南国の夜空は星が綺麗だった。

 

 男はいつの間にか焚き火を焚いて暖を取っていた。

 その光が男を照らして顔が僅かに見えた。


 男の行動をコックピットから観察していたミュウはセンサーの解像度を上げて細部まで見ることにした。

 初めて見る男の姿は教えられたイメージとは違い醜悪さはなく、逆に清々しさがあった。


「身長は高く肩幅もあるのに腹部は普通だ、手も大きくて骨張った感じで……顔の体毛も嫌味がない……顔のバランスも悪くない。

 自分達とは違うのに違和感を感じない」


 男に興味が尽きない自分に驚いたが違和感を思い付いた。


 宇宙でも無人島サバイバルをするのか?

 男の手際の良さと落ち着いた雰囲気はなんだ?


 ミュウは落ち着いて居られず、行って確かめる事にした。

 ボディスーツの通信をオフにしてヘルメットは置いて行った。


 男は夜遅くに彼女が近付いて来た事に、かなり驚いた様子だった。

 彼女は焚き火の反対側で立ち止まったままであった。

 薄っすらと照らされた姿に警戒しなければならない筈だが、その綺麗なボディラインに心を揺らされてしまった。

 さらに整った顔はとても美しかった。

 潮風で少し揺れる髪が少女らしさも感じさせる。


 彼女は立ったままだった。


「火にあたりに来たのかい」


 男はなんとか言葉を切り出した。


「……名前を聞いてなかった……」


 彼女もやっと言葉を見つけたかの様に口を開いた。


「普通は聞いた方が先に名乗るのではないかな」


「……私はミュウ・カキサキ空軍大尉だ」


「俺はアンドリュー・ローレン……ただの運送屋さ」


「……」


 ミュウは自分の好奇心だけで男の所に来た事に気付いた。

 無意識に近い感覚でヘルメットの通信を切ったのはそのせいだ。


 しかも彼を見て昔の想い出が甦って来た。

 憧れのカルラ司令に声も掛けられずに遠くから眺めるだけの少女の自分を……

 年上と思われる大人の男に、それと同じ感覚を抱いている自分に気付いた。

 でもカルラに感じた色気とは違う色気を……


 危険だ! 軍人として危うい! 

 でも、この幼い気持ちは懐かしくて心地良かった。


「君はとても美人だ。

 そのボディスーツ、身体のバランスがいいのが分かって、いいね。

 とてもセクシーで……いいオンナだ」


 男の褒め言葉にミュウは我に返った。

 オンナと言う響きに同性とは違う、いやらしさと下に見られた感じがした。


 任務の途中だ! 自分は大人なのに子供の好奇心で行動してしまった!


 ミュウは早足にアールマティに帰ってしまった。


「えっ?」


 男はなぜ帰ったか分からず戸惑った。



  *



 翌朝ミュウが近付くと男はすぐ起きた。


「俺はどうなるんだ?」


 また男に先手を取られたが気にしなかった。

 あの後、今日の行動を決めたからだ。


「この船を調べさせてもらう」


 ミュウは輸送船に近付いてヘルメットのセンサーで調べた。

 宇宙放射線量が高かったが気にせず、コックピットのドアを開けようとした。


「勘弁してくれ! コックピットは最新のシステムなんだ! 上に怒られる!」


 窓から見えるコックピットの内部は確かに古い船の割に新しかった。

 ミュウは荷物を調べる事にした。

 大きな穴の中は海水でパンパンのシートで覆われていた。


「触らないでくれ!」


 男はまた触れる事を拒んだ。


「破れなかったのが奇跡なんだ、シートが薄いから簡単に切れちゃうんだ」


「……分かった、見るだけだ」

 

 ミュウは中を覗き込んだ。

 海水が透けて船の内部が薄っすら見えた。


「近付いて欲しく無いんだ……」


 太陽の反射で明るい部分があった。


「!?」


 墜落で破損した部品が鋭利に飛び出しているのが見えた。

 その部品はシートを突き破る程の鋭さがあった。

 

 あの状態で破れないなんて!?


 ミュウは無言でアールマティに戻って行った。


 海水の成分は人間の成分とほぼ同じだ。

 それは違う生物にも言える。

 それは二百年前のファーストコンタクト、知的宇宙異生物も同じだ。

 その異生物は透明で軟体生物でもある。


 コックピットに入ったミュウは自分の確信に基づいて行動する事を決断した。

 反重力航行で浮上して、背中のビームガンを取り出して輸送船に向けて構えた。


「輸送船を破壊する、遠くに離れて下さい」


 ミュウはマイクで警告した。

 作戦行動権限はミュウにあり、命令の処理はこれでも間違っていない。


 男は手を振って防いだが、すぐさま輸送船のコックピットに乗り込んだ。

 ミュウは攻撃をためらった。

 人命を奪う経験はなかったからだ。


 突然、輸送船が大きく揺れ荷台部分の上が吹っ飛んだ。

 荷物が立ち上がり透明だった色が、くすみ始めた。

 5箇所から突起が飛び出してヒトデの様な形に……ヒトデの様な人型に形成した。

 

 知的宇宙異生物「ドーン」だ。

 人類にドーン(夜明け)と親しみで名付けられた怪物だ。


 平均よりも大きく十三メートル位ある。

 手らしき物を輸送船の船首に伸ばしコックピットごと剥がして体内に入れてしまった。


「俺は連邦軍所属アンドリュー・ローレン中佐だ! 戦闘は望んでいない! 共同政府外部庁室長と連絡したい」


 彼は指向性スピーカーで話した。

 バトル・トレーサーはコンピュータウイルスを防ぐため、部外者の通信はシャットしている作りで、これしか会話出来なかった。


 外部庁なら宇宙移民と交渉出来る筈だ。

 ミュウは司令室に伝えたが、司令からは「処理は任すと伝えた筈だ」と返事が返って来た。


 軍事教本には知的宇宙異生物「ドーン」は滅殺のみと書かれているだけだ。


「速やかに異生物から退去しなさい! さもないと共に処理します」


 ミュウも指向性スピーカーを使った。

 教本にはy染色体を持つ生体の生死の有無は問わないとも書かれてあった。


「処理を実行する」


 ミュウはビームガンを撃った。

 ドーンに命中したがビームは吸収された様に消えダメージはないように見えた。


 左手にマルチキャノンを装着した。

 10発入りの弾倉には、ミサイル弾、ロケット弾、榴散弾、徹甲弾、発煙弾が入っている。


 だが、軍事教本には実弾兵器も効果ないと書いてあった。


 ドーンもゆっくり浮上して来た。

 

 ミュウは2発あったミサイル弾を連続発射した。

 確実に命中したがダメージはあるだろうか?

 煙が消え、やはりドーンは無傷だった。


「どうして彼、ドーンがいるのが分かったんだ?」


 男はどうしても知りたかった。


「……オンナのカンだ」


「なっ!?」


 皮肉なのが分からないだろう。

 男女は所詮、相容れないものなのだろうとミュウは思った。


 ドーンは右腕をこちらに向けた。


「!?」


 腕の先端からビーム的な物を発射して来た。

 威嚇で頭部の左側近くを狙ったのだろう。

 だが、センサーの集まった頭部の保護カバーの左側が白く変色してしまった。


「我々は戦闘を望んでいない、外部庁室長のルミナス・カワトウと連絡を取りたい」


 男は再び要求して来た。

 外部庁と既に話が付いているのか?

 ドーンは今度は左腕をこちらに向けた。


 二百年前、突如として宇宙から飛来して来た小型の球状生物は人類とコンタクトを取り始めた。

 彼らは五感が無く、体を接触して精神融合して意思疎通を行う生き物だった。


 彼らの目的は繁殖にあった。

 繁殖の仕方は知的生命体と精神融合で高め合い、細胞分裂して単体生殖のように増やすのだ。

 分裂した個体はヒトデの様な形になりドーンと名付けた。

 繁殖のための精神融合は人間にも影響があり、精神は元より知性、感性、性的興奮、全てを満足させるものであった。


 問題は女性のx染色体にアレルギーが起きて拒否反応で液状化してしまう事であった。


 男達は彼らドーンを受け入れたが、女性達は廃絶運動を起こし「抱きつき作戦」という強硬手段に出た。

 彼らを守るため、宇宙基地(スペースコロニー)に移住させ多くの男性と少数の女性が付いて行った。


 しかし地球に残った女性達は、融合を許した男達を許さなかった。

 女性同士の子供も作れるようになった時代、男性の排除運動が起こり残った男達も宇宙に去って行ったのだ。


 そして今に至る。


 ミュウは再びビームガンを撃った。

 命中したがダメージは見当たらない。


 ビームも効かないのか!?

 

 すかさずドーンもビーム的な物を撃って来た。

 今度は右側の頭部の近くだ。

 右側のカバーも白く変色した。


「次はこれでは済まないぞ!」


 彼らは威嚇では無く頭のセンサーを狙っていたのだ。

 センサーカバーが白くなってアールマティは飛行状態は危険と判断して、勝手に緊急着陸をした。


 ドーンも地上に降り対峙する格好になった。

 

 バトル・トレーサーはドーンと戦うための決戦兵器だ。

 ミュウは両腕のハードポイントに付けられた武器の意味を理解した。


 これは対ドーン用の格闘戦武器なのか!

 しかし、密着しないと使えない!


 ミュウの格闘戦はAIシミュレーションしか経験がなかった。

 しかも、この武器は音声入力で使用するので……恥ずかしい。

 司令室の皆んなが聞いているからだ。


 だが、ヤルしかない!


 アールマティの最大戦闘速度の百パーセントを、オーバーヒート直前の百二十パーセントに上げた。


 ミュウは両腕を前に伸ばしながら銃を構えてドーンに突進した。

 ドーンはビームガンの方にビーム的な物で攻撃した。

 ビームガンへの直撃で、機体の安全システムが働いてビームガンを手放した。

 ビームガンは機体のすぐ後ろで爆発した。


 ドーンはビームガンだけを狙ったのでマルチキャノンを2発撃つ事が出来た。

 1発は徹甲弾で硬い先端と加速用ジェットが付いている。

 最大加速する前にドーンの脇腹に命中して、かなりめり込んだのだが「ボン」と弾かれた。


 ドーンは反対側の手からビーム的な物を発射してマルチキャノンを吹き飛ばした。

 ビームガンもマルチキャノンも機体に対して大型で、予想通り銃を狙って来たので両腕は無事であった。

 2発目は発煙弾でスモークが広がった。


「これが狙いなのか!」


 スピーカーから男の声が聞こえた時には狙える距離に来ていた。


「スタンガン、セット!」


 大声で音声入力を行った。

 ミュウは恥ずかしさで戸惑う余裕などない。

 大型スタンガンは使用出来る位置に移動した。


 ドーンの右腕が機体の頭目掛けて横から振って来た。

 同時にアールマティはアッパーを打った。

 その構えの時、頭を下げていたので攻撃は頭上をかすめただけだった。


 それでも首の関節はダメージを負ったが踏ん張った。

 既に右腕のスタンガンがドーンの脇腹を捕らえた。


「スタンガン、アタック!」


 一瞬にして雷の三倍近い電圧、三億ボルトがドーンの体を駆け巡った。

 ドーンの体が震え、尖った所から放電が見られた。


 効果はあった!


「ニードル、セット!」


 すかさず左腕の特大注射針をドーンに押し当てた。

 感電で保護膜が弱まったのか、針の先端は体内に突き刺さった。


「ニードル、アタック!」


 大量の液体が注入されていく。


『ウギャー!!』


 人間の物とも動物の物とも分からない悲鳴のような音をドーンが発した。


 メカニックのキャスの話では注射器には女性フェロモンが……x染色体が入っているそうだ。


 ドーンは体液を体中から垂れ流し、縮み始めた。

 最後には萎んだ風船のようになりアールマティの両腕は輸送船のコックピットを抱いている格好になっていた。


 コックピットのガラスを覗くと男は気を失っている様だ。

 大人を感じた男の隙だらけの寝顔を見て、今までにない感情が再び湧き上がって来た。


 助けたい! また話をしたい!

 そしてその理由を知りたい!


「男性を救助した! ただちに病院の手配をして欲しい!」


 ミュウは司令室に連絡して、収納してある手動システムを引き出して機体を浮上させた。



  *

 


 ちょうどその時、司令室に外部庁から連絡が来た。

 

 カルラ司令は通信のテロンナに「応答するな!」と命令して、足早に司令室を出た。


 カルラはミュウの行動に不信感を感じた。

 

 なぜ殺さない!


 軍は前々から外部庁を警戒していた。

 敵対している男達と交渉している情報があったからだ。

 軍にとっては敵対していた方が資金調達と存在意義があるからだ。

 このままではいずれ交流が始まるかもしれない。


 阻止しなくては、絶対に!


 カルラは自室に入り、奥の厳重な扉を開けた。

 そこには重要機密のシステムが備わっていた。

 中央にある椅子に座りミュウ・カキサキ大尉の秘密のパスワードを入力した。

 大きめのヘルメットを被り、目を閉じた。

  

「リンク・スタート」


 カルラの目にはミュウが見ている世界が見えて来た。

 ミュウの頭部の情報通信端末とリンクしたのだ。


 海上を飛行しているアールマティは、両腕で大事そうにコックピットを抱いていた。

 中にいる男を見てカルラは知らず知らずの内に憎しみが湧いて来た。

 カルラは喋り始めた。


「男達は我々を裏切った」

「絶対に許してはならない」

「ここで断ち切らなくてはいけない」

「今、殺害しなければ取り返しが付かない」

「ひねり潰せ」


 その台詞をいつの間にかミュウは喋り出して、憎しみを覚え始めていた。


「ひねり潰せ」


 ミュウはアールマティの右手でガラスを破り、男を握り潰した。

 そのままコックピットと男を海に捨ててしまった。


「リンク・アウト」


 ふーっ! 

 カルラは大きく息を吐いて任務を達成した安堵感を感じていた。

 このブレインコントロールは相手の情報通信端末から脳に直接リンクして操る事が出来るシステムだ。


 ……いつから男を憎む様になった?

 司令になる前のセミナーからか?

 まあいい。

 そんな事より、またミュウを抱きたい。


 カルラはどのようにベットに誘うか考えた。



   *



 ミュウは機体の右手の赤い血を見ていた。

 確かに任務であったが……


 感情だけで殺してしまった……


 カルラに脳を支配されていた事など知らないミュウは自分のおこないに恐怖を感じていた。


「に、任務は終了した」


 なんとか司令室に任務を終えた報告をした。


「あれ?」


 ミュウの目から涙が流れていた。

 だが理由が分からず、すぐに拭い取ってそのまま基地に帰った。

 


  完


 


 


 

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welcome to the DAWN ! 〜僕らの世界にようこそ〜 君の五階だ @oykot18jj

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