第10話 おれにはそんな趣味はない、と断言したい

 考えてみれば、なんでポウズがおれのところに絶妙なタイミングで加勢しに来てくれたのか──?


 二人で馬車に戻ると、その答えが明らかになった。


 ヘラクレス、アマゾネス、ミニィが神妙な面持ちでおれたちを迎えた。


「すぐに出発するぞ」

 そう言ったのはヘラクレスだ。


「出発するって、逃げた王女さまは?」


「保護できず、横取りされた」

 悔しそうにアマゾネスが言った。


「え?」


「逃げた四人のうち、三人があの風魔法の女に盗られたのさ。あたいの目の前で、かっさらっていきやがった」


「ヴァルキリが?」


「やつらの目的は王女の奪取だろう。だからおれとアマゾネスはこの六人を護ることに専念したんだ」


「それでボクがみゃーんのところへ駆けつけてみると、こちらもまんまと盗られてしまっていたというわけ」


「そうだったのか……」


 圭藤星春がヴァルキリと組んでいたというわけだ。書いた小説では、圭藤はヴァルキリと敵対していた。一方、圭藤とは仲間になっているはずのヘラクレスたちとは敵対しているから、展開は逆だといえる。


(おれがこの世界をかき回しているのだろうか?)


 ヘラクレスがたずなをとると、乗り込んだ馬車が走り始める。


「ということで、あまりここに長居するのは得策ではないという結論なんだ」

 ポウズが説明する。


 いまの状況では、奪われた四人の王女を取り返すのは戦力的に困難である。よって、保護している六人をとにかく安全な場所に移送することを最優先とし、残りの四人はそののちに加勢を得て奪還する、ということに落ち着いた。つまりは、王都ポウトタウンの王宮内ならば安全といえるだろうし、そこで王の兵士を援軍にすれば圭藤に対抗できるし、四人を保護できるだろうという計画なのである。


 王女が十人になってしまった経緯も、元はといえばヴァルキリの襲撃が原因であるといえるし、そう説明すればおとがめもないだろう。


 十人がそろったところで、高位の魔法使いによってアルテミス王女は元の姿に戻る……というシナリオだ。その魔法使いの目処めどはぜんぜんたっていないが、なんとかなるだろう。



   ☆



 隣町のユニバーサル市に着いたのは、予定より遅れて日が暮れてからだった。


 コスモ・スクエア国最大の商業都市である。その規模は王都ポウトタウンをもしのぎ、人口は二十五万人をこえる。首都ではないが、経済の中心地であり、事実上、コスモ・スクエア国を動かしている都市といえる。


 道中、警戒しながらここまで来たが、にぎやかな都市部に入ってくれば人目も多く、滅多なことはできないだろうと張りつめていた気を抜けた。


 最初に見つけた宿に泊まることにした。幸い、部屋に空きがあり、おれたちは六人のアルテミス王女ともどもここで休むことにした。


 旅慣れていないおれは疲れていた。この世界に来て二日間、まともな場所で眠っていない。食事さえもあまりのどを通らず、部屋に入るとさっさと寝てしまいたかった。


 正直、文明の利器があふれている現代世界が恋しい。なんでこんなモンスターの徘徊する非文明世界を創ってしまったのか、と悔やんでしまう。そこに住むキャラクターも、命の危険と隣り合わせだ。しかしそういったアニメやコミックやラノベを楽しんできた。自分がそこへ入っていくわけではないという無責任さがそうさせてきたのかもしれない。やれやれ。


 ベッドに入り、そんな反省をする。


 疲れているが、なんだか寝つけない。


 そうしているうちに、食後の飲酒を楽しんでいたヘラクレスかポウズかが部屋に入って来た。照明もなく、おれはベッドにもぐりこんでいたので、人の気配だけを感じて、てっきりその二人だと思い込んでいた。


 だから、もぞもぞと布団にもぐりこまれたときには、


「ちょっと、寝ぼけてないでよ。誰?」

 と、起き上がった。


「あらぁ……もうすっかり寝ていたかと思っていたわ」


 その声に、おれは驚く。


 窓から差し込む二つの月の青白い光がその顔を照らし出していた。


「アマゾネス……!」


「さぁ、やっと二人きりになれたわね」

 怪しい笑みを浮かべるアマゾネス。


「なにを言ってるんだ? っていうか、なにをする気なんだ?」


 なにをする気なのか、なんとなくわかった。


「だいじょうぶよ。痛いのは最初だけよ」


「ヘラクレスとポウズは?」


「あの二人は気を利かせてまだ飲んでいるわよ」


「そんな気なんか利かせなくていい!」


 なにをされるのかわからんが、「痛いのは最初だけ」という言葉が気になった。話し合いでなんとかこの場を逃れたいが、無理そうな雰囲気だ。


(くそっ、なんでこんなキャラクターを創っちまったんだ)

 と、おれはまた後悔した。


(もっと可愛い女の子がわんさと出てきて、理由もなくモテまくるハーレム小説でも書いておけばよかった)


 そういう安易なお花畑な展開がイヤで、けれどもハードな正統派冒険物も息がつまりそうなので、若干遊びも入れてみようとしたわけだが、いま思えば中途半端な完成度だったかもしれない。


 とかなんとか思っているうちに、いつの間にかおれはロープで手足を縛られていて、身動きができなくなっていた。


(な、なんじゃ、こりゃー!)


 魔法でも使われたか?


 おれはベッドの上で、まるで荷物のように転がされていた。手と足は背中に回されていて、なんの抵抗もできなくなっていた。屈辱的な体勢である。


「フフッ。いい格好よ、みゃーん……」


 シャツをめくられた。


「あら……案外色白なのね」


 すると、どこから取り出したのか、木製の洗濯バサミでおれの乳首をはさんだ。


「いててて! なにすんだよ!」


「いい声だわ」


「はずせ!」


「まだまだこれからよ」


 アマゾネスは、痛みに悶絶するおれのズボンを引き下ろした。


「待て! それはやめろ!」


 おれは前を隠したいが、手足を後ろに縛られているから、かなわない。


「おやおや、意外と小さいわね」


「大きなお世話だ。こら、よせ!」


 たるんだ皮を洗濯バサミではさまれた。


「ぐおおお!」


 感じたことのない鋭い痛みが襲いかかって、おれは目をむく。


 完全におもちゃにされていた。まさかこんなことをされるとは、作者のおれでも思ってもみなかった。これが超絶可愛い女の子が相手の刺激的で官能的なプレイだと、おれも興奮して下半身もエレクトするのだが、いかんせん、SMはおれの趣味ではない。少なくとも、おれにマゾっ気はない。断じて、ない。


「次はこれね……」


 アマゾネスが手に持っているのは、馬を打つムチであった。しなるムチの先端が、おれの肌を何度も直撃する。


「いぎっ!」


 おれは痛みから逃れようと体をくねらせるが、アマゾネスに馬乗りにされていて、動きがとれない。


「ああ、いいわぁ。みゃーん、いい反応よ。興奮してきて、汁が出ちゃいそう」


 恍惚の表情を浮かべるアマゾネスは、ムチで赤くなったところに舌を這わせてきた。よだれでべとべとに濡れて、冷たい。


「ひいぃ」


 念入りに舐め回されて、その感覚に鳥肌が立った。


「あれ? ちんぽが元気ないじゃないのさ」

 アマゾネスがおれのモノを見て、残念そうに言った。


「当たり前だ。おれはそんなことで興奮するような変態じゃない」

 おれは言い返した。なにもかもアマゾネスの思うままになってたまるか、という反発心があった。


「あら、そう? じゃあ、キンタマの袋にはさんであげる」


 洗濯バサミをもうひとつ。


「うわあああ、それはダメだ、やめろぉ!」

 おれは口から泡を吹いた。


 アマゾネスは動じない。残虐な行為に走った。


 おれは人生で初めて失神した。



    ☆



 ひどい寝覚めであった。


 同室には、それぞれのベッドで、ヘラクレスとポウズがいびきをかいていた。昨夜は飲んだくれていたのだろう。窓からはすでに高くなった太陽が見えて室内を明るく照らしていたが、そんな時刻なのに二人とも気持ちよさそうに眠っている。


 それに引きかえおれときたら、昨夜の恥辱プレイが尾を引いて、気分がすぐれない。


 あれは本当にあったことなのだろうかと体を点検すると、何ヵ所かに痣が見られた。


「くそ…………」


 もう縛られてはいなかったが、手首にも跡が残っていた。アマゾネスが具体的にどんなプレイを楽しんでいたのかは小説には書いていない。だからおれもイメージできないでいた。実際それを自分で体験して、創造主のおれの考えていないところはどうやって創り出されていくのだろうかと疑問に思った。


 圭藤星春にしてもそうだ。こうなっては、おれの知識で優位性を得るのはもはや不可能で、これからの旅に暗雲さえたちこめてくる。


 空腹とのどの渇きを覚えていた。時計がないのでいまが何時かわからないが、夜明けからかなり時間がたっているようだ。


 部屋を出て、宿の食堂に行ってみる。


 木のテーブルがならぶ食堂に入ると、端っこの方でミニィとアマゾネスが食事中であった。昨夜もここで食事をしたのだ。


「おはよー、みゃーん」


 おれを見つけたミニィが声をかけてきた。


「わたしたちもさっき起きたところなんだ。ぐっすり眠れたわ」


 その一方で不満げなアマゾネス。パンをかじって、

「みゃーんにはがっかりだわ。もっと楽しませてもらえると思ったのに。失神したあとにしゃぶっても面白くなかったし」


「朝っぱらからなにを言い出すんだよ」


 おれは、昨夜のことをミニィにしゃべったんじゃないだろうな、と勘繰った。


 そこへ、


「おはようございます。朝食はいかがなさいますか」

 宿の主人が、おれの気配を察したのか、奥の厨房から食堂に現れた。白髪の老主人で愛想がいい。


「はい、頼みます」


 言ってから、昨夜のおれの悲鳴を聞いていたのだろうかと気まずく感じ、あれがおれの悲鳴だとわかるわけないさ、と知らん顔していると、


「昨夜はよく眠れましたか? まだお疲れのご様子ですが」

 と、ニコニコしながら言うのである。


「いえいえ、しっかり休みましたよ! もう、ばっちり」


 おれは不自然なほど強調した。


「そうですか、ではすぐに朝食を用意しますね」


 気づいたのかどうか、主人は厨房へと入っていく。


 おれはテーブルについた。


「で、今日は、どうするんだい?」


「王女さまを連れていくのに、あのままってわけにはいかないからな。王女さま用のものを買いそろえないと」


「そういや、王女さまは?」


「部屋に食事を持って行ったから、いまごろ召し上がっておられるだろう。食堂ここへ連れてくるわけにもいかんからな」


「そうだったな……」


 食堂には、この時間、他に利用客はいなかったが、目立つのであまり人目には触れたくはないので、昨夜も食事を部屋でとってもらったのだった。


「で、じゃ、なにを買うんだい?」


「王女さまが旅の道中、不自由にならないものだって」

 ミニィがマグカップのミルクを飲み干して言った。


「具体的にはなんだ?」


「このユニバーサル市は大きな町だからね。市場をうろついていたら、なにか見つかるんじゃないかって、アマゾネスが」


「ふうん……」

 おれがユニバーサル市の地図を思い浮かべていると、


「お待たせしました」

 宿の主人のパンと湯気を立てるスープの乗ったトレーを持ってやってきた。とりあえず、朝メシだ。


 おれは匙をとった。

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