第11話 ピンチ、路銀散財でおれは人質になる

 コスモ・スクエア国最大の都市、ユニバーサル市。王都ポウトタウンをしのぐ繁栄ぶりで、町の面積も広い。


 いくつかのエリアに分かれており、おれたちはアルテミス王女さまのための買い物に、商業エリアの中心地、オールドヨークに繰り出した。


 ユニバーサル市は大きいため、小説執筆時にすべての地区を細かく設定していたわけではない。したがって、おれの認識していないところも多々あるだろう。地図だって、やや大雑把な部分がある。正直な話、ストーリーに関係なさそうな場所は考えていないのだ。小説に出てこない施設なら、なにも決めていなくても問題ない。


 で、このオールドヨーク。さすがに国一番の商業地区とあって、人通りもすごいし、建物の密集度も高い。軒をつらねる商店も多く、馬車の往来も激しい。


 おれは、ミニィとポウズのお供であった。ヘラクレスとアマゾネスは、宿で王女さまの護衛である。戦い慣れたのが二人もいれば、なんとか護れるだろうという判断だった。ヴァルキリは強敵だが、ミニィが置いて行った防御の護符もある。


 圭藤星春けいどうほしはるの強さは未知数だが、元は現代世界の人間であるため、いくら鍛えたとしても剣術にたけているとは思えないし、それほど高位の魔法力を備えているとも考えにくい。たしかにおれは目の前でやつの魔法を見た。捕えた王女を巧妙に隠していた。しかしそれだけだ。攻撃力が高いといっても、驚くほどではないだろう。


 ただ、敵がその二人だけとは限らない、かもしれない。そこが不気味だといえる。まだ登場していないキャラクターもいるし、立場が小説どおりとは限らない。力強い味方として設定していたのに、敵として立ちふさがるかもしれない。幸い、チートキャラは立てていない。


(──いや、それもわからんか。設定していない能力を有して現れるかもしれない)


 要は、多少なりとも知ってはいるが、設定とは異なる可能性が高く、おれの知識はそれほど役に立たないともいえる。これでは、「おれは創造主であるぞよ!」なとど、偉そうに振る舞う資格はない。


(この先、おれはどうなるんだ?)


 たいした能力もなく、ヘラクレスたちに拾われてなんとか生き長らえているが、魔法の釘バット一本で人生を切り開いていくのは無茶な気がした。


 だがとにかく、王都ポウトタウンまであと四日の旅。うまく乗り切るしかない。そのあとのことは──でたとこ勝負だ。


「あっ、あったわ。ここね」

 オールドヨークのショーウインドーが並ぶ商店街で、ミニィはある店の前で足を止める。


 そこは、さがしていた店だった。


 人形屋である。


 人形と、その関連商品を扱う、まるで、松屋町まっちゃまちにあるような店なのである。←ちょっと違うか?


 でも人形サイズのものなら、いまの王女さま用として使えるものがあるだろうと見当をつけていたのだ。店のショーウインドーには、ドレスを着せられたさまざまなサイズの人形がディスプレイされていた。


 ミニィは、ドアを開けて店に入る。


「わぉ!」

 店内には、人形と、人形用のさまざまな小物が棚に置かれていた。それを見て、

「素敵!」

 感動している。こういう趣味の店は、それが好きな人にはたまらない。そうでなくても、女子には心引かれるものがあるのだろう。目を輝かせながら、ミニィは店のなかを見回している。


 おれがポウズとともに、よくできたミニチュアを見ていると、店の奥から店主が現れた。人のよさそうな中年男である。とくに特徴もない、モブキャラ丸出しの顔をしていた。

「いらっしゃいませ。どうぞごゆっくりお選びください」


 当面必要なのは、六人の王女の服である。が、


「これ素敵よね! 王女たるもの、〝宿無し〟ではいけないわ。買おうよ」

 ミニィが指差しているのは、大きなドールハウスであった。たしかに王女のプライバシー空間は、ない。いつもおれたちの目があると、落ち着かないだろう。


「だが、これは高いぞ」

 ポウズはひと目みて、だいたいの値段を想像した。値札はなかったが、おれが見ても高価たかそうに思える。


 六人の王女を収容できそうな大きな二階建てドールハウス。内部の作りこみも細かく、かつ上品な装飾が施されていた。王女の居室として、居住性はよさそうだった。


「こんなものを買ったら、路銀が吹っ飛ぶ」


 見るからに値段が張りそうで、おれは、そう言うポウズの横でうなずく。


「王女さまに不自由をさせたままでいいって言うの?」


「いや、しかし……」

 ポウズは店主をちらと見る。


「それは金貨5枚でございます」


「ほら、ごらんよ……」


 日本円でいうと、およそ64万円也。王女が住むにはいいかもしれないが、こんなものを買う余裕はない。


「じゃあ、またギルドから借りればいいじゃん」


 ミニィは涼しい顔で気安く受ける。が、


「そうはいかないよ。そんなに貸してくれるわけがない」

 ポウズは事情がよくわかっていた。今回は特別な案件であるためにお金を融通してくれたが、通常はそうはいかないのだ。

「服だけならなんとか買えるんだから、それでいいだろ」


「王女さまが着替えをするのに、部屋がないなんて、とんでもないわ」


「でも、到着まであと四日なんだぜ」


「なにを言ってんのよ。旅は四日でも、元の姿に戻るまでは家が必要でしょ」


「王宮に着けば、もっと立派な家を用意してもらえるさ。それなら、それまで仮住まいということで手を打たないか?」


「…………かわいいのに」


 ミニィは納得しない。単純に上等なドールハウスが欲しいだけなのかもしれない。このどさくさで買ってしまおう、あわよくば、王宮に到着して不要となればもらい受けようという魂胆でいるのかもしれない。強欲というか……まぁ、そういう性格なんだけど。


「じゃあ、これで妥協してあげるわ」

 ミニィは、その横にある、大きさはややこぶりで、内装も少し簡素なつくりのドールハウスを選んだ。

「王女さまにもこれで辛抱してもらう。もし王女さまがご不満のようなら、ポウズのせいだと言ってやるから」


「なんてこと言うんだよ」


「それでしたら、大銀貨4枚です」


 それでも約13万円。サイズが大きいと、やはりそこそこの値段になってしまう。


「これなら買えるじゃん」


「買えないよ。服も合わせると、予算オーバーだよ」


「ちぇっ……」


 ミニィは不平な気持ちを隠そうともしない。


「どこかで現金を稼がないと、とても買えないぜ……」


「それよ! ギルドで仕事を斡旋してもらって稼げばいいのよ。なんかすぐに片づきそうな仕事」


「そんな都合のいい仕事なんか、見つかるかい?」


 ポウズは懸念する。おれもそう思う。


「だったらみゃーんに、ここで人質になって働いてもらえばいい」


「すげぇこと言うなあ!」

 おれは突然降りかかってきそうな災難に面食らう。


「だって、わたしたちが登録しているギルドは、主にモンスター退治が仕事なの。あんたじゃ役に立たないし、ここで働くのがベストだと思う。ねえ、店主さん、こいつ、さんざんこき使っていいから、わたしたちが帰ってくるまで雇ってちょうだい。もしわたしたちが戻ってこなかったら、煮るなり焼くなり、好きなように」


「はい、いいですよ」


「いいのかよ!」


 あまりに成り行きがスムーズすぎて、立ち止まって考えるいとまさえない。状況の変化についていけない。


 ミニィは、アルテミス王女に合いそうなサイズの、人形用に作られた服を何着も選び、ポウズにドールハウスを持たせると、


「ちゃちゃっとモンスターを倒して戻ってくるから、ここで真面目に働くのよ」

 ミニィは言い残し、おれを置いて店を出て行った。


 残されたおれは、呆然とたたずむ。まるで、『走れメロス』のセリヌンティウスだ。


「じゃあ、まぁ、仕事をお願いするかね」


 ディオニス王──店主は、おれをバックヤードへと案内する。なんだか、思ってもみない展開になっていき、おれは目を白黒するばかりである。





 人形の館──。


 ここでは人形の他、服、小物などもいっしょに製作されていた。店の奥の工房には、数人の職人が、せっせと手を動かしていた。ひとつひとつが手作りの、この世に二つとないものを作り出しているさまは、見ているだけで楽しい。だが、


「で、あんた、なにができるの?」


 店主にぼそりと訊かれた。


 でも、なにができるのかと言われると、ちょっと黙ってしまう。この店については、おれの書いた小説には出てこない。もっとも、小説の主人公はおれではなく圭藤星春だから、圭藤がこの店に立ち寄ったりしていないのだから小説に登場しなくて当然だろう。


 しかし、おれが書いたはずの小説世界なのに、おれにわからないことだらけなんて、奇妙な感じだ。


 そう思いつつ、工房を見回す。おれは手先は器用だったが、人形なんかはつくったことない。フィギュアモデルも。


 そのかわり──。


 いまはブラック企業で休みなく働いているおれだが、学生時代は模型作りを趣味としていた。鉄道模型チャンネルなんかを見て、ジオラマ製作をしたこともあった。


 そのおれの目に、工房の隅っこに置かれている小さなテーブルが映った。そこには、人形とは関係のなさそうなものが載っていた。


 この区画──オールドヨークの町並みがミニチュア模型で再現されていたのだ。男子たるもの、こういうものに心動かされないわけがないではないか。


 思わずそこへ魅せられるおれに、


「ああ、それ? それはわしが趣味で作っているもんだよ。まだ途中で、いつかはユニバーサル市全部を作りたいと思ってるんだよ。仕事とは関係ない」


 店主は素っ気ない言い方をするが、


「すごいよ、これは!」


 おれが大げさにほめると、店主は照れくさそうに肩をすくめた。


「そ、そうかい……? ただの自己満足なんだが……」


 おれは血走った目でその模型の街並みを凝視する。


 人形や人形の小物なんか作るよりも、こっちの作業をしてみたい。が、ここでのおれの役割は「売り物になるものを作る」だから、これに一生懸命打ち込んでも仕方ない。


 それでもおれは、無理を承知で言ってみた。

「これを作るのを、手伝わせてください」

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