welcome to the DAWN ! 〜僕らの世界にようこそ〜
君の五階だ
上
「!?」
滅多に履かないミニスカートに違和感を感じた。
とても弱々しい感触ではあるが、すぐに気付けない自分に驚いた。
振り向くと、そこには小さな女の子がちょこんと立っていた。
目が合った二人はお互いビクッとしたが迷子だとすぐ理解した。
不安に駆られた女の子は思わず近くの大人にすがり付いてしまったのだ。
だがミュウ・カキサキ大尉は初めての経験だったので対応出来ずにいた。
「ママと、はぐれたの?」
ミュウの隣にいたカーシャ・カムュノリフ少尉が気付き対応してくれた。
「あ、ママ!」
母親はすぐ見つかり女の子は走って行った。
親子は礼を言って立ち去ろうとしたがカーシャが呼び止め、軍のマスコットキャラクターの形の風船を女の子に手渡した。
別れ際に手を振って応えた彼女を見てミュウは何も出来なかった自分に呆れてしまった。
ここは民間機も非常時に使用される軍の空港で、今日は大勢の民間人で溢れていた。
「!?」
影の揺らぎを感じて後ろの窓ガラスで外を見ると、風船が飛んでいるのが見えた。
下のターミナルにいたマスコットの着ぐるみが子供達に風船を渡していた。
その誰かが手放したのだろう。
「流石エースパイロット! 後ろの風船の気配がよく分かったわね」
カーシャは素直に褒めたが、ミュウは不満があった。
軍人のスキルよりも女性としてのスキルが欲しいと……
ここは共同軍の極東本部で、陸、海、空、全てが揃った一大軍事拠点である。
今日から三日間、民間人に空軍基地を解放する空軍主催のイベントの初日だった。
ミュウとカーシャはコンパニオンとして空軍兵の中から選ばれ、露出の多いコスプレ軍服を着て空港のロビーで案内業務を行っていた。
ミュウは渋っていたが綺麗どころが選ばれるので、内心良しとした。
「子供って、やっぱり可愛いわね」
カーシャはさっきの女の子を思い出して話し始めた。
「あの子、母親にそっくりだからクローンタイプだわ。
私は……ミックスタイプが欲しいな」
カーシャは顔を赤くしてミュウを上目遣いで見つめた。
二十四世紀、二百年前の衝撃的なファーストコンタクトにより、この地上からy染色体の遺伝子を持つ人間、つまり男性が居なくなってしまっていた。
女性達は子孫を残す為、クローンによる子供や、二人の女性を掛け合わしたミックスと呼ばれる子供を作る事にした。
ミュウとカーシャは恋人同士であり、カーシャは二人のミックスを産みたいと考えていた。
その時、二人の頭の中でアラームが鳴った。
緊急招集だ。
視神経と内耳神経に情報が伝達された。
頭部にインプラントした情報通信端末が脳にデータを送信する、軍人である限り必要な体内装備だ。
ミュウは出撃準備を、カーシャは司令室へと向かった。
*
ミュウは更衣室で最新のパイロットスーツに着替えた。
身体のラインが分かる程ピッタリの黒いボディスーツだ。
「新型はどう?」
通信チェックを兼ねた質問をしたカーシャはミュウのバイタルチェックが任務だ。
「良好だ」
ミュウは最新のパイロットスーツなのか、新型のバトル・トレーサーなのか悩んだが、どちらでもOKな答えを出した。
着替え終えたミュウは格納庫へ急いだ。
自分の乗る新型バトル・トレーサーは一番奥に格納されていたからだ。
バトル・トレーサー……大型多目的万能アンドロイドで人型戦闘ロボットである。
脳神経と筋肉神経の情報がパイロットスーツを介して機体に伝わり四肢を動かすため、操縦レバーは必要なかった。
「装備はFパーツだ」
チーフメカニックのキャサリンがミュウを見つけて応えた。
背中のウェポンラックに四ヶ所パイロンがあり、右側に手持ち用ビームガン、左側に手持ち用マルチキャノン、そしてジェットノズル付きのプロペラントタンクが両端に付いていた。
「追加武装として、右腕のハードポイントに巨大スタンガン、左には特大ニードル注入機を付けた」
軍の開発部から最近届けられた武装だ。
二つとも格闘戦に特化した武器で、それを必要とする任務に不安を感じた。
「キャス、信用出来るのか?」
「さあ、どちらも中身はブラックボックスで分からん」
ミュウは外部チェックを終えてコックピットに入った。
この最新型バトル・トレーサー(D-1 アールマティ)は、かなりお気に入りだ。
今までの機体は作業機械の発展型であったが、新型は人型として洗練されている。
全高十メートル近くあり、全体が白く丸みを帯び、足が長く華奢な体形だ。
それに軍の予算が削られて行く中で、この一機だけが運用され、それが自分の元にあるのが嬉しかった。
メインセンサーの頭部は、殆ど透明カバーで覆われていた。
ただコックピットがお尻に貼り付いているのが変だ。
お尻に戦闘機の機首が付いている様なデザインで、乗り降りの時、上下した。
コックピットでベットに近いシートに横たわり最終チェックをおこなった。
目を閉じると外の景色が見える。
前面モニターは非常時用で、通常は頭部の端末を通じて視神経から映像が入って来る仕組みだ。
「発進はサイレントモードで垂直離陸、目的地の一キロまで自動操縦」
通信オペレーターのテロンナから指示が来た。
サイレントモード……反重力飛行の事だ。
飛行場はイベントで民間人が大勢なので目立ちたくないのだろう。
GOサインが出て最新機D-1 アールマティは静かにゆっくりと子供が手放した風船の様に上昇した。
水平飛行に切り替わった所で通信が入った。
司令のカルラ・ガルシア大佐直々の通信であった。
「南南西約二百キロにある小島に大気圏外から物体が落下した。調査と処理が任務だ」
ミュウは耳を疑った。
有り得ない事件と任務内容だ。
この曖昧な命令は、通信記録が他の軍や政府に流れても言い訳が出来る保身の内容で、ミュウは最悪の事態を想定した。
任務に集中したいのだが、カルラ司令と会話をして高揚している自分に嫌悪感を抱いた。
ミュウは学生の頃から恋人がいたが、いずれも友達の延長の関係であった。
軍に入り極東本部に配属になり、司令になったばかりのカルラと恋仲になったのだ。
彼女とは愛と性が結び付いた初めての相手だった。
感情が揺れ動いた事を、司令室で自分のバイタルチェックをしている恋人のカーシャにバレたかも知れない。
普段はコントロールしていたが、危うい任務の不安が感情を乱した。
ミュウはあらゆる事態を想定して頭のクリアに挑む事にした。
*
島が見えて来た。
着いた頃には夕方に近付いていたが南国の日差しはまだ強かった。
本来なら輸送機で運ぶ距離なのだが秘密裏の作戦だ。
それに新型はオプションのプロペラントで長距離飛行が出来た。
島は木々で覆われていたが海岸線に広い砂浜があり、センサーはそこを指していた。
そこには長さ十五メートルの金属製の物体があった。
最大望遠でも形が分かる距離まで接近した。
乗り物?
所々破損しているが羽根の無い輸送機に見えた。
データに無い初めて見る乗り物にミュウは不安と興味を感じた。
センサーがすぐ側に人がいるのを感知した。
情報が蓄積して解像度が上がり、その人物は青い服を着て、こちらを見ているのが分かった。
自分と少し違う体格、そして顔に体毛がある。
y染色体を持つ人間……男だ!
一気に緊張が増した。
不安は的中した、いや予想以上であった。
だがエースパイロットにはパニックは許されない。
調査と処理を行わなければならない。
バトル・トレーサーのパイロットは現場の作戦行動を決められる権限があった。
とにかく情報収集だ。
地上には男は存在しないので乗り物は宇宙船だ。
目視出来ない距離から男はこちらを見ていたので、宇宙船のセンサーは生きているのだろう。
接近……接触するしかない。
ミュウは機体の背中から通信ドローンを射出した。
人工衛星を失って長距離通信が出来なくなったための中継ドローンだ。
アールマティはゆっくり接近した。
宇宙船と思われる乗り物は中央に大きな穴が空いており、生存者がいるのが不思議な程の壊れ方であった。
センサーが中に大量の何かがあるのを示した。
しかし直接調べないと分からない事も示した。
真上まで接近した。
宇宙船の男はずっとこちらを見ている。
上下とも青いデニム風で宇宙から来たとは思えないラフで古風な服で、ボディにピッタリの未来的なスーツの地上の自分とは真逆な感じで滑稽に思えた。
男はこちらに向かって手を振った。
これ以上ここから情報は得られないので接触を図らなくてはならないだろう。
ミュウは覚悟を決めて五十メートル離れた砂浜に着陸した。
ミュウはコックピットの頭上のケースからヘルメットを取り出した。
多くのセンサーが付いたヘルメットのガラス面が黒いスモークなのが有り難かった。
表情を読まれる心配が無いからだ。
アールマティのお尻のコックピットを下降させハッチを開けた。
出来るだけ情報を引き出すための会話を考えながらミュウはゆっくりと男の方へ歩いて行った。
男はどこからか待って来た丸太に腰掛け海の方を見ていた。
ミュウは少し距離を置いて会話をしようと立ち止まり男の顔を見た。
だが、初めて男を見たミュウは話を切り出す事が出来たかった。
短い金髪は夕方とはいえ南国の日差しで輝いていて無精髭も同じであった。
遠くを眺めている彫りの深い目の瞳は青く、体型も自分より大きいが太ってはいなかった。
資料で見た男性見本とは全く違い、不快ではなく好ましさを感じる程だった。
それ故に戸惑いなにを話せば良いか分からなくなっていたのだ。
男が先に話しかけて来た。
「黒いスーツが映える、整ったボディだ」
本来ならセクハラ発言だが、ミュウは舞い上がってしまった。
「見ての通り、輸送船が壊れて帰れなくなってしまった。
船の修理と休める場所を……人道的な扱いをして欲しいのだが……」
先手を取られたミュウであったがマニュアル通りの対応をした。
「身分証の提示と目的を話して下さい」
男は「何処だったかな」と言いながらポケットをさぐった。
やっと見つけた身分証を腕を伸ばして見せたが指に隠れてよく見えない。
これがワザとなのかボケているのか判断出来ない男の態度にミュウは警戒した。
それに身分証を見ても、こちらに男性全般の情報がないので意味がない事は分かっていた。
「輸送船の荷物は何だ?」
ミュウは話題を切り替えた。
「宇宙の民にとって大事なものだ……海水だ」
ミュウは輸送船の破損した穴に近づいた。
船の中はビニール状のシートに覆われていた。
「触らないでくれ!」
男は少し大声で注意した。
「柔な素材で出来ているんだ。
破れなかったのが奇跡なんだ」
ミュウのヘルメットのセンサーが、ビニールの素材は不明だが中身は海水らしいと表示した。
「どこからどこへ運搬する予定だった?」
「……宇宙コロニーから宇宙コロニーだ」
「なぜ?」
「海水の洗浄と入れ替えだ」
「海水で何をするのだ?」
「……海水と言えば命の源だ」
「……?」
「魚の飼育や塩だったり真水に変えたり、レジャーや……まぁ色々だ」
ミュウは大した話が聞けなかったので話題を変えた。
「なぜ地球に降りた?」
「故障だ……ポンコツだからな。
操縦不能になって、行き先が地上に変わっただけだ」
「なぜ無事でいられた?」
「全てが壊れた訳じゃない、不時着出来るだけの機能は動いていた。
……古いが安全システムは働いた」
嘘とは思えなかった。
ミュウはガッカリした。
最初に男を見た時、自分と同じ軍人の雰囲気があったがただの運送屋のようだ。
日は陰り暗くなって来た。
暗くなるのは危険と判断したミュウはアールマティで待機する事にした。
「助けてくれないのか……」
「!?」
男の声を背中で聞いたミュウは、今まで感じた事のない感情が湧いて来た事に驚きながらコックピットに戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます