まさか、殺さないよな?」


 この世界はフィクションだ。おれの脳内に浮かんだ妄想から創り出された。だからといって、モンスターのように無慈悲に殺せるかというと、それはなんだかしてはいけないような気がする。無抵抗なやつを斬りつけて殺すのは、倫理的にどうかと思う。


「そうさね……」

 アマゾネスは舌なめずりした。

「このまま凌辱プレイっていうのも、いいかもね……」


 どうもおれでは、アマゾネスの相手としては不足のようで、尻尾を巻いてすごすごと退散するしかないわけだが……。


「じゃあ、おれはべつの部屋に王女さまをつれて……」


「なに言ってんのさ。またべつの刺客が現れたら、みゃーん一人では対処できないだろうが。おまえの命はどうなっても、王女さまを奪取されたら、あたしたち全員、ただではすまないんだよ」


 確かにアマゾネスの言うとおりで、おれの命のあまりの軽さに、その扱いはないべと、ツッコミを入れる気にもならない。


「それにこれも勉強さね。あたしのやることをよく見ているんだよ」


「なんの勉強だよ!」


「いまはだんまりを決め込んでいるけど、あたしの攻めにどれだけ耐えられるかな……? さぁ、覚悟おし。知らなかった快楽を味あわせてあげる……」


 おれの言葉を無視し、アマゾネスはサスケンの下半身に回り込むと、いきなり股間を踏みつけた。


「!!」


 サスケンは意地でも声を上げないが、さすがに平然とはしていられない。振り上げたムチを振り下ろすと、見事に股間に命中。悶絶するサスケン。


「いいわぁ、いいわぁ、その反応。素敵。どんなになっているのか、見せてちょうだい」


 サスケンの黒いパンツを見事な手際で瞬間的に引きずり下ろした。縛られて抵抗できないサスケンの股間があらわになった。


「あたしのテクニックで勃たせてあげる。勃たせてから、いっぱいいたぶってあげるわ」


 おれが見ているかどうかなど、もはや関係ないのだろう。外野の目などどうでもいいような態度でプレイに集中しているようだ。王女さまが朝までぐっすりお休みであることを願う。こんなものを見せられて、ショックのあまりトラウマとなってしまっては一大事である。


 アマゾネスは萎えたサスケンのそれに手を添え、

「秘儀! 高速摩擦」


 目にも止まらない速さで指を動かした。


(おお、このテクニックは……!)

 おれも怖いもの見たさで目をそらさなかった。


 すると、むくむくっと膨らんできたではないか。ジェット風船のように膨らんで勃ち上がった。


「いいわぁ。元気な坊やは、好きよ」

 言いつつ、今度はムチでバシン!と打つ。


「うっ!」


 さすがのサスケンもうめいた。痛みが快感となって、アマゾネスに手玉にとられる。──そんな未来が見えた気がした。


 洗濯ばさみ攻撃で、ついに悲鳴をあげるサスケンに同情の視線を向けて、おれは心のなかで合掌する。



   ☆



 長い夜であった。


 しぶとく抵抗していたサスケンであったが、変態アマゾネスの前に、とうとう陥落してしまった。失神する前に、訊いてもいないのに、いろいろと教えてくれた。やはり圭藤星春が王女を奪うよう指示していた。圭藤の目的は、十人の王女を集め、復活させないよう監視することであった。復活させないなら、殺害してしまうのが手っ取り早いと思われるが、どういう理由でか殺すことはできないようだ。


 結晶石に閉じ込めたのも、王女がこの世にいては困るかららしい。誰も救出に来られないよう魔獣に守らせていた。ときどき、結晶の様子に変化がないかどうかを確認するために、転移魔法ドア──例の「どこでもドア」を設置して、定期的に見に行っていたということなのだ。


 だが、そういう情報が得られたからといって、サスケンを開放するわけにはいかない。どうしたものか決めなくてはならないが、ヘラクレスたち抜きで議論はできない。もちろん、殺してしまうのもためらわれた。


 いくらおれが創り出した架空の世界の架空の人間といえども、そんな非情なことはできない。殺人が、あとあとどんな影響をもたらすかもわからない。無益な殺生は控えるべきだろう。


 とはいえ、

(このままではまずいよな……)

 と思っているところに、ヘラクレスたちが帰ってきた。


 翌朝、朝食を終えたころだった。


「みゃーん、アマゾネス、いま戻ったぞ!」

 ヘラクレスの大声が宿の前で響いた。


 外へ出てみると、大きな獲物を太い枝にぶら下げて、三人とも無事に帰還を果たしていた。


「これ、モンスターなの?」

 おれは念のために訊いたが、それはどう見てもシカであった。オスだろう、立派なツノを生やしていた。


「こんなモンスターがいるかよ。こいつを肉屋に売って、カネをもらうつもりだ」

 ヘラクレスが説明した。


(モンスターを退治して報奨金をもらうわけではないのか……)


「動物だろうがモンスターだろうが、カネになるならどっちでもいいさ」

 ヘラクレスは豪快に笑った。


 ミニィが横から言った。

「この大ジカと真正面から相撲をとって倒したんだよ。まったく、脳筋ここにありって感じだったわね」


「はあ……」


「ところで、みゃーん」

 足を縛ったシカをつるした枝の片方を肩にかけ、ポウズは言った。

「留守中、なにもなかった?」


 大ありだったよ。

 おれが言おうとすると、


「ああ、そのことだが」

 アマゾネスが宿から出てきた。肩に担いでいる亀甲縛りで下半身むき出しのサスケンは、まだ目を覚ましていなかった。


「なんだそれは?」


「圭藤星春の刺客だな。王女さまをさらいにきたから、遊んでやったわ」


「なんだと?」

 ヘラクレスが反応した。

「なんてことだ、こんなところでぐずぐずしてはおれんな。すぐに獲物を換金して、王都へ出発しよう」


「で、相談なんだが、こいつをどうする?」


「殺そう」

 ミニィが短く言った。おーい!


「殺すと死体の処理が面倒だ」

 ヘラクレスが言ったが、論点はそこかよ。


「現実的に考えたら、このまま役所に連行して取り調べてもらうのが一番だと思うけどな」

 ポウズがまともでよかった。


「いや、こいつ、おれたちの敵だろ? 釈放されたらまた王女さまを奪いにくるかもしれんぞ」

 しかしヘラクレスの懸念は当然だった。いまは捕縛されているが、罪状がどうあれ、コスモ・スクエア国の自治領警備隊が真剣に取り調べをするとは思えない。すぐに証拠不十分で釈放されてしまう気がした。そうなると、またおれたちの前に現れるだろう。今度は単独ではなく、ヴァルキリや圭藤がいっしょにやってくるかもしれない。


(しかし、圭藤はなんの目的で王女を狙う?)


 インテック町で圭藤と相対あいたいしたとき、やつは、「王女が元に戻っては困る」と言っていた。


 その理由までは聞きそびれてしまったが、王女をいまのままで、というより元の姿に戻らないように、監視下に置きたいというのは、サスケンからの情報で裏がとれて、間違いないようだ。だが、なぜ……? というと、わからない。


 ありそうなのは、政権闘争だ。時期王位をめぐってのお家騒動。アルテミス王女がそれに加わっては困る勢力が、圭藤に命じたのかもしれない。


 いまのコスモ・スクエア国の王室は、王、女王をトップに、二人の息子と一人の娘がいた。娘はアルテミスで、ゆくゆくは他国の王室へと嫁ぐ……。


(そうか、政略結婚だ)


 コスモ・スクエア国とどこかの国が仲良く同盟を結ばれては困る、という第三国が存在していて、そこの腹黒い宰相が圭藤に命じている……。


 しかしそこでおれは、

(おや?)

 と思った。


 この世界は、おれが考え出したおれの脳内から生まれた世界だ。こんないくつもの国が交錯するような複雑な世界を構想していたか? そんなことはなかった。ということなら、この推測は間違っていることになる。


 いやしかし、これまでもおれの想定していなかった事件が起こっているではないか。小説で書いたことがすべてではない。となると、この世界はおれの考えるよりもずっと広いということになるだろう。この大陸の外に広がる大海原の向こうには、見知らぬ大陸が存在し、勇敢な冒険者によって踏破されるのを待っているのかもしれない。あるいは未知なる高度な文明国が栄華を極めているかもしれない。そういう構想すらしたことはなかったが、そんなことに思いを馳せれば、なんとロマンあふれ、冒険の旅に出たくなるではないか──まぁ、そんなものが存在すれば、の話であるが。


「でも、王都まであと四日、急げば三日とかからないわけだから、なんとかなるんじゃない? 王宮にさえたどりつければ、もう刺客だって手出しできない」


 気がつくと、ポウズが意見をまとめていた。


 おれが妄想にふけっている間に、どうやら結論が出たようである。おれにまったく意見を求められなかったことに、「おまえの意見などあてにならない」とばっさり斬り捨てられているようで、なんとも寂しい気がしないでもない。


「じゃあ、こいつはあたしが自治領警備隊のところへつれて行くわ」

 アマゾネスは言って、もう出かけようとしている。


「じゃあ、おれたちはシカこいつを売りに行ってくる。ミニィとみゃーんは王女さまを頼む」

 ヘラクレスは大きなシカなのに軽そうに担いだままだ。ポウズは少しふらついている。


「わかったわ。高値で売ってきてよね」


「まかせろ」

 と、二人は去っていった。


 おれとミニィが残された。


「さ、宿に戻ってひと休みよ」


「お疲れさまでした」


「今日もあんたは、これから人形屋で働くんでしょ」


「そうだった……」


 すっかり忘れていた。でも、ヘラクレスとポウズがお金を持って戻ってきたら、あの人形屋のジオラマ制作も続けられなくなるのか……。そう思うと、なんだか残念であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る