第2話 仲間と釘バットを手に入れた
気がつくと、おれは自分で書いた小説のなかにいた。
森のなかで出会ったのは、山賊となっていた、おれの創りだした4人のキャラクター、ヘラクレス、ポウズ、ミニィ、アマゾネスであった。
すごむ4人に対し、おれはこの世界の創造主だと主張し、彼らのプライベートを暴露する。みゃーん、というペンネームで名乗ったおれは、小説の主人公のように、うまく立ち回れるのか?
☆
「まぁ、とりあえず、おれたちと来いよ。おまえは役に立ちそうだ」
ヘラクレス・サイドチェストにそう言われるままに、おれは四人についていくことにした。
とりあえず、山賊に襲われる難は逃れられた。ひとまずは成功したといえる。
それにしても、長い夢だな、とおれは思っている。中国の昔話「
となると……現実世界のおれは死んでしまっているのだろうか……。
おれは自分の死後のことを考えてぞっとした。なんの自覚症状もなかったが、体のどこかが手遅れになるほど悪くなっていたのかもしれない。小説を書き上げる直前、おれはかなり無理をしていた。睡眠時間を削り、食うものもろくすっぽ食わずに仕事と小説執筆に明け暮れていた。突然死してしまった可能性はなくもない。
そうなると、狭いワンルームの賃貸マンションで人知れず腐っていき、ハエとウジにたかられた汚物となって強烈な異臭を放ちまくって近所に迷惑をかけるのだろう。
「…………」
嫌な想像だった。もっとも、そうなっていたところで、おれとしては、いまのところどうしようもない。
歩いていくと、馬車が見えてきた。
「あれは……」
「おれたちの馬車さ」
ヘラクレスが答えた。
「そ。ボクたちはあれに乗って旅をしているんだ」
ポウズ・ミラーノマエが言ったが、そんなことは知っている。なにしろその設定をしたのは、このおれだ。
一頭のおとなしそうな馬に、小ぶりの幌馬車がつながれている。ワゴン型の軽自動車ぐらいの大きさだ。大人五人はなんとか乗れるだろう。
ヘラクレス以下、四人がこの馬車に乗って、旅をしている設定である。行く先々で、いろんな仕事をしながら暮らしていた。いわゆるジプシーだ。なぜそんな暮らしをしているのかと問われれば、それぞれ各自に理由はでっちあげたが、端的にいえば、そういう設定にしないと小説として話が進まないからだ。
「うん、知っているよ」
「みゃーんには、なんの説明もいらないようだな」
ポウズはおれを見る。
「わたしは気にくわないわ」
そう言ったのはミニィ・ポイズンケースだ。ヘラクレスがおれを仲間に加えようとしたときからずっと頬を膨らませている。
「こんなやつ、信用できない」
クマの毛布のことを根に持っているのだろうか。
「でもこいつが、知っているはずのない、あたしたちのことを知っていたのは確かだわ」
アマゾネスは冷静であった。
「だから信用できないのよ。なんか、へんな魔法を使ったに違いないわ」
「その魔法が役に立つんじゃねぇか?」
ヘラクレスが振り返る。
「そんな魔法、なんの役に立つっていうの。バカらしい」
「いや、役に立つだろう」
ポウズがヘラクレスの肩をもった。
「相手がカネをもってるかどうかわかれば、襲うかどうかの判断材料になる」
「あんた、ずっと山賊をやるつもりなの? わたしはゴメンだわ。きょうだって、ホントはやりたくなかった。あんな脳みその足りない芸のない行為、
口は悪いがミニィは意外とまともなことを言う。
「まぁ、アテのない放浪生活なんだから、そんな汚れ仕事に手を染めることだって、これまでもあったじゃないの」
「アマゾネスはあれが仕事だって言う気? 犯罪でしょうが」
「あらあら、ミニィはおこちゃまだから、キレイ事だけじゃ生きていけないってのが、理解できないのよね」
「誰がおこちゃまよ。──まぁ、確かにアマゾネスよりはものすごく若いけど」
「トゲのある言い方するわね。ケンカ売ってのかい」
「ボクの美しさに免じて、そのぐらいにしときなよ」
「うるさい、うっとうしい!」
ポウズのたしなめ方が、かえって火に油。
こんなのでよくチームが組めているな、と作者のおれでも思ってしまう。
ヘラクレスが、仲間たちのいざこざなど気にするふうもなく、馬車から巻いたカーペットを引っ張り出してきた。
「こいつを貸してやるから、夜が明けるまで、どこか適当な場所で眠っておきな。朝になったら出発する」
「どこへ行くんだ?」
「近くの村だ。みゃーんが来る前、べつの旅人からちょうだいしたカネがあるので、食料を買うのさ」
おそらく、アメ村だ。小説では、主人公の
ミニィとアマゾネスの女性二人が馬車に乗り込む。馬車のサイズからして、全員がなかで眠ることは不可能なのだ。ということで、一応、女性が馬車に乗る。小説ではそういうシーンも設定もないのだが、ないならないで、合理的な流れになるらしい。ミニィはクマの毛布で眠るのだろう。そしてポウズは手鏡を見て、自分の顔にうっとりしているのだろうか。
(しかし野宿をすることになるとは──)
朝まで何時間ほどあるのだろうか。
わからないながらも、おれはカーペットを敷いて寝転がるヘラクレスとポウズを見て、そのマネをして横たわった。
雨は降らなさそうだった。というか、この小説で雨の場面なんか、書いたことがなかったっけ。
☆
翌朝、木片みたいに堅い雑穀パンと足の裏みたいな匂いの干し肉とがひと欠片ずつ、という悲しいぐらいまずくて少ない朝食を、全員で当たり前のように食べ終えると、馬車に乗り込み出発した。たずなを持つ御者はヘラクレスである。
行き先はアメ村。
その村で、この小説の主人公である圭藤星春が、最初にミニィ・ポイズンケースと出会うことになっていた。ミニィは、十二歳の少女だが、強力な魔法力を有している。
中世ヨーロッパをイメージした、いわゆるゲーム系世界において、魔法使いという設定はなくてはならない。また、そうでないと、か弱い少女が世をわたっていくことなどとうていできっこない。身を守るための魔法は必須項目だ。魔法でなくても、俊敏な身体能力を備えている、という忍者のような設定でもよかったが、そこは単なる好みである。
書いた小説のスジでは、ミニィに要らぬ疑いをかけられた圭藤星春だったが、なんとか誤解がとけて、晴れてミニィと仲間になる……正確には、下僕として扱われるのだが。そしてそのあと、ヘラクレスやポウズ、アマゾネスと仲間が増えていく、という展開になるはずだった。
ところが、四人いっぺんに出会ってしまった。すでにストーリーが変わってしまっている。
でも考えてみれば、おれは主人公ではないし、そういうことなら、小説のストーリーをそのままなぞっていくわけではあるまいと思える。
それよりも、おれが現実世界で死んでいるのかどうか、という点において、なんの情報も得られていないというところが気がかりであった。
どうすれば小説世界から出られるのだろうか。もし、おれが現実世界で死んでしまっているとしたなら、この世界からは出られないだろうが、それを知ってしまうのも怖い、という感情もあって、おれの頭はいまカオス状態なのだ。
そんなことで頭を悩ませているおれにかまわず、馬車のなかではミニィとアマゾネスとポウズのおしゃべりが止まらない。
村に行ったらどうたらこうたらと、旅人からぶんどったカネの使い道をめぐって、いかに自分の欲しい物を買うべきかを主張しあっている。
「だからぁ、レディのわたしには新しい髪飾りが必要なの!」
強盗行為に否定的だったミニィでさえも、結局は物欲に勝てない女のあさましさ。
「髪飾りなんかなんの役にも立たない。ここは高い酒を飲んでパァッと使うのがあたしたちらしいってもんさ」
「アマゾネスったら、はしたない。ま、ボクはそれでもいいけど」
「わたしはお酒が飲めないの!」
「それは残念ねー。ま、毛布がお友だちのおこちゃまはしょうがないか。じゃあ、ポウズ、大人同士、赤ワインで乾杯しましょう」
「ボクはビール派だな」
「なによ、そこは合わせてくれたっていいでしょ。今夜遊んであげないわよ」
どれだけのカネがあるか知らないが、たいしたものは買えないようだ。
もちろん、おれはその会話には入っていけない。なにせ、おれはそのカネには関わっていない、蚊帳の外だ。
だからといって、欲しいものがないわけではない。なにしろ、なにも持っていないのだ。この四人と「冒険の旅」を続けるということなら、まず武器が必要だろう。でないと、今後、モンスターと出会ったときに、逃げる以外にない。そのときはぐれてしまって一人だったら、もう万事休すだ。素手でモンスターと戦う選択はない。この小説世界で設定した最弱のモンスターは定番のスライムであるが、そのスライムでさえも素手では戦えない。闘えるほどの格闘術を身に着けていれば、なんとかなるだろうが、あいにくおれは柔道もボクシングも経験がないし、筋トレが趣味でもないから力もない。
もし、おれがここで死んだら、どうなる……?
素朴な疑問が突然浮上してきた。考えてみれば、それは非常に気にすべきことではないか。
小説世界から元の現代社会に戻れるのだろうか。それともそのまま消滅してしまうのか。元の体が死んでしまっているとするなら、元の体に戻ったら、即死だろう。すでに焼かれて骨になってしまっているなら、幽霊になる?
むろん身をもって確かめる気などない。そんな賭けをするほど自暴自棄にはなれない。
ともかく、死なないように行動しよう。それが大前提だ。
となると、やはり戦う武器が
剣……だろうか。おれに剣など扱えるか? 剣道もしたことがない。子供のころは箒でチャンバラごっこをしたが、そんなものは屁のツッパリにもなりゃしない。
短刀ならどうにかなるかもしれないが、いざ戦いとなると、へっぴり腰で足が震えてしまう想像図しか脳裏に浮かんでこない。
冷静に考えてみると、簡単にはいかない。
となると、ここは小説の作者として、可能な限りピンチを回避する、という手で乗り切っていくしかないだろう。
などと一人脳内会議をしていると、
「見えてきたぞ」
馬を操るヘラクレスが振り返って知らせてくれた。一応、リーダーであるのに、たずなをとって面倒見がいい。それもリーダーの資質なのだろう。
おれはヘラクレスの肩ごしに、前方を見やる。
景色は森から耕作地に変わっており、その向こうに集落があった。アメ村だ。人口は七百あまり。農業と林業が生業で、村人はみんな朴訥な、ごく一般的な村──という設定である。
「おい、みゃーん」
「あ、はい!」
おれはまだその呼び名に慣れない。一瞬返事が遅れた。
「おまえ、自衛用の武器がいるだろ? なにもないでは、スライムでも危険だろ」
「ええ、まぁ……」
お見通しである。
「よし、じゃあ、まずなにか武器を買おう」
「えーっ、なんでこんなやつのものを先に買うのよ! なんにもしてないのに」
ミニィが間髪入れずに不平の声をあげた。
「もちろん、一番安いので辛抱してもらう。それに
「いや、ぜんぜんだ。おれが得意とするのは情報戦だ」
「なんだ、それ?」
戦争では情報が勝敗を左右する、というが理解できないのかもしれない。
「ともかく、おれのもたらす情報は役立つ、ということさ」
「あたし気づいたんだけど、それって……もしかしたらさ、占い師じゃないの?」
アマゾネスがすごくいいことを思いついたように人差し指を立てた。
「今日は久しぶりに宿に泊まれるからさ、今夜の相手がどんなのか占ってよ」
アマゾネスはときどき酒場で酔いつぶれた若い男をお持ち帰りし、恥辱を与えていたぶるのを趣味としている。小説では詳しくは描写してないが(というか、詳しく描写するとなにかと引っかかってアウトになる)、アマゾネスの部屋から漏れ出てくる男の弱々しい悲鳴を聞くことになるかと思うと、いまからげんなりしてしまいそう。いや、それとも、アマゾネスの相手をさせられるのはおれか? そんなシーンは書いていないが。
「そんなくだらんことに能力を使うより、この村のことを聞きたい」
ヘラクレスはアマゾネスを遮った。
「おれたちはこの村に初めて来る。どこかに武器を扱う店はあるか?」
「ああ、それなら、村の商店街にあるよ。大きな剣の看板がかかっている。商店街のはずれには一軒の宿がある」
「よっしゃ、そこへ行こう」
馬車は村のなかへと入り、商店街へと向かった。
商店街といっても、小さな村ゆえ、それほど大規模なものではない。数件の商店が並ぶ程度だ。ここでの買い物では「選ぶ」ということができない。売っているもので妥協するしかない。
馬車が村内を進むと、物珍しそうな村人たちの視線が集まる。小さな村だけに、よそ者が来るとすぐにわかってしまうのだ。
商店街に乗り入れると、すぐに目的の武器屋は見つかった。
「こんな村に武器屋があるとはねー」
ポウズが感心して、軒下にぶら下がっている剣を模した看板を見上げている。
馬車を降り、店に入っていくヘラクレスについていく、おれ。
電灯もない薄暗い店内には、商品となる武器はひとつも置いていない。展示販売するシステムではないのだ。
「誰かおらぬか!」
ヘラクレスは店の外にまで聞こえるほど声を張り上げる。
すると、奥のドアがあいて、禿げたオヤジが現れた。
「はい、なんでしょう?」
ヘラクレスは銅貨二枚を出し、
「これで買える武器はあるか?」
「へい、ちょっとお待ちを」
店主は奥へとひっこんでいった。
銅貨二枚がどれくらいの価値があるかというと、だいたい千円ぐらいだ。まともな包丁すらも買えない値段で、とんな武器が買えるというんだ。
おれが首をひねっていると、オヤジが戻ってきた。
「これなど、どうでしょう?」
もって出てきた武器をヘラクレスは受け取り、銅貨と交換した。
「ほれ、みゃーん、これを使ってくれ」
おれに差し出した。
おれは受け取り、
「これは……」
と、絶句する。
荒削りの木の棍棒に、何本もの釘が打ちつけてある。それは、不格好ではあるが、釘バットであった。こんな武器設定なんかないはずなのに。
「あ、ありがとう……」
おれは釘バットでモンスターと戦うところを想像した。血みどろの壮絶なスプラッターシーンが脳内でビジュアル化された。
小説では、主人公の圭藤星春は、物語中盤で手にアイテムにより強い魔力を手に入れるはずで、こんな釘バットで戦うなんてことは書いてないのだが、いつかそういう展開になるのだろうか……。
なんだかもうずいぶん小説とはストーリーが違ってしまっているのが気になっていた。
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