キスより君がスキ

赤雪 妖

 第1話

 もうすぐ5月の連休が終わる。


 その日、私は神戸のフラワーロードの書店にいた。


 セットした腕時計が16時に5分前を告げた。


 私は見ていた女性ファッション誌を元に戻し、二階の学術書コーナーに移動した。


 2階から通りを見下ろしていると、高校生の集団が店の角まで来て立ち止まり、何かを確認したあと、手を振りそれぞれの方向に分かれていった。


 その中の一人が書店に入ったのを確かめて、私は本棚の書物を取ってはページをめくり、本棚に戻す動作を繰り返した。


「あれ! ナオじゃん」


 後ろから声をかけられた。


 私は本を見る動作をやめ、誰か私を呼んだ? そんな感じで振り向いた。


 あざとくなく、自然な感じでね。



「あら、コウちゃん。久しぶりね」


 懐かしさと親しみと、少しの驚きを込めて言葉を返す。


 一学年下の、長戸高校三年。山下浩介やましたこうすけだ。


「よかったよ。誰かに手伝って欲しいと思ってたとこなんだ」



 工学書を手に取ると、私を防犯カメラの死角まで引っ張っていく。


「ここからここまで開いていって」


 スマホを出してカメラモードで構える。


「なに? 盗撮じゃん。犯罪だよ」


「コットンハウスでケーキとか奢るからさ」


「まったく。五日ぶりに会った途端に犯罪手伝わせるかな」


「いや、犯罪ではないんだけどさ、流石に堂々とはできないし。グラフとなると記憶力の限界なわけよ」



 本当は知ってる。

 この店は『立ち読み』ならぬ『座り読み』が出来るように椅子を並べてくれている親切な本屋さんだ。

 その上で新刊の漫画やアイドルの写真集などにはテープが巻いてあり、ちゃんと分別してある。


 だからこの場合、犯罪ではなくモラルの問題だ。


 それに、この手の書は分厚くて、値段も高い割に必要な所は十数ページしかないことも知っている。


 それでも私は照れも有り、眉間に皺を寄せてあきれたふりをする。


 けど、喫茶店に行く約束をして目的は達したので、勿論手伝う。


「理工系の受験生は大変ねえ」などと理解のある振りもしておく。



そんなわけで、二人の時にだけ行く山手の古い喫茶店『コットンハウス』で、私は今回もチーズケーキとレモンティを頼んだ。



 私は浩介が奢ってくれるとき、いつもチーズケーキとレモンティにする。


 その組み合わせには、私の大事にしている思い出があるからだが、その説明はあとでする。



「ねえ、コウちゃん」


 浩介がノートをリュックに入れたので口を開いた。



「そろそろ又、うちにおいでよ。父さんも少し言い過ぎたって反省してるし、母さんもこのままになってしまうんじゃないかって心配してる」



 私はチーズケーキを半分切って、浩介の口に入れる。



「いや。そんな簡単なものじゃないだろ。少なくとも俺は先生に言われた事、何一つクリヤしてない。つまり資格がないんだよ」


「それなんだけどさ、一体何を言われたわけ?」


「んー。人として基本的な事。つまり理性あるジェントルマンであれってことと、行動するときは意味と責任が持てるか確認してから行動しなさいって事。そのままだとサカリのついた犬と同じだって」



「ゲッ。キスしてるの見ただけで、コウちゃんにまでそれを言ったのか。糞親父」



「親としたら当然キスの先まで考えるもんな。てことはナオも?」



「言われた。子供を育てる能力も気概も無い者が何やってんだって。お前なんかより産んで育てる前提で交尾する犬の方がまだましだって」



「うわー。言うなあ。それは! キツかったな」



「泣いたもん。口惜しくて言い返せなくて。なんで比較が犬なのよ。犬がキスして子を産むかってんだ」


 思い出したらまた腹が立って涙が滲んでくる。


「悪かったな。俺がナオを離さなかったせいだ」


 浩介はスマホの電源を切ってモロモロのしがらみを遮断した。


「ナオ。俺さ、先生に言われたように、本気で人格というものを持つ大人の人間になりたいと思ったんだよね」


「どうするの」


「これからはナオに逢うのを我慢して、人格形成と受験勉強に専念する」


「ヴーッ」


 私は不満一杯の声でブーイングを出す。


「嫌だ。親に隠れてでも会っていたい。そうでなければ私達は終わってしまうよ。それに人格なんて年や経験が浅い者が作ろうとして作れるものじゃないよ」


「そんなことにはならないよ。親同士の付き合いは続いているんだしさ」



 

 

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