7 二つのエピローグ
7〈ソル〉エピローグ1
「君が引き会わせたかったのは、エナの方だろう?」
彼ら〈奈落〉の行動には不可解な点が数多く残るものの、奪還作戦は一応の成功を収め、現在は我々クラウドスフィアの人類の管理下にある。
私がレッドスフィアを発ったのは、
旧人類で言う二週間ほどで同要塞の初期調査を終え、私邸に戻った私を待ち受けていたのは、私向きの方のデュカ・ブレインズ審議総長である。
表向きのデュカとは帰還直後に司令センターで散々顔を突き合わせた後。
この時の私はややうんざりしていた。
『ははっ、やぁっとバレた。実はf071の素体は君のゲノムをモデルにしていて、その中でも彼女は突出して君に似ている』
端末が宙に結ぶホログラムの中、無邪気な貌で語るブロンドの少女。
「二番目の人類」の生みの親とは言え、己れの悪趣味に自覚がないのは思い知らされている。
今さら腹も立たない。
「エナは私ほど捻くれてもいないし、私は彼女ほどせっかちでもないがね」
『ボクにはまるで旧人類の親子のように見えるよ』
「相変わらず良い性格をしているよ。さては直接なら拒否されるからケイに声を掛けたな?」
『ふふ、そんなところだよ。ケイをキミの護衛に付けたかったのは本当だけど』
ふと、デュカは嬉々とした表情が抜け、違う話を切り出した。
『それで、なんだけど』
「それで?」
『キミ達はあの〈奈落〉の兵士を拾ったそうじゃないか』
「ああ、タク・ヨシムラ第二情報砲兵……… と言ったかな。そんなに長く保たなかったがね」
『死んだの?』
意外な声——— を彼女は上げる。
「ああ。元はと言えば私が二百年前に相手にした同胞達だ。連れ帰って君のオモチャにするのは偲びないから置いてきた。報告書はいずれ担当の者が上げるだろう。何か問題でも?」
『いや……… それは残念だ』
落胆とも安堵とも取れない微妙な口振り。表情は表向きのそれである。
「しかし、培養脳に機械の身体。これは君が私に勧める「総義体」と何が違う?」
不意に返した私の質問に、デュカはほんの一瞬だけ動揺の色を浮かべる。
『それは……… レッドスフィア時代に記憶転写の基礎技術を確立したのはこの「私」だ。彼らがそれらを見つけて発展させていても何もおかしくはない』
「ああ、そうだったな。ああでも「我々の子ども達」と居るのは楽しかったよ。少しは死ぬのが惜しくなった」
『本当に? 考え直してくれる?』
あからさまに私向きの表情にくるくると変わるデュカ。
彼女の身体を為す「総義体」の表現力は本当に素晴らしい。
私の罪悪感を薄れさせるほどに。
「気が変わったら連絡するよ、気長に待ってくれ」
『ああ、エナを選んで正解だった。いい返事を待ってる』
情報端末の通信を切ると、真っ白な磁器のカップを背中に載せたロボットが横で待っていた。私が所有するブロンズ色で四足歩行型の介護補助ロボットである。
〈君達は「捕虜」にお茶汲みまでさせるの?〉
「まあ、そう言うな。急場凌ぎでそれしかなかったんだよ、タク」
タクはロボットはボディを震わせ、カップをカタカタと鳴らす。
〈大体この身体はなに? 僕の思い通りに全然動かない〉
「君は敵兵だからね。色々知りたいこともあるし、ちゃんとした身体はその後だ」
〈プロテクトは外せなかったのに?〉
「無理をして君が死んでしまっては元も子もない。それも追い追いさ」
私がカップを手に取ると、タクはチェアカーの周りをスタスタと歩き回る。
今の彼にできる精一杯の抗議なのだろう。
〈全く、クラウドスフィアの人類は「犬」にも劣る畜生だよ〉
「何とでも言えばいい。私が死ぬのはもう少しお預け、君の所為だよ」
カップに映る私の顔に薄く笑みが浮かんでいた。
7〈エナ〉エピローグ2
クラウドスフィア航宙要塞の中枢、総合司令センター階上のブラッセリーにて。
普段はブラッセリー中央のカウンターを陣取る私達だが、今は階下を見下ろせるフロア端の席。
要するに今、私は独りなのだ。
私達が乗るヴァリオギアの主要構造材、可変アロイの研究開発機関VARDの所長ゲルダ・グロンホルム氏がデュカ審議総長との会合のためセンターに来ている。
会合の目的は再開されるアクオスフィア調査の第一次派遣に、彼のVARDが加わるためだ。
ゲルダ氏は大銀河文明連帯から派遣された「観察者」であり、私達人類の熱心な
聞くところに依ると、観察者権限を使って第一次派遣に強引にVARDを捩じ込んだらしい。
そして今日、その会合にあの忌まわしきシズも同席する。
その話を聞いたケイが挨拶をしたいと、階下のセンターへ降りて行ってしまったのだ。
はぁ………
やはりケイはシズなのか。と考えると切ない。
先の奪還作戦の時、ケイは抱き締めた腕を中々離してくれなかった。
だが今思えば、彼女は近しい素体なら誰でもそうするに違いない。
何か大事なことをすっかり忘れている気もするが、今の私はそれどころではない。
やはり私はただのパートナーなのだろうか………
私がセンターを見下ろしながら悶々としていると、左方向からVARD一行が現れた。
ひょろりと背が高い人物がゲルダ氏、直ぐ後ろに続くのは綿帽子みたいな頭のチビっ子。
そして並んで歩いているのは、あの憎っくきシズである。
脚元には四足歩行の黒い塊が………
やややっ、失礼極まりないクソロボットではないかっ!
あ、シズに蹴っ飛ばされた。
対面方向から総長補佐官が出迎えに現れ、ゲルダ他VARD一行が立ち止まる。
すると、私が座っている直下から見計らったかのようにケイが現れた。
えええっ、ケイっ、な、なんで小走りなのっ!?
もうやだ見てられない。目頭に熱いものがこみ上げる。
私は階下のケイ達から目を逸らし、テーブルの上に突っ伏した。
不貞腐れるを通り越し、今はクラウドスフィアの水素の海より深く落ち込むしかない。
もう知らない。知らないんだから。
どれくらい時間が経っただろうか。傍らで私の名を呼ぶケイのソプラノ。
「エナ、ねえエナ。寝ちゃったの?」
「もう、知らない………」
「エナったら、ちゃんと顔を上げて」
「………」
私が嫌々しているとケイは小さな溜息を吐き、次の言葉を口にした。
「シズに……… あの、「今度エナと暮らす」と言ってきた」
は?
は?
はあああああああああああっっっっっ!?
私はガバと跳ね起きると、顔の左半分を赤らめたケイが視線を宙に泳がせている。
今、私の視界は暗澹たる漆黒の闇が一瞬にして霧散し、図書クラスタでしか見たことがない菜の花やネモフィラ、ハナミズキなど春の花々が咲き乱れた。
「ほ、ほんと? ほんとに本当? 嘘じゃないのね?」
「本当だよ。エナ、ボクと暮らそう」
ケイは照れ隠しにくるくる巻き毛を搔き上げる。
頭の高さに上がったのは右腕だ。
私は嬉しさのあまり両腕を広げてハグ、と見せ掛けケイの右腋を狙うタックルを仕掛ける。
だが、ケイは右脚を深く引いて身体を後ろに翻し、私の身体は空を切った。
さすが
「その代わり、スメルはダメ」
「な、なんでっ!?」
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