第9話 おれは主人公ではなかったのだと気づかされた

 呆気に取られている場合ではなかった。


 十人のアルテミス王女さまたちは、それぞれべつべつの方向へと逃げ出していったのだ。しかも体が軽いせいか、めっぽうすばしっこい。


「あ、お待ちください」

 ポウズが叫んだ。


 アルテミス王女が結晶体に閉じ込められたとき、どんなに怖かったかを想像すると、逃げ出すのも無理ないかもしれない。


 だが、ここでおれたちが保護しなければ、もっと危険な目に遭うのは明らかだ。あんな小さな体では鷹に狙われるかもしれない。悪人に捕まってしまうかもしれない。


 おれたちは急いで逃げていく王女を捕まえようとした。


「あっちへ行ったぞ」

「王女さま、逃げないで。怪しい者ではありませんから」

「踏みつぶすなよ!」

「しまった、見失った。どこへ隠れた?」


 しかし五人では対応できない。大混乱である。あたふたしながら、逃げていく王女さまに翻弄される。


 急いで捕まえようとするが、先ほどまでの戦いで消耗した体力では追いつけず、すべての王女の回収に手が回らない。荒れ地で草の丈も高く、何人かの王女の行方がわからなくなってしまった。


「これ、どうする?」

 ヘラクレスが両手で包み込むようにして捕らえた王女さまの扱いに困っている。乱暴に扱うわけにもいかず、捕まえたものの、どうすればいいかわからない。


「とりあえず、馬車のなかに集めよう」

 ポウズが提案した。


 籠があるわけではないし、いまはそれしかないだろう。


 力自慢のヘラクレスが横倒しになった馬車をもとに戻してくれて、そのなかに、それぞれが捕獲した王女さまを持ち寄った。


「アルテミス王女さま。我々は王女さまのお味方でございます」

 結局、十人中、四人の行方がわからなくなった。保護できたのは六人で、その六人に対して、ポウズが説明している。

「いままでさぞご不安であられたでしょう。これから我々が王都ポウトタウンにお連れいたします。ギルドから証文もいただいておりますゆえ、どうぞご安心を」


 ヘラクレスが証文を取り出して王女に提示して見せている。


「わかりましたわ」

 六人のアルテミス王女が声をそろえて答える。

「わたしもこのような体になって元に戻る方法もわかりません。そなたたちに頼るより他はなさそうです」


 王女は、状況をよく理解しているようで、おれたちはひとまずほっとする。


 ただ、残りの四人の王女の行方が知れない。これは非常にまずいことである。その四人の身にもしものことがあれば、王女はこの姿のままたぶん元に戻れない。十人に分裂してしまったのだから、十人そろわないことには、魔法をもってしても復元できないだろう。


「では、あとの四人をさがしてきますので、ここでお待ちください」


 ミニィにここをまかせ、ヘラクレス、ポウズ、アマゾネス、それにおれが手分けして、残る四人の捜索を開始した。幸い王女は、あのサイズだとそれほど遠くへは行けないだろうし、六人の王女たちは、他の四人の行き先がだいたいわかるようだったから、その情報を手がかりにできた。


 で、おれはインテック町におもむいた。




 インテック町のどこかに、王女が一人いるというのである。どうせならもっと細かい情報が欲しいところであるが、そこまでしかわからないらしい。


(しかし……、この町のどこに、小人になった王女さまがいるのだろうか)


 あれからそんなに時間はたっていない。距離的に、やっとこの町にたどりついたばかりだろうと思える。となると、まだ通りをうろついているかもしれない。


 おれは地面に目をやりながら一度通った道から町に入っていく。まだここは町はずれの人家がまばらな地区で、耕作地が広がっている。


 手には一応、釘バットを握っていたが、あくまで護身用だ。もっとなにかの役に立ちそうな気もしているのだが、取扱説明書をもらっているわけでもなく、まだ秘めた能力があればいいな、と図々しい期待をしていたりする。おれはこの世界の創造主なのだから、なにかしらこの世界での「特典」があるのではないかと思うのだ。事実、これまでなんとかピンチに陥りながらも切り抜けてきたではないか。


 だからここでおれは空振りすることなく、王女さまを無事見つけられるだろう。おそらくは、この釘バットが重要な役割をはたしてくれる……かもしれない。


「アルテミス王女さま~」


 おれはキョロキョロと視線をめぐらしながら何度も呼びかけるが返事はない。ここまで逃げてきたというからには、そうとう警戒しているのだ。簡単に出てきてくれそうにない。といって、あきらめるわけにはいかない。十人、耳をそろえて王様にお返しせねば、報奨金ももらえないし、なによりあんな体では王女がかわいそうだ。


 なんとしてでも連れ帰る。


「さがしものは見つからないようだな」


 地面ばかり見ていて、正面に人が立っていることに気づかなかった。おれが顔を上げると、十メートルほど先に一人の青年が立っていた。そして、タメ口をきいたこいつが誰だかわかって心臓をわしづかみにされたような衝撃を受けた。


「あ……おまえは……」


 身長170センチほどのやせ形。この世界の一般的な町人や貴族ではない現代的なカジュアルな服装の、年齢は二十代なかばと思しき男が意味ありげな不敵な笑みを浮かべていた。


 おれはこいつを知っている。おそらくはこの世の誰よりも知っている。


圭藤星春けいどうほしはる……」


 その名が口をついて出た。


 この小説の本来の主人公である。二十四歳で、クルマを運転中に土砂崩れに巻き込まれて死亡、この世界に転生した、という設定である。ごく普通の気弱な男が何人ものキャラクターと出会い、数々の冒険を繰り広げていくうちに成長し、いつしかこの世界の危機を救うのだ。たぶん。ラストはまだ思い出せない。


 圭藤がここにいる、ということは、やはりおれは主人公ではないのだ。それがはっきりとして、おれの立ち位置が認識していたものと大きく違うことが明らかとなったのだが……。


「ほう……おれのことを知っている……。てめぇ、何者なにもんだ?」


 ただし、おれのイメージする圭藤星春とはかなり異なる。こんなにも他人を見下すような目つきの悪いやつだったか?


 これまで出会ったやつらは、ヘラクレスもミニィもポウズもアマゾネスもヴァルキリも、ほぼおれの考えたとおりのキャラクターだった。けれども圭藤星春は、外見はともかく、中身がかなり設定とかけ離れているような印象を受ける。


(これはどういうことなんだ?)


 もしかしたら、作者のおれがこの世界に来たことが影響しているのかもしれない。 


「ま、てめぇが誰かはいまはどうでもいい。悪いが、さがしものはあきらめてくれ。ついでながら、てめぇの仲間が保護している六人もおれたちによこすんだ」


「おまえはなにを知ってるんだ?」


 圭藤は本来は主人公であるはずなのだが、やつの言動から、ポジションがずいぶんと違っているのだと推測される。小説で書いた圭藤星春の記述がまったく参考にならないのだと、おれはそのとき直感した。


「王女はてめぇらにわたすわけにはいかない。命が惜しければこの件から手を引け」

 そう言って左手に持っている太刀の柄を右手で握った。


(抜刀する気か? おれと戦う?)


 おれは釘バットに視線を落とす。


 いまの圭藤のレベルがわからない。小説では終盤剣術の腕をあげ、手に入れた聖剣クリスタルソードを扱えるまでになる。あの地下宮殿で出会った魔物とやりあって勝てるほどに。


 いま持っているのはクリスタルソードではなさそうだが、だとすると……いや、どちらにせよ、釘バットで対抗できるとは思えない。魔法で攻撃をかけてきたらなんとかなるが、純粋に剣術での勝負では話にならない。


「四人のアルテミス王女は、どこにいるんだ?」

 おれは訊いた。ここは尻尾を巻いて逃げるべきだとおれはすでに判断しているが、その前にできる限りの情報を聞き出しておきたい。


 ふっ、と圭藤は笑い、太刀の柄を握っていた右手を離すと、その手のひらを広げる。すると、そこに王女が現れていた。


 手品でも見せられているようだった。王女は、手のひらの上で窮屈そうな籠に入れられていた。どうやら圭藤はなんらかの魔法を使えるようである。小説でも、ある程度の魔法の修練はしていたが、無敵チートレベルには程遠い。こんな魔法は使えないはずだった。


 圭藤が手首をひねると、王女を入れた籠が消失する。

「どうだ? わかったらさっさと立ち去れ。おれから王女を奪おうなどとは考えないことだな」


(なんだ、この自信……)


 悪役キャラがやられる前にほざくセリフの定番のようだった。


(でも、まぁ、おれの釘バットを見れば、そう思っても仕方ないかな……)


 もっとおれの外見に迫力があれば、たとえばヘラクレスのように筋肉が盛り上がったりしていれば、そうみくびられることもないのだろうが、それはない物ねだりというものだった。


 だがそうはいってもここは悔しい状況である。せっかくギルドで証文までもらったのに、これではミッションがクリアできない。


「おまえに王女を差し出して、どうするんだ? 元の姿に戻して、王様のもとへ連れていくのか?」


 念のために問うた。手柄を横取りされるのは、なんとも惜しいが、王様が安堵されるのならそれでもいいかもしれない。が、こいつのまとう雰囲気はなんだか違うような気がした。


「王女が元の姿に戻っちゃ、困るんだよ。だからおれたちが王女を結晶に閉じ込めて、地下宮殿の魔物に護らせていたというのに、てめぇらと来たら……。おれが転送ドアを通って様子を見に行けば、てめぇらみたいなコソ泥が、王女を持っていっちまいやがって──」


 そこへ、走りこんできた影があった。


 一直線に圭藤へと斬りこんでいったのは、ポウズ・ミラーノマエだった。


 しかしその斬撃はひらりとかわされた。


 ポウズは返す刀でもう一太刀あびせる。


 が、これもまた寸前でかわされた。


「くそっ!」

 ポウズが小さく毒づく。


 圭藤は地面を蹴って退くと、


「いいか、てめぇらの持っている王女は必ずもらうからな」

 そう言い残し、風のように町のなかへと去って行った。


「こっちこそ、その王女さまをわたしてもらうからな」


「待ってくれ!」

 おれは、追いかけようとしたポウズを引き留めた。


「なんだ? ここであいつを逃したら、王女さまを取り返せなくなるぞ」


「それよりも、今の六人が心配だよ。あいつらの仲間が奪いに来てるかもしれない。こちらの王女を護り続けていれば、あいつはいつかまた現れるよ」


「そうだね、ヘラクレスたちが心配だ。とにかく馬車に戻ろう。話はそれからだ」


 ポウズは剣を鞘に納める。


 おれはそのときやっと心臓の鼓動が激しくなっているのに気づいた。

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