第12話 おれの趣味が全開しているんだが

 ジオラマ。


 おお、その言葉の響きからして甘露ではないか。これこそ、創造主気分を満たす格好の題材ではないか。それがいくら小規模なものであっても。


 いま、おれの目の前にある机は、学校の教室で使うような程度の大きさのものだったが、そこに再現された建物はなかなかの出来で、完成度が高い。まだ机の上の三分の一ほどは〝空き地〟であり、机全体に町並みを作り上げたいという欲求に抗いがたいものを感じる。


 人形を作るよりも、おれには向いている、と思う。だが問題はおれの立場だ。人質としてこの店で仕事をするよう求められている以上、させられるのは「仕事」である。


 が、


「うーん……」

 と、思案する人形店の店主だったが、うなずいて、まぁ、いいでしょう、と言ってくれた。


「あんたの仲間を信じましょう。あのドールハウスの分のおカネをちゃんと持ってきてくれるでしょう」


「御屋形様ぁ!」

 おれは、殿のはからいに感激する家臣のように、妙に感動してしまい、思わず店主の手を大袈裟に握りしめていた。


「いえ……わしはただの人形屋の店主で……」

 照れ臭そうに言った。というより、どちらかといえば、いきなり手伝うなどと言ってこられても、その技術うでまえに信用がおけず、大事な商品をまかせられないという思いがあるのだろう。クオリティの低いものを作られても売り物にはならない。が、店主の趣味であるジオラマなら、多少出来が悪くても損害にはならないし、「こいつの仲間を信用して待つほうがいい」との打算なのだろう。気に入らなければあとで自分でやりなおせばいいし。


「じゃあ、おれ、これを手伝っていいんですね?」


「ああ……しかし、できるの?」


「得意です!」

 大きく肯定してから、おれはジオラマを詳細に観察した。


 この世界の一般的な建物はどれも木造で、鉄筋コンクリートのものはない。柱と梁をくみ上げて、壁は土を固めてある。屋根は一面、瓦で葺かれている。一方で、寺院などは石を積み上げて頑丈に造られていた。しかしこれらの建物の模型をすべて本物と同じ材料で作るわけにはいかない。


 とはいえ、現実世界と違って、この世界には模型用の材料が市販されているわけもなく、塗料も工具も存在しない。一番使いやすい材料である厚紙でさえ、ここでは手に入らないだろう。その意味で、得意とはいうものの、天然の素材から部品を作っていかなければならず、その点はかなり苦労するだろうと思えた。だが──とおれは思うのだ。


 ジオラマにかける情熱はそんな苦労は苦労ではない。もともと手間のかかるのがジオラマ制作なのだ。インスタントでなんの苦労もなく作れるのでは、それこそ作り甲斐がないというもの。


「これの材料は、どうしてるんですか?」


「ああ? それはドールハウスを作るときにできた切れ端を流用しているんだよ。だから、いまのところ、そこにあるものだけだよ」

 店主が指差したのは、作業机の端っこにうずたかく積まれている木切れだった。天然の木を加工して木材等の材料製品にして売る、という商売はこの世界にはなく、したがってドールハウスや人形の材料も、一次素材から作っていく、という工程にならざるをえない。


 おれは不要になった木の皮や細い枝を手に取り、

(こいつは思った以上に大変だな)

 と、腕組みをして思案する。


 接着剤も、便利な瞬間接着剤などあるわけもなく、植物の樹脂を煮詰めたものを使っている。


 さらにもうひとつ大きな問題は、実物を見て模型を再現するにあたって、写真を撮れないということだ。この世界にカメラはない。ではスケッチをするかとなると、鉛筆などという便利なものはなく、そもそも質のいい紙がないから、それもかなわない。実物は見られるから、それを頭に記憶し、それをもとに模型を作らなければならない。伝説の模型師のようなことをしなければならないわけだ。


 いきなりハードルが高かった。しかし、


(おれは負けない!)


 という謎のやる気がむくむくと頭をもたげていた。


「じゃあ、この三階建てのアパートの横に置くパン屋から始めてくれるかな。実物はそこを出た左側にあるから、見に行って参考にするといいよ」


「イエッサー!」

 テンションの高くなっているおれは敬礼し、飛び跳ねるように表に出て行った。





 じっとパン屋を見つめるおれ。


 建物の全体はもちろん、細部もきちんと見て、その構造を理解する。壁の色や屋根の形など、ほぼ同じ技術で建てられているので、デザインはどの建物も似ている。すでに作られた模型を参考にできるし、思ったよりも楽かもしれない。


 デザインの類似によって、町全体は統一感が醸し出されていて、それはそれで美しい。


(よし!)

 おれは工房に戻り、机の前に陣取る。


 縮尺率は、およそ百分の一とみた。模型を参考にしつつ、他の職人たちが人形や、それ用の服や小物、ドールハウスを作っているのに混じって、部品の作成から始めた。


 デザインカッターなどないので、汎用の小刀で木切れからドアや柱を切り出していく。面倒な作業であったが、意外にもこれが楽しい。そもそも、こういう細工を施しながら作っていくのが面倒な人間には、模型作りは趣味にできない。柱や壁などの部品の製作だけでも、完成するとその出来に達成感が得られた。


 おれは時間を忘れて没頭していた。気がつくと、もう日が陰ってきていた。夕日が窓から差し込み、今日の営業時間は終わりである。工房の職人たちが、「お疲れさまです」と言いながら、家路につく。


 おれも伸びをして、さぁ、宿に戻るか、と席を立った。


「明日も来てくれよ」


 店主をおれに声をかけた。人質とはいっても、ずっとここに拘束されているわけではない。夜はちゃんと宿に帰れた。そこまで非人道的ではないのだ。


「はい、もちろんです。まだ作りかけですからね」


 おれは机の上の、組み立て途中のパン屋を見下ろす。


 こういう仕事ならいくらでもできる。ノルマがあるわけでもないし、ほぼ趣味だ。これが本職ならもっとつらいかもしれない。だからおれは、現実世界では模型を職業としなかった。大好きなものが嫌いになるのを恐れて。でも、好きなことを仕事にしていたら、もしかしたら、ブラック企業に勤めて心身を削ってしまうこともなかったかもしれない。実証できないが、もしもやり直すことができれば、改めて挑戦してみるのもいいかもしれない。


 おれは宿への道すがら、パン屋を今一度眺める。夕日に照らされた街並みに映えて、写真にでも収めたい衝動にかられる。模型もライティングに凝れば、いい雰囲気がでるだろう。が、どれもこれも、この世界では実現できない。かといって、カメラを作り、電球を開発する、などという発明家のような知識はおれにはない。田中久重やエジソンのような偉人のようにはなれないのだ。知識チートとして、この世界をわたっていくには、おれはほとほと知識がなさすぎた。


 宿につくと、部屋にはアマゾネスだけが王女の護衛として残っていた。


「あれ? ヘラクレスは?」

 おれが訊くと、


「ポウズとミニィといっしょに、ギルドに出かけたさね。どんな仕事にありつけたか、帰ってくるのは何日かあとだろうよ」


「そうか……」


 モンスターを退治するなら、人手は多いほうがいいだろうし、パワー系のヘラクレスなら適任だろう。


 おれは部屋に置かれたドールハウスを見る。


「王女さまの具合はどうですか?」


 小さくなったことで、体調に異常はでないかどうか、わからない。そういう意味でも、誰かが常にそばについていなくてはならないだろう。


「いまのところはだいじょうぶです」


 ドールハウスから六人のアルテミス王女が出てきて言った。最初に着ていたドレスは洗って室内に干されており、ミニィが人形屋で買ってきた服に着替えていた。


 おれはどんな服を買ったのか、ちゃんと見ていなかったので、ここで初めてその服を目にした。しかし……と、おれは困惑した。


 ナース服、キャビンアテンダントのユニホーム、セーラー服、リボンタイの大きな女子高生のなんちゃって制服、体操服、スクール水着……。


「…………………」


 おれは沈黙した。


(なんだこれは?)


 この世界に似合わない。違和感の固まりのような服ばかりではないか。こんな服がなぜ存在しているのだ?


 ものすごい既視感を覚え、


(そういえば……)


 おれはコスプレ系のAVを見たおしていたことを思い出す。趣味全開のチョイスである。


(そうか! そういうことか!)


 おれは気づいた。


 この世界は基本的にはおれが創造した。ということは、この世界にあるものは、おれの脳内にある記憶をもとに構成されているのだ。純粋な「異世界」ではない。そこに整合性などは期待できず、いってみれば、「夢」の世界と同じなのだ。


「買ってもらった、この服……。ミニィさんが選んでくれたようですが、変わった服ですね」

 スクール水着の王女がそう言う。素直な感想だろう。


「わたしのは、とてもかわいいと思いますよ」

 JKの王女さま。


 それぞれがお互いの服の感想を言い合っている。


 小さな王女はまるでフィギュアモデルのように見えて、見ているだけで悶絶しそうである。見ているだけでは飽き足らず、コスプレAVとイメージが重なって、イケナイ妄想をしてしまいそうだ。ああ、ここにカメラがあったのなら、いろんなポーズをとらせて……ぐおお、王女さまぁ~!


「どうした、身悶えして? 仕事がつらかったか?」


 脳がトリップしているおれに、アマゾネスが真顔で言った。アマゾネスにとっては、王女の服装に特段の意味はないのだろう。


「いや……べつに……」

 おれは現実に引き戻され、少し落ち着く。


「そうか、なら晩メシでも食いに行こうじゃないか。王女さまの食事も運んでやらないといけないからな」


「そ……そうだね……」


 これからも、おれの記憶や妄想が目の前に出現するのかもしれないと思うと、なんだかそら恐ろしくなってきた。自分の脳内が公の元にさらされて、恥ずかしい思いをする。恥ずかしいと思っているのは、たぶんおれだけで、周囲の者はなにも思わないかもしれないが、ミニィの無遠慮な毒舌がおれにダメージを与えそうな気もした。

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