第7話 ショートカットで旅をするのは、いいことばかりじゃない
疲れ切ったせいか、すぐに眠ってしまった。ひと眠りして起きると、野菜を煮込んだスープをもらった。味は頼りなかったが、温かい食べ物はありがたい。
「どこでもドア」は五つあった。そのうちひとつが、魔物の地下宮殿につながっていて、残りの四つは、人の住む村や町につながっていた。
「コスモ・スクエア国の王都につながっていたら楽なんだけどな。そう都合よくはいかんな」
ヘラクレスは言ったが、じゅうぶん都合のいい展開になっている、とおれは思う。
しかし、すべての事象がおれの予想どおりに進んでいないことが不安でもあった。
たき火を囲み、ヘラクレスたちは今後のことを決めた。
「コスモ・スクエア国のアルテミス姫を運ぶため、王都ポウトタウンに行くのは確定だ。しかしそこへ行くのは、馬車でも十日ほどかかる。ところがこのドアをくぐればそれを五日まで短縮できそうだ」
ヘラクレスが結論した。
いま、おれたちのいるのは、多くの自治領から構成されている大国、聖ニュート・ラム連邦であり、コスモ・スクエア国はその西側にへばりつくように位置していた。魔物の地下宮殿につながっている以外の残り四つのドアのうち、ひとつだけがコスモ・スクエア国内の町につながっていて、そこからだと馬車で五日ぐらいで王都ポウトタウンに着けるというわけであった。ちなみにその他のドアは、聖ニュート・ラムのいくつかの自治領につながっていた。
その町、インテック町に行けば、あとはなんとかなりそうだ。ただ、馬車が欲しい。徒歩で結晶の王女を背負っていくのは、みんなで交代してもかなり大儀だ。
といっても、馬車は高価だ。ほとんど文無しのヘラクレスたちに買えるとは思えない。
おれがそれを指摘すると、皆は顔を見合わせ、
「まぁ、なんとかするさ」
ヘラクレスが代表するように言った。
まさか、また山賊まがいの強盗をするつもりだろうか、と心配になったが、本気でそんな答えを聞かされそうで、おれは口を閉じた。
☆
コスモ・スクエア国、インテック町──。
おれたちはドアを通り抜け、一足飛びにその町の入り口にたどり着いた。
人口七千。現代日本の基準では小さいが、この世界では大きい町だ。なにしろ王都ポウトタウンでも人口は十万ほどなのだ。もっとも、コスモ・スクエア国自体、大陸の大部分を占める大国、聖ニュート・ラム連邦の衛星国家という位置にあり、したがってその国家規模も小さいのだ。
といっても、初めてこの眼で見るインテック町は賑やかに映った。小説に登場する町を視覚化するとこういうものなのかと少し感心してしまった。ということは、王都ポウトタウンはどれほどの華やかさであろうかと期待してしまう。
インテック町は、小説では中盤に主人公が訪れる場所だった。いまのおれたちのように西クジョー山脈から一気に来たわけではなく、方々巡る地道な旅を続けた末にたどり着く。そのときには、すでにポウズやアマゾネスと出会っており、あちこちでギルドから紹介されたクエストをクリアして賞金を獲得していた。
おれは小説よりもはるかに短時間で中盤にさしかかってきていることになる。かなりの省エネであるといえるが、半面、主人公とは違ってなんの経験も積んでいない。その点ではいまのおれはかなり見劣りする。
たったひとつの武器である釘バットも、ミニィの魔法で強化してもらったとはいえ、効力は一時的なもので、いまは元のただの釘バットに戻ってしまっていた。これがどこまでおれの役に立ってくれるものなのか、小説にはない設定ゆえ、まったく見えてこない。
「おい、みゃーん、ぶつぶつ独り言をつぶやいてないで、道案内を頼むぞ」
ヘラクレスがおれを振り返った。
「あ、はい……」
そうだった。この町に不案内なヘラクレスたちに、おれは道案内を買って出たのだ。
小説の資料として、おれはインテックス町の地図を作製していた。大雑把な地図ではあったが、主だった施設は決めていた。
市場、学校、礼拝堂、役場、そしてギルドである。それが頭に入っていた。
おれたちは冒険者ギルドに向かっていた。
王女アルテミス姫を救出したとギルドに申し出れば、王都ポウトタウンまでの移動になんらかの援助をしてもらえるだろう、という考えだった。王女が行方不明だというのは、この国の国民になら知れわたっているだろうし、当然のことながらクエストにもあがっているだろうから、ギルドも協力してくれるだろうという見込みだ。おれの書いた小説にはない展開とはいえ、設定した部分は使えるわけだから、その知識だけはせいぜい利用する。
人通りのある町のメインストリートを歩いていくと、ギルドに到着した。それほど大きな建物でもない役場の建物のなかに、一部を借りて入っていた。係のハゲた男が一人、暇そうに新聞を読んでいた。新聞といっても、毎日発行されるようなものはこの世界には存在しない。週に一度配られてくるギルド業界紙だ。
「ご免なすって」
ヘラクレスが声をかけた。
係の男はその声に驚いてこちらを向く。ギルド協会の命令でここに詰めているものの、滅多に仕事が入ってこないのだろう。
「はいはい、なんでございましょう」
新聞を置くと笑顔を見せて返事をした。
「行方不明の王女アルテミスさまを見つけた」
「ああ、あの仕事ですか。王宮より直々に報奨金が出されている案件ですね。それではこの用紙に記入いただき──」
「もう見つけたと言ってるんだ」
「えっ?」
てっきりこれから王女捜索に向かうものと思い込んでいた男は、驚いて訊き返した。
「見つたって……王都の捜索隊でもいまだ見つけられないのに、どうやって?」
「どうもこうも、こういうことだ」
ヘラクレスがあごをしゃくると、おれは背中を向けて、背負っている結晶体を見せた。
「おや、これは……!」
係の男は絶句した。
「王都まで運びたい。馬車を都合してくれぬか?」
「わかりました! 直ちに馬車を用意しましょう」
「よろしく頼むよ」
どうにか足は確保できるようだ。
おれたちはひとまずほっとした。
が、まさかここから先、ポウトタウンに行くのが困難なことになろうとは、そのときまったく想像していなかった。
☆
インテック町のギルドで受け付け印をもらい、その証文を携えて、用意してもらった幌付き馬車で出発した。馬車はギルド所有のものなので、王都に到着後返却する。
路銀も貸してもらえたので(王都に無事到着すれば、王宮から報奨金がもらえるので、これもギルドに返すことになる)、市場で食料と飲料水を買った。途中の町を経由しながらの旅になるので、野宿をすることはないが、念のため。
夕方には隣町に到着し、その日は宿に泊まれるだろう。
(やれやれ、やっとまともな寝床で眠れる)
この世界に来て野宿ばかりだ。ここから先は街道筋であり、危険なモンスターが出没する地域ではない。
スムーズに王都までたどり着き、王女が復活すれば、一応、ストーリーとしては一段落つく。となると、そこでおれはどうなるだろう? ハッピーエンドを迎えたわけだし、これで元の世界に戻れる? 可能性はあるかもしれないが、根拠はなかった。自力でどうにかなりそうにない限り、この世界でいい結果を求め続けるしかない。とにかく、そう思った。
町の中心部から離れ、人家もまばらになり、周囲は耕作地から荒れ野になりはじめた。しばらくはそんな風景が続く。
馬のヒヅメもパコバコと、なんだか眠くなってきた。
街道とはいえ、人通りが徐々に少なくなってきた。が、山賊に出会うことはないと思える。コスモ・スクエア国にも警備隊はいる。警備隊を恐れて山賊も出没しにくいのだ。
だから油断してしまっていた。少なくともおれは。
「つけられているな……」
だからポウズがそんなことを言ったとき、おれはまだ寝ぼけていた。
「そうね……」
アマゾネスも気づいているようだった。
「なにが?」
ミニィはまだその気配がわからないようだった。
「ボクたちが出発したときからずっとだよ。一定距離を保ったまま姿を現すことなくついてきている。十中八九、ボクたちを狙っている」
「穏やかじゃないわね」
ミニィもそっと後方に視線を送った。馬車のなかに緊張が走った。
「いまのところ、気配はひとつだけだから、もし襲ってくるとなれば、集団で来るだろうし、しばらくは安全とみていいってことかしら」
アマゾネスの意見に、ポウズはひとつうなずいて、
「集団……ってことは、ただの強盗だと思うか?」
「狙いは、間違いなく、あのお姫さまでしょ? ならば、成果を横取りしようとする強盗だと思うけど」
「まぁ、それが妥当だと思うけど……あとはどのタイミングで襲ってくるかな?」
物騒な会話が続いていて、さすがに不安になる。
「あの……だいじょうぶだよな?」
おれのセリフは間抜けだったかもしれない。魔物に対して命の危険があったにもかかわらず助かったというのが頭にあって、たぶん、どんなピンチでも切り抜けられるだろうという気がしていた。この異世界を自分が生み出したという意識があるせいで、どうしても「やっぱりなんとかなるんじゃないか?」と思ってしまう。
「こちらから追跡者を牽制してもいいんじゃねぇか」
会話が聞こえていたようで、ヘラクレスが言った。
「よし、それなら……」
ポウズはやおら剣を抜き、後方に向けてかまえる。魔力を絞って打ちだした。威嚇射撃のようなものだ。
が、それと同時に衝撃が馬車を襲った。
大きく揺れる馬車に、馬が驚いて駆けだそうとする。それをなだめようとヘラクレスは懸命にたずなを操るが、恐怖にかられた馬のスピードを落とせない。
暴走した馬はカーブを曲がり切れず、街道を外れてしまった。途端に馬車の車輪がでこぼこの大地を噛み、速度があったこともあって大きく揺れる。バランスが崩れて横倒しになってしまった。
幌が壊れて全員が馬車の外へ放り出された。整地されていない荒れ野には小石が散乱しており、体を打ちつけた。
馬も馬車とともに転倒した。
(なにが起きたんだ?)
おれは痛みに顔をしかめながら起き上がった。眠気はいっぺんに吹き飛んでいた。
「ちくしょうめ……」
すでに立ち上がっていたヘラクレスが、街道のほうを睨んでいた。
そこに目を向けると、いつからそこにいたのか、黒ずくめの女がひとり、街道からこちらを涼しい顔で見ていた。
「何者だ?」
ヘラクレスは詰問する。
女は答えない。その代わり、
「命が惜しかったら、王女さまを置いて、立ち去りなさい」
口調は穏やかだが、有無を言わさない意思を感じさせた。己の強さからくる自信がみなぎっているのがわかった。
おれはこの女を知っていた。
ヴァルキリ・マンキラー、二十八歳。職業は殺し屋だ。
この小説に登場する、もっとも危険な女だ。聖剣クリスタルソードを手に入れるのに、主人公と幾度となく対決する。激しい戦いの末にクリスタルソードは手に入れられるのだが、そのときいまはまだ出会っていない仲間の一人が死亡してしまう。それぐらい強いのだ。
それがこんな序盤に登場するとは……。
「そうはいかない」
ポウズは王女の結晶をわたすまいと、背中に隠した。
「わたしたちが苦労して見つけたのよ。報奨金はわたしたちがもらうわ」
ミニィが啖呵をきった。とくに言うほど苦労はしていないがな、とおれは思うが黙っている。
「そう……。なら、力ずくでも王女さまをいただくわ」
「油断しないでよ。あいつ、かなりの手練れよ」
アマゾネスが身がまえる。人数的にはこちらが有利だが、馬車を吹き飛ばした魔法力は侮れない。強力な悪役として設定してしまっているので、昨日の魔物のようにはいかないだろう。
「みんな、あいつはヴァルキリ・マンキラーといって、魔法使いだ。あいつの得意魔法は──」
おれがその特徴と弱点を言おうとしたとき、突然体が弾き飛ばされた。それはまるで、見えない巨人の手で振り払われたかのようだった。
数十メートルほど離れたところにあった沼にまで、おれの体は到達した。激しい水飛沫をあげて、おれは沼に沈んだ。
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