第4話 西クジョーでモンスターと戦うんだぜ

 アメ村に入って西クジョー山脈を超える装備を整えて、宿に落ち着くおれとミニィ。

 ところが、酒場に行ったはずの他の三人が急いで戻ってきた。聞けば、パトロールでアメ村に立ち寄った自治領警備隊が、おれたちを探しているという。山賊に襲われた被害者がアメ村の人間だったのだ。

 せっかく宿で一晩休めると思ったのに、このまま逃げるように出発することに。なんてこったい。



   ☆



「どうしたのさ、みゃーん? 顔色が青いぜ」

 ポウズがおれの顔をのぞきこんでいた。


「お尋ね者になって、ビビッてんのよ」

 アマゾネスが、心配ない、というふうに笑ってみせた。

「だいじょうぶさ。自治領警備隊の管轄地域は当該自治領内に限られるの。この西クジョー山脈を越えたさらに西側は違う自治領となるから、我々はもう犯罪者でもなんでもない。それに、あの警備隊だって、すぐにあたしたちのことなんかどうでもよくなるわ。真剣に仕事をするのは、被害を訴えにきたそのときだけさ。だいたい、小物の犯罪にいちいちつきあってられない。一種のパフォーマンスさね」


「うん、そうだね……」


「みゃーんは、ただの乗り物酔いじゃないの? 馬車なんかに乗ったことないんじゃない?」

 ミニィがそう指摘した。確かに馬車に乗ったことはなかったし、この街道も舗装されているわけでなく、乗り心地はすこぶるよくない。振動は激しいし、よく揺れもする。油断したら馬車から振り落とされてしまいそうだ。


 が、おれが懸念しているのはそのどちらでもない。


 ラストシーンといってもそのときを迎えれば時間がそこで終了するわけでも世界が消滅するわけではなかろう。ラストシーン後も人生は続く……続くのか?


 おれはさらにぞっとする考えに思い至った。


 小説と同様に完結してしまったら、その後この世界はどうなってしまうのか?──ということだった。


 完結後も世界は存在するのか?


 それは、いまわからない。確かめる術さえない。


 ヘラクレスたちにしても、おれと出会う前の時間が存在していたのかどうかも怪しい。本人は、それまでの自分たちの人生があったと疑っていないだろうが、この世界は、実は昨日から始まったばかりで、それまでは「なかった」のかもしれない。なにせ、おれが考えた世界なのだから。そうとも知らず、彼らはここが有史以前から存在する世界だと思っているのだろう。


 おれが創造主だ、というおれの発言も、なにか特殊な能力はありそうだ、というぐらいで彼らは本気にしていないだろう。


 たとえば現実世界で、どこから来たのか不明な、自称創造主だという人間に「この世界は昨日から存在したばかりで……」と聞かされても、なにを言ってるんだ、こいつ? という反応しかしないだろう。それと同じだ。


 始まりが、仮にそうだとしたなら、終わりも唐突のような気がした。原稿の最後の文章に達し、それで……おれは、元の現実世界に戻るのか? 無事にハッピーエンドを迎えたとき、おれは元の世界の肉体に戻っているのか?


 もしそうなら、なんとしてでもハッピーエンドにならなければならない。


 だがラストがどんなものか思い出せない。いや、前提として、すでにもういまの時点で小説の筋書きとは違ってしまっている。そんな調子で、書いたラストに至ることが可能なのか?


 とにかく、現在のところは、確定事項がぜんぜんない状況だ。なんにも、わかっていない。


「なに一人でぶつぶつ言ってるんだ?」

 ポウズが不思議そうな顔で言って、おれははっと我に返った。


「こいつ、宿でもそうだったのよ。気持ち悪いでしょ?」

 おれがなにか言う前に、ミニィが追い打ちをかけた。


 おれが言い訳をしようとしたら、


「日が暮れてきたな……」

 ヘラクレスが天を仰いでいた。


 日が傾きかけていた。気温も下がってきている。


「今夜は宿で暖かいベッドで眠れるかと思ったのに、残念だわ」


「アマゾネスの場合、眠っちゃいないんじゃないか」

 ヘラクレスが後ろを振り返り、ニヤリを笑う。


「そうねぇ……。まだみゃーんの味見もしてないしね……」

 アマゾネスがおれをまっすぐに見つめてくる。


「ボクもヘラクレスも、たまにアマゾネスの相手をさせられるんだけど、みゃーんは、どんなプレイが好みなのかな……?」

 ポウズのセリフは衝撃的だった。


「おまえら、そんな関係だったのか」


 作者のおれでも知らなかった。三人がSMプレイをやっているのを想像するのが難しかった。ここから先は18禁じゃないのか。


「わたしはそこの変態とは違うからね!」

 誤解をされまいとミニィは必死に主張した。いや、おまえはそういうキャラじゃないだろう。この世界にそんな法律はないだろうけれど、そこは現代日本男子のまともな感覚として、容認してはならないし、ヘラクレスたちもわかっているだろう。


「山岳地帯には人間がいない代わりにモンスターが多い。夜になるとそいつらの活動が活発になる。とくにここ、西クジョー山脈は、他には見ない独特のモンスターが出没するというからな」


 ヘラクレスがおれに説明してくれている。もちろん、おれは知っている。おれが設定したのだから。


「一応、モンスター除けの護符は買ってはいるが、それにどこまでの効力があるものなのか……」


「おカネがなくて、あんまり高い護符は買えなかったんだ」

 ポウズが補足した。


 西クジョー山脈に出没するモンスターに、スライムやゴブリンのような雑魚はいない。ドラゴン級のモンスターが出てくるのだ。おれが釘バットで戦っても、勝てやしないだろう。


 小説では、この山脈の途中でモンスターに囲まれたとき、ヘラクレスが助けてくれたのだ。だからここは乗り切れるだろうと、おれは思っている。ヘラクレスは強いのだ。八面六臂の戦いぶりで突破する。そういう展開になるはずだ。


 ところが、おれの予想どおりにはならなかった。




   ☆




 ウオオオオォン


 なんとも表現のしようのない遠吠えのような咆哮がかすかに耳に届いたのがわかった。


「いまのは……?」

 おれは訊いた。


「いきなりクジョードラゴンのお出ましかよ……」

 そう答えたのはポウズだ。


 西クジョー山脈だけに生息するドラゴン。初めて聞くその声は、山にこだましたものだが、じゅうぶんに他者を威圧するような響きをともなっていた。


「なにもボクたちを襲うことはないのにね……」

 ポウズのつぶやきに、おれは思わず首肯する。まったくもって、そのとおりだ。かまわずに街道を通らせてもらうわけにはいかないものなのか。


「モンスターは勝手に縄張りを決めて、そこへ入ってくる者は誰だろうと容赦しないからね。たまたま縄張り内に道があったら最悪ってわけさ」


 アマゾネスが卑猥な笑みを引っ込めて、真剣な表情を見せている。 


 クジョードラゴンか……。どこかに弱点があればいいのだが、そんな便利なものは設定していなかった。おれが釘バットでどうにかできる見込みはない。こんなことになるんだったら弱点を設定しておくんだった……。


「とにかく、このまま進んでなにもなければよし、あったら……」

 ポウズが微妙に間をあけた。

「あったら、運が悪かったと逃げるか……」


 おれは唾を飲み込んだ。


「往生際悪く戦うしかないだろうな」


 あ、やっぱりそうですか。


 そこへ、ヘラクレスが叫んだ。


「現れたぞ、オーグルだ!」


 オーグル。肉食で、特に人間の肉が大好物だという鬼である。こいつも、この小説に限らず、よく登場するモンスターだ。


「何匹もくるぞ」


 たずなを左手に持ち、右手で剣をぬいたヘラクレス。


 ミニィが、護符の魔法を強化しようと呪文を唱え始めた。


 ミニィの防御魔法は、護符に魔法をかけることによって魔物が近づけなくようにできるのだ。だたしそれには時間制限がある。ある程度の時間がたてば、護符に書かれた文字は消滅して魔法の効力を失ってしまうのだ。そういった消耗品であるため、むやみやたらと使えない。 したがって、その時間を計算しつつ護符を使わなければならないのだ。


 二つの月のうち、白いほうが先に空に昇ってきていて、その光に照らされた、短い灰色の体毛に覆われた類人猿のようなシルエットのオーグルたちは、手に手に不格好な木の棍棒を持ち、己の強さを確信しているかのように、真正面から突撃してきた。集団で狩をするライオンでも、獲物に気づかれないよう工夫して襲ってくるのに、こいつらはこちらの強さがどの程度なのかも考えなしにまともに堂々と襲撃してくる。知能のなさは救いようがない。その結果、魔法の護符に次々と跳ね飛ばされてしまう。


「ミニィ、あまり護符をムダ使いするな。もっと強力なモンスターの襲撃に備えてとっておけ。あとはおれたちに任せろ」

 ヘラクレスに賛同するかのように、ポウズ、アマゾネスも臨戦態勢。ポウズは剣を抜き、アマゾネスはムチをかまえた。


 護符の効果には、値段によって差がある。安ければ持続時間が短いときた。


 アメ村で買った護符はどれも安物ばかりで、持続時間がそれほどない。しばらくは護符によってオーグルを食い止められたが、それも長くは続かなかった。


 魔法によって跳ね飛ばされてだけで、オーグルは傷ひとつ負ってはいない。あきらめ悪く、何度も襲ってきた。


 人間の肉というご馳走を前に、簡単にはあきらめない。


 そのうち、魔法の護符の効力も切れてしまう。


 一匹のオーグルがヘラクレスに肉薄してきた。


「おれの肉を食えるもんなら、食ってみやがれ!」


 ヘラクレスは、飛びかかってきた一匹のオーグルに剣を叩きつけた。両刃の剣は「斬る」というより、力で叩きつぶすかのようであった。


 ヘラクレスが、飛びかかってきたオーグルを一刀のもとに斃すと、まるでそれを合図にしたかのように、乱戦が始まった。護符の効果はどうやらここまでのようだ。


 ポウズは幌の前に出てヘラクレスの横で剣をふるう。

「美しいボクの顔に傷でもついたらどうする!」


「後ろから来るなんてゾクゾクするわ!」

 アマゾネスも馬車の後ろ側に立ってムチで応戦した。髪を振り乱して、次々と飛びかかってくるオーグルどもをなぎ倒していく。


 剣やムチで傷ついても、オーグルたちはひるまない。まるで痛みを感じないかのように、起き上がっては立ち向かってくる。切り裂かれて動けなくなるまで攻撃をやめないのだ。


 その狂気じみた行為に、おれは馬車のなかで身を固くして震えているしかない。


「みゃーんも少しは戦いなさいよ! 役立たずのでくの坊! キンタマついてないの?」

 ミニィがおれを叱咤している。そのミニィは、今度は魔法でヘラクレスたちの体力低下を抑えていた。

「その武器はなんのためにあるのよ!」


 おれは釘バットを見た。


 そうだ、おれはせっかく買ってもらった武器を使わずに……なにをやってるんだ。


 おれはこの世界の創造主なんだろ。だったら、オーグルごとき……。


「くそぉ!」


 勇気を振り絞り、馬車の後方から近づくオーグルに向かって釘バットを力いっぱい振った。オーグルが持つこん棒を砕き、その勢いで頭部に釘バットが叩きこまれる。ぐしゃ、という感覚が手に伝わるのもかまわず振り切ると、オーグルは血飛沫をあげながら吹っ飛んでいった。


 うわぁ……。


 おれは引いた。殴った感覚が生々しい。想像していたのと本当に戦うのでは、こうも違うものなのかと思い知った。


 が、茫然としている場合ではない。オーグルは次々と襲いかかってくる。


 おれは必死に釘バットをふるった。釘バットにオーグルの皮膚や肉片らしきものがこびりつき、返り血が服や顔にまで飛び散った。


 ああ、おれはなんて世界を創造しちまったんだろう。


 戦いながら、おれはそんなことを考えていた。


「ハハハ! ハハハハハ!」

 すぐ横ではアマゾネスが、頭のネジが数本とんでしまっているような高笑いをあげながら、近づくオーグルどもをムチで豪快にシバきたおしている。危険な目つきになっていた。


 おれは相容れない感じを抱いた。


「まずい、クジョードラゴンだ!」

 そこへ、ヘラクレスのだみ声が耳に届いた。同時に、大きな影が上空にあがってきていた二つの月を隠した。


 見上げると、巨大な翼が大きく広がっている。


 クジョードラゴン。小説で想像していたより、大きく威圧感がある。


 ウオオオオォン


 耳に響く鳴き声に、オーグルどもは一匹残らずおののいて、逃げ出してしまった。


「ミニィ! また魔除けを頼む!」

 ヘラクレスが叫んでいる。


「わかったわ」

 ミニィは残っていた数枚の護符を取り出すと、呪文を唱え始めた。


 クジョードラゴンには効く……はずだ。おれが書いた小説では、護符のおかけでドラゴンに襲われない。いかな強いヘラクレスでも、オーグルはともかくドラゴンとは戦えない。


 しかし、小説どおりにいかないというのが、もうおれにはわかっている。想定していないハプニングが襲ってくるのではないかと、嫌な予感がしてしまう。


 山の斜面に沿って造られた道路は幅が狭く、転落したら谷底まで滑り落ちてしまうだろう。でもって、こういう場所では、だいたいが転落してしまうんだよな。


 唐突に馬車が揺れた。


 なにが起きたのかと思っていると、馬車が浮き上がった。


「しまった! もう一匹いたぞ!」


 ヘラクレスのその声が聞こえたと同時に、馬車から振り落とされたおれの目に、馬車を蹴飛ばした犯人が映った。


 崖の下から跳びあがってきてたもう一匹のクジョードラゴンが。


 あれは、つがいなのかな……?


 そんな設定をしていたような……と思いながら、おれは崖を転がり落ちている。視界がぐるぐると目まぐるしく回転して、ああ、おれはここで死ぬのか、死んだから元のおれの部屋にいるといいな、などとノンキなことをぼんやりと思っていた。


 ああ……やっぱりこうなったか。

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