第6話 ピンチのときに現れるのは、いつもきまって正義の味方
魔物が現れてしまった……。
体長はざっと見た感じで三メートルはあるだろうか。顔は肉食獣のように鼻先がとがり、びっしり生えた鋭い歯は人間の胴体など簡単に噛みちぎってしまえそうだった。
眼に瞳はなく、全体に紅く邪悪に光っていた。
全身は体毛の代わりに鱗で覆われ、太い四肢は底知れないパワーを発揮しそうである。
そんないかつい外見からでも、見る者を威嚇した。
詰んだ……。
おれはあきらめた。戦って勝てる見込みは万に一つもない。絶対にない。
魔物はただのモンスターとは違う。魔法力も有しているのだ。それを武器に戦うこともできる。
そんな相手に勝つには、聖剣クリスタルソードが必要だ。聖剣クリスタルソードがあれば、そして、それを使いこなせる技量があれば、立ち向かうこともできる。逆にいえば、それがなければにっちもさっちもいかない。
ミニィがモンスター除けの護符を取り出す。指にはさんだ護符に呪文を唱えて、効力を発動。
(しかし、魔物に効くのか?)
おれの不安は最高潮である。
グルル……と口角をあげてうなり声をあげる魔物は、おれたちを時間をかけていたぶろうとするかのようにじりじりと近づいてくる。よしんば護符の効力により、襲いかかってこなかったとしても、魔法の効き目には時間制限がある。タイムアップを迎えると同時に、おれたちの命はなくなってしまうだろう。あるいは、魔物の魔力でもって護符を無力化できるかもしれない。
「さぁ、みゃーん。いまのうちに魔物に突撃しなさいよ。あんたが食われている間に、わたしは逃げてみせるから。それ、行け!」
「せめて『戦っている間』って言ってくれよ。それならヒーローって感じがするのにな」
ミニィは気休めは言わない。冗談で言っているわけではなく、本当におれが食われている間に退路を開く気だろう。おれが戦って時間稼ぎできるとは思っておらず、確かにそれしか生き残る道はないのかもしれないが、あからさますぎて文句を言う気も失せた。
釘バットを持つ手が震える。このままなぶり殺されるのを待つより、窮鼠猫を嚙むの諺しかり、一発逆転を狙って攻撃をしかけるしかない、か。
おれの設定した情報として、ラスボス魔物の弱点は尻尾の付け根なのだが、そんな場所をピンポイントで攻撃する余裕はまったくない。一か八かで尻尾の付け根に駆けよって釘バットで一撃を加えるか──。どうせ死ぬなら破れかぶれの突撃を敢行すべし。護符によって、魔物の動きが封じられているのなら、あるいは勝算があるかもしれない。護符の効果がまったくなかったとしたら、瞬殺の憂き目に遭うだろうが……。ともかく、ここは博打に打って出るしかない。
心のなかで念仏を唱え、覚悟を決めて走り出そうとしたときであった。左手側の離れたところから細い光が差し込み、魔物の目を照らした。暗がりに支配されたその空間にあって、その光はあまりに眩しかった。
魔物は光を嫌い、逃れようと退く。
おれは、これこそ天の助け! と思い、光の筋が発せられた源を振り向く。
「おーい、無事かぁ!」
聞き覚えのある声がした。
「ヘラクレス!」
ミニィが叫び、そこへ走り出す。おれを置いて。
背中に王女を背負って、おれもあわてて走り出した。
五十メートルほど走ったろうか。そこには、どういうわけか、ヘラクレス、ポウズ、アマゾネスの三人がそろっていた。
光の条は、ポウズの剣から発せられていた。そういえば、ポウズの剣は普通の剣ではなく、とある名工により作られた、魔力を持つ剣だった。それを手に入れた過程はまた別の機会に話すとして、いまは魔物とどう戦うか、である。
「どうやってここへ来たの? 谷底に落ちて死んだかと思ってたわ」
無事に再会したのにその言いようはないだろう、ミニィ。
「説明はあと。早く脱出しましょう」
アマゾネスが早口で言った。
「魔物と戦うんじゃないのか?」
おれは心強い援軍が来たと思い込んでいた。ピンチの場面にさっそうと現れた正義の味方。
「おれは戦ってみたいがな。ここは我慢して退却しろと、アマゾネスは言うんだよ」
「ヘラクレスは『強いやつと戦いたい病』だけど、あたいは殺されるのはご免だからね」
「とにかく脱出しよう。いつまでも目くらましは通じないぞ」
ポウズは光を放つ剣をかまえているが、それで戦えるかといえば、そうではないようだった。
「わかったわ」
ミニィがうなずいた。
「その穴に入るんだ!」
きびすを返したヘラクレスが壁にあいている穴に飛び込むと、その体がなんの予兆もなくいきなり消失した。
(なにっ?)
おれは目をしばたたいた。
そのあとにアマゾネスが穴のなかで消え、ミニィもためらうことなく続いた。
「なにをしているのさ、みゃーんも早く!」
剣をかまえているポウズがしんがりを務めるつもりだ。
「ああ……わかった」
ついに魔物がこちらに向かってきた。ポウズの剣が放つ光など、無視して。やはりそれほどダメージを与えられてはいないようだ。
おれは動かない王女とともに穴に入った。
その次の瞬間、周囲の景色が一変していた。
☆
(どこなんだ、ここは?)
戸惑うおれは、後から来たポウズに突き飛ばされて、転倒する。危うく背負っていた王女を落としてしまうところだった。
「全員脱出したか?」
ヘラクレスが確認する。
「よし、じゃあ、行くか」
「ちょっと説明してくれ」
「なんだ?」
なんでもないかのような態度で次に進もうとするヘラクレスに、おれは説明を求めた。
「ミニィも、これをなんとも思わないのか?」
「助かったんだから、いいじゃん」
「いや、それはそうだが……」
おれを犠牲にして助かろうとしていたことなど、なんとも思っていないようなミニィだった。ある意味ここまで冷酷な人間を、おれは見たことがない。まるでおれなんか、そこらの虫ケラを見るような扱いだが、信頼するに足る人間だと思われていないのがわかっているから怒りも湧かない。もし魔物と戦って勝ったなら、ミニィはおれを認めてくれるだろうが、現実にはそうはならず、将来、そんな瞬間が訪れるような気もしないのが哀しかった。
「なんでこんなことになったんだ?」
「面倒くさいやつだな。説明よりお礼が先だろ」
剣を鞘に納め、ポウズが言った。
「いや、感謝はしているよ。ありがとう。魔物から助けてもらって。でも、これはいったいどういうことなんだ?」
おれの書いた小説では、聖剣クリスタルソードによって結晶体から王女を解放したあと、王女の聖なる力によって地下宮殿からの脱出口が開かれるのだ。こんなワープトンネルみたく裏技のような方法で脱出できる設定はない。
いま、周囲は明るく、すでに朝になっていた。
ここはクジョードラゴンに襲われて転落した谷底……だったが、上を見上げると、それほどの高さはないようだった。どうやらそれで三人とも事なきを得たのだろう。谷底には小川があるだけで──もっとも、雨で増水していれば助からなかったかもしれないが──あっ、雨は降らないのだったか……。
それはともかく、それよりも、周囲にあるものが異様であった。何枚もの扉が囲むように立っていて、それは、そう、「どこでもドア」にそっくりだった。それぞれのドアの向こうにつながっている場所が異なっており、うちひとつが、さきほどいた魔物の地下宮殿に通じていたのだと、落ち着いて考えれば推測できた。が、問題は、なんでこんなものがここにあるのか、である。
「さぁ、おれには説明できん」
ヘラクレスはあっさり降参した。
「扉の上に、どこにつながっているか、書いてあるでしょ」
ポウズが扉の上にある小さな文字を指示した。
おれには読めない字が……突然日本語に変貌した。どうやらなんらかの補正がかかるようである。「魔物の地下宮殿」と読めた。
別の扉の上を見ると、同様に、あちこちの場所が記されていた。
「どうやら高位の魔法使いがここにこれを設置したようだね。ボクたちみたいにドラゴンに襲われて、ドラゴンには勝てないが、脱出するためのゲートを設けることはできた。自分のあとにドラゴンの襲撃で崖から落ちた人のために、こんなものを用意したのかもね」
ポウズはそう推測した。
「そうなのかな……」
「で、ボクたちが開いた扉の先で、きみたち二人が魔物に詰め寄られているところに遭遇したってわけなのさ」
「それよりさぁ。それはなんなの?」
アマゾネスが、おれの背中にある結晶体を指さす。
おれは答えた。
「ああ、これは、コスモ・スクエア国の王女さまだよ」
「なにぃ?」
ヘラクレスが反応した。
「コスモ・スクエア国の王女……アルテミスさまか!」
「知っているの?」
「行方不明になっている、と聞いたことがある。とすれば、おれたちはとんでもない発見をしたことになる! きっとコスモ・スクエア国に持っていけば、報奨金をくれるんじゃないか?」
おお……と全員、感嘆の声がもれる。
「しかし……生きているの?」
アマゾネスが結晶体に閉じ込められてぴくりとも動かない王女を見て、当然の疑問を呈する。氷づけのように見えて、これでは確かに生きているのかどうかわからない。
ヘラクレスもあごに手をあて、まじまじと見つめる。
「ううむ……。こいつは魔法によって閉じ込められているようだな。とすなると、魔法でこの戒めを解くしかないだろうな」
と、ミニィを見るが、
「わたしには無理」
にべもなく言いきった。聖剣クリスタルソードをもってすれば可能なわけだから、そうとう強力な魔力が必要なのだろう。
「しかたないな。この状態のまま持っていくか。コスモ・スクエア国の王都に行けば、高位の魔法使いもいるだろうし」
「あるいはその道中に、魔法使いと出会うかもしれないね」
ポウズが言を継いだ。
「そうとなればすぐに出発だ。こんなところにはおれない」
ヘラクレスは意気揚々としているが、
「それはわかるけど、ちょっと待てよ」
おれはもうへとへとなのだ。一晩じゅう緊張状態におかれ、やっと心身ともにリラックスできるというのに、これから旅に出るというのはハードだった。
「どうした?」
「腹も減ったし、眠れてないんだ。ちょっとの間だけでも休もうよ」
「そうね。西クジョーのモンスターは夜しか活動しないんだし、休んでもいいんじゃない?」
ミニィも同意してくれた。さっそく背負っているリュックから毛布を取り出そうとしている。
「しょうがないやつらだな……」
体力のありあまっているヘラクレスは不満げだったが、
「では食事にするか。幸い、食料は背負ってたから失くさないですんだからな。火をおこして、スープを作るとしよう」
「賛成!」
ポウズが背負っていたリュックを下ろした。どうやら、ヘラクレス以外は休みたいらしかった。
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