第3話 宿に落ち着く暇もなく
現実世界でおれは死んでいるのかどうかわからず、とりあえずこの小説世界で、仲間となった四人とともに、翌朝、馬車で向かったのは近くのアメ村。
そこの武器屋で、おれは釘バットを購入してもらう。こんな設定、書いてないのだがなぁ……。
☆
店を出ると、いったん宿に入った。
アメ村は小さな集落だが、わざわざここへ来たのは理由があった。
ここからさらに大きな町に行くのに西にある険しい山、西クジョー山脈を越えなければならず、それには日数もかかり、食料他、それなりの装備を整える必要があったのだ。しかし路銀も頼りなく、しばし森で山賊まがいのことを、やむをえず、あくまでやむをえず(ヘラクレス談)やらざるをえなかったというわけだった。
小さな村でそららの物資を不足なくそろえるのは難しいが、できるだけ買い集めた。食料の他、暖をとるための燃料や防寒用装備、そして対山岳モンスター除けの護符など。残ったカネは山分けして、それぞれが欲しい物を買うこととなった。
各自、銅貨四枚。もちろん、おれに分け前などない。釘バットを買ってもらったのだから、それ以上は望めない。たとえ世界の創造主であっても、だ。
「たったこれっぽちか……。これじゃ酔っぱらうこともできやしないわね」
アマゾネスが手のひらに乗る四枚の硬貨をしょぼくれた目で見る。日本円でいえば二千円ほどなわけだから、それもうなずける。酒場で飲めば、安い酒を注文しても一瞬でなくなってしまうだろう。
「じゃあ、どこかで強盗でもするかい?」
ポウズが皮肉っぽく言った。
「それもいいかもね」
「本気かよ」
おれは面食らう。こいつらをそこまで「根っからの悪人」として設定していない。たまに悪事も働く、せいぜい小悪党どまりだ。
「冗談よ。なにビビってんのさ。──ヘラクレス、あんたもいっしょに飲みに行こうよ。腹も減ったし」
「そうだな。三人で銅貨十二枚なら、少しはマシだろう。じゃあ、行くか」
まだ太陽も真上に出ている、昼の日なかである。しかしそんなことなど気にしない。ちなみに太陽は、月と違って一つきりだ。さんさんと輝く。季節はいつなのだろうか、寒くもなく暑くもない。というか、季節なんか、きっちり設定していない。
三人が酒場へと去っていくと、おれとミニィが置いていかれた。
「えーと……」
創造主だというのに、粗末な扱い。
「ミニィはどうするの?」
「こんなんじゃ、髪飾りなんか買えないわ。お菓子でも買うわ」
「まぁ、そうだろうな」
「あんたには飴玉ひとつやらないわよ」
銅貨を握りしめるミニィ。
「子供から恵んでもらおうなんて思ってないよ」
先に宿の部屋に入って、休むことにした。ぼっちのおれには、他になにもやることがない。
宿では二部屋確保した。おれは、ヘラクレスとポウズと同室。あとひとつはミニィとアマゾネスだ。
二階の隅の部屋。釘バットを持って、おれは部屋のソファに腰を落ち着ける。
ベッドは二つ。おれはこのソファで眠らされるのだろう。部屋は狭く、とてもあと一台ベッドを入れる余裕はない。
調度品はほかになく、実に質素である。文明の利器などないこの世界にあって、なにもないのが普通なのである。
さて、おれはこれからどう行動すべきか──。
おれの書いた小説では、主人公は数々の冒険を強いられる。ここはそういう世界だ。もちろん、おれは主人公ではない。主人公ではないが、それに近いポジションにいる、と考えられる。生死をかけた戦いで命を危険にさらしたくはない。死ねば冗談ではすまない可能性を思えば、なおさら慎重に行動しなければならないだろう。
となれば「冒険をしない」というのもひとつだ。
たとえば、このアメ村で農民として暮らし、日々平和な毎日を送っていけば、当然旅人なんかよりも安全に生きられるだろう。
しかし……。
人はいつか必ず死ぬ。こんななにもない退屈きわまりない小さな村に一生閉じこもって生きていくのが最善といえるのか……。
「いやいやいや、そうではあるまい」
もちろん、現代世界でブラック企業に勤めて激務に命をすり減らしていくのが正解かといえば、そうではない。それを脱却したくてこんな小説を書いたわけのだし……。
「おれは、結局、なにをやりたいんだ?」
どういう生活を望んでいるというのだ?
そういえば、なにか具体的なイメージというのをもって生きてきたわけでないことが、図らずもわかってしまった。将来、どんな歳のとりかたをしたいとか、どんな生活をしたいのかとか、そんなことは思い描いていなかった。
「だが、人生ってそんなもんだよな」
普通に生きていて、そういうことを考えるものなのか?
「なにを一人でぶつぶつ言ってるの、気持ち悪い」
「うわっ」
いつの間にか、ミニィ・ポイズンケースがドアを開けて部屋をのぞいていた。
「顔が気持ち悪いのに、それ以上、気持ち悪いなんて、やめてほしいわ」
棒つきグルグルキャンディを手にしたミニィの眼差しは、まるで毛虫でも見るみたいに細く、嫌悪感がにじみ出ていた。
「な、な、なに、勝手に入ってきてるんだよ」
「声がするから、誰と話しているのかと思っただけよ。誰もいないのに、さっきからぶつぶつ言って、ソファから立ち上がったり座ったり。行動が不審者」
「いいい、いつから見てたんだよ」
「ついさっきからよ。どうしたの、空想のお友だちはどこかに行ってしまったのかしら」
「うっせーな……。ミニィこそなんだよ、そんなマンガに出てきそうな大きなキャンディーなんか買って、子供っぽい」
「田舎の村だから、こんなもんしか売ってなかったのよ。最高級のマカロンとか、食べてみたいわ」
「マカロンを知ってんのかよ……」
おれでも食べたことがないのに。デパ地下で見かけて、大きさのわりに「高っ!」と思って買えなかった代物で、いまだどんな味か知らない。きっとうまいに違いない。
「わたしはこれから部屋で、買ってきたお菓子を堪能するの。おまえにはあげないから。部屋に入ってきたら、痴漢の現行犯でハゲになる魔法をかけてやる。じゃね」
ばたん、と扉が閉じた。
「くそ……」
おれは毒づいた。それが創造主に対する言葉かよ。だいたい、ミニィにハゲの魔法なんか使えたのか?
☆
次に扉が開いとき、部屋に入って来たのはポウズだった。夕方には早く、宿の一階にある食堂で夕食が出されるにはまだ間があるな、などと昼メシを食いっぱぐれてノンキなことを思っていた。この世界は食料事情が豊かではなく、一日三食は普通ではないのだ。
腹を減らしていたおれに、ポウズは血相を変えて言った。
「すぐにここを発つぞ」
「はい?」
ポウズはひどくあわてた様子で、おれはそのあわてようが理解できない。
「なにかあったの?」
小説のストーリーを思い出すが、そんな緊急事態なんかなかったような。
「自治領警備隊だよ。ボクたちが目をつけられてるって、酒場で聞いたんだよ。まったく運がないったら……とにかくすぐに出発しないと逮捕される。用意してくれ」
「あ……ああ、わかった。すぐに
おれは返事をし、買ってもらった釘バットを持つ。用意をしろといっても、持ち物といったら、これしかない。
それにしても、自治領警備隊?
自治領警備隊とは、この世界における警察のようなものだ。モンスターが出没するこの世界では、武装した小規模な部隊が各地をパトロールしている。自治領ごとに組織されていて、自治領内の治安維持に務めるため、自治領警備隊と呼称している。そして、自治領警備隊はモンスター退治だけでなく、犯罪者も取り締まる。
それがどうしておれたちを逮捕するんだ……。
階段をおりて、誰もいない一階の食堂の横を通りすぎて外に出ると、すでにヘラクレスが裏手から馬車を回しており、ミニィとアマゾネスが乗っていた。
「出発は明日の朝じゃなかったのか?」
馬車に這い上がって、おれは尋ねた。
「そのつもりだったがな。そうはいかなくなった」
たずなを手にもつヘラクレスが馬にムチを入れた。動き出す馬車。
「酒を飲むどころじゃなかったのよ」
アマゾネスが残念そうに顔をしかめる。
「昨夜、ボクたちが襲って金品を巻き上げた旅人がこの村の住人で、ちょうどここへ来ていた警備隊にチクったってわけなのさ。だから、このまま山を越えようってわけ」
ポウズが肩をすくめる。
「いまから? 日が暮れるだろ」
「どうせ山の中では野宿するんだから同じだよ。ここで宿に泊まってて、捕まるわけにはいかないしね」
「しかしなんでおれまで……」
「いやなら、ここに残りな!」
ぴしゃりと言ったのはミニィだ。
「わたしたちといたってことで、あんたも同罪だからね」
おれはなにも悪いことはしていないのに、これはひどい巻き添えだ。といって申し開きをしたところで、たぶん誤解は解けない。警備隊にとっては、犯人をしょっ引ければいいのだ。そいつが山賊だろうとなかろうと、それは問わない。そんなレベルの警察なのだ。なぜなら、おれがそう設定したから。
「賄賂をわたせば見逃してくれるだろうが高くつくし、そもそももう持ち合わせがない」
ポウズが後方を見ている。警備隊が追ってくるのを警戒しているのだ。
この村でのどかに暮らす、というプランはあっさり崩れた。これはもうなるようにしかならないのか……。
書いた小説のように、冒険の旅に出て、モンスターをやっつけていき、ラストは……。
「あれ?」
おれは、小説の結末をどう書いたのか思い出そうとして、どうしても思い浮かんでこないことに気づいた。主人公は、旅の最後にどうなるんだっけ?
額に汗が浮かんできた。
馬の蹄が地面を蹴る規則正しい音を聞きながら、おれの心臓の鼓動は少し速くなっていた。
締め切り前に徹夜続きで執筆し、疲労した脳からズルズルと引きずりだした文章の最後がどんなだったか、憶えがない。
そもそも、ちゃんと完結したのか? したのだろう、と思いたい。それでWeb投稿したはずなのだ。もっとも、もしおれがそのあと過労死していたなら、たとえ受賞したとしても、虚しいのだが。
それはいまはさておき、「どういう完結をしたか」である。
確かさんざん悩んだのだ。書き進めながら、この展開をどう決着していくかを考えていた。しかしなかなか理想とする結末を思い描けず、悶々とした気分のまま締め切り日を迎えてしまったのだ。
思え返せば、あのとき、へんなテンションだったと思う。
どんなシーンで書き終わったのかわからない。ハッピーエンドだったらいいのだが、それを思い出せれば、きっとそこへ向かって突き進める……と思いたい。
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