第2話

 私が浩介を好きになったのは中学3年のときだ。

 

 私は皆に黙ってこっそりダイエットを始めた。


 それに気がついた2年の浩介は私に付き合って、スタバもマクドでも外のテーブル席にいて、なにも食べなかったのだ。


 私が友達に誘われたときにも「ナオも腹減ってねえだろ。無駄食いしない方がいいんじゃね」って引きとめてくれた。


 説明が面倒になった浩介が「金がねえんだよ。恥かかすな」って言ったら、どっかのおばさんが「これで二人の好きなものを買いなさい」と言ってお金をくれた。


 浩介に「デートするときには借りてでもお金持ってなきゃ駄目」とか言って。


 あのときは本当に困った。だって本当は二人ともお金はあるんだもの。


 こんな善意ってどうしたらいいのって思ってたら、浩介がチーズケーキとミルクティを買って、領収書とお釣りを返して丁寧にお礼を言ってくれた。


するとおばさんがやたら同情した顔で私を見るので、あとからコウスケに「なんてお礼言ったのよ」って訊いた。


「ありがとうございましたって言ったよ」


「それだけじゃないよね。何かお話してたじゃない」


「実は姉さんは病気でお医者さんに甘い物止められてるんです。それをみんなに知られたくないんで。でも折角なんでこれだけ頂いて半分こします」


「えっ!私が姉さんで病気!?」

 それであんな顔して私を見てたの。


 ツボにはまった。心でギャーって叫びながらしゃがみ込んで笑い声が出るのを必死でこらえた。



 私は家に帰って両親にその事を話したら、うけた。


「素敵ねえ。ちゃんとお婆さんの顔も立てたって訳ね」


 母は思い付いたように手を叩き、


「その子を家に連れてきなさい。その子はナオちゃんのためにきっとお腹を空かしているから」


 浩介は私の招待を快く受けてくれて、日曜日、約束の時間ピッタリにお母様が焼いたクッキーを持って我が家のチャイムを鳴らした。



 両親は浩介を昼食でもてなしたあとで「お母様かお父様にご挨拶をしたい」と言いだした。



 大人の先入観で浩介を見て欲しくなくて猛反対した私に、母は「違うのよ。私達の事をお知らせして安心して頂くの。そうすればいつでもここに遊びに来て貰えるでしょう」そう言って私を喜ばせた。



 浩介のお母様と電話で話し終えた母は、体中から?を出しまくり、しばらく呆然としていたが、まばたいて気を取り直したようだ。


「お嬢さんを叩いた事がありますかって訊かれたわ」


 そう言って母は私と顔を見合わせた。



「浩介君の取扱説明書『うちの息子は叩こうと怒鳴りつけようとご自由になさって結構ですが、叱るべきときに叱れない程度のお付き合いなら最初からご遠慮させて頂きます』って。それからペットや機械の時計があれば触らせないようにって言われた。性格の激しい人みたい」


「あっ。それ母なりの深い愛情表現ですから気にしないで下さい。愛情の持てない者なんか叱るのも嫌だって言う人なんで。それから時計?もう、何年前のこと言ってるんだろ」

 浩介は小学生の頃、時計を見つけるそばから分解しては組み立てる癖があったらしい。


「ペットは?」


「ああ。動物が何故か飼い主より僕になつくんで、飼い主さんに嫌がられました」


 そう言えば猫のミミが浩介を全く警戒していない。


「お住まいが官舎だって」


質問はよくないと言いながら、つい訊ねる父親に、私も今度は一緒に耳をピクピクさせる。


「官舎と言うとご両親は?」


「二人とも国家公務員です。所属の省庁は違いますが、中央区の合同庁舎に一緒に居た関係で知り合い、結婚したと聞いています」



 浩介が帰った後、我が家の話題を独占したのは浩介のお母様だった。



「浩介君がとても素敵な事は判ったわ。でもお母様のインパクトが大きすぎて……一体何をやってる人なのかしら。うーん。気になる。失礼覚悟で訊けば良かったわ」


「駄目だ。それこそ、教職に就く者が職業で人を判断するのかという倫理の問題になる」


 父は高校の教員で、教育委員会に行く関係から庁舎について多少の知識がある。


「合同庁舎だろう。あそこに入っているのは海上保安庁、防衛省、法務省に厚労省だから……まあ、そう言う『官』のご両親だということだ。しかもお母さんは部下を持つ立場の極めてマナーに精通している人ということだな。それだけで充分じゃないか」



 それ以来、両親は浩介を自分の子供のように扱い、浩介の両親も揃って挨拶に来たので、家族ぐるみで付き合うことになった。


 母が知りたがっていた浩介のお母様やお父様の仕事がようやく判った。

 お母様は海上保安官で巡視船の航海士。

 お父様は陸上自衛官で、今は広報の仕事をなさっているそうだ。


 おかげで私達の家族は、今まで無縁だった自然の中で過ごすという体験をすることができた。


 大人達はバーベキュウでビールを飲み、母は夜、焚き火を囲んだとき、星座の解説と神話の話をして、皆の拍手を受けた。


 驚いたのは浩介のお母様が、母に劣らず星座のことに詳しかったことで、それは船の航海士という仕事のせいだと控えめに仰有った。


「だから私の知識の中には、沙知絵さん(母だ)のようなロマンがないのです」 


「ご存じなのにお人が悪いわ」と恥ずかしがる母を、そう言ってフォローしてくださった。


 浩介がパス入れから出して見せてくれた、海上保安官の制服姿の写真を見た私は、あまりの凜々しさに思わず「百合絵さんって呼ばせて貰っていいですか」と、口走っていた。 カッコ良すぎて、とてもおばさまなんて言えなかったのだ。


 そしたら「お姉ちゃんでもいいわよ」って。


 浩介とお父様が「どんだけ厚かましいんだよ」ってドン引きしてて面白かった。

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