不死のボク達、虚ろな躯体
1 臨時パートナー
使命から目を背けることは許されず、死を恐れることは言わば禁忌。
抗い続けることこそ、ボク達が真に生きている証し———
二人の素体が押し黙ったまま六人掛けの待機用ベンチに座っている。
真白でふわふわボブの小さな
エナメルブラックの基調色にイエローが階級色のスキャンスーツは練度が浅い初期兵だ。
ああ、懐かしいな、ボクも着たこの色のスーツ。
二人揃ってヘルメット型情報モジュールを膝の上に抱えている姿が可笑しい。
「やあ、ニレ。それと、キミがシエロ君だね」
ボクは二人が座るベンチに近寄ると声を掛けた。
ぼおっとして宙を見つめているニレ、そわそわと妙に落ち着かないシエロ。
彼も〈ジェネクト〉の
「あ、リト」
「は、はじめまして、RIT2521f088。ぼ、僕はSER3320m055……」
「ああん、堅いな。リトでいいよ」
強襲揚陸艦トラントサンク級、そのレストルーム。
ミッション開始前のボク達が待機する部屋で格納庫側の壁一面がほぼ窓。最大三十機の「ヒト型の戦闘機」ヴァリオギアを収容できる空間が一望できるようになっている。
その巨大な空間に十二機しか積まれていないのは、今回のミッションが護衛任務だからだ。
「あれ? ミル姉は?」
「ヴァリオギアがずっと不調でさ、ファクトリーから戻ってこないからお留守番」
座ったままのニレはボクを見上げて、綿帽子のような頭をこくりと傾げる。
「ふうん。久しぶりに、会えると思ったのに………」
「ニレによろしくってさ」
ボクの「特別」なパートナーで、
旧人類時間で半年前、初めての〈ジェネクト〉で「死に帰り」した彼女はリハビリを四ヶ月で終えたものの、新しいヴァリオギアに不良機体を引き当ててしまった。
その上、先日の
つい先日までニレは可変アロイ研究開発機関のVARDに預けられていたので、久しくミルと会っていないのだ。
「ミル、図書クラスタの中世階層に入り浸るってウキウキしてた。護衛任務はリハビリ明けに打って付けなのに……… そう言えば、シエロ君もリハビリ明けだよね?」
「えっ、まあ、その、そうです、ね………」
レストルームにはボク達の他にも数人の仲間達が待機している。
見渡すと皆fタイプの女の子で、今ここに居るmタイプの男の子はシエロただ一人。
照れ臭いのか、シエロは一向に視線をボクに向けない。
「ん? どうしたの?」
どうやら彼が視線を向けているのは、ボクが背にする壁や側のテーブルばかり。
ふと、ボクはあることに思い当たった。
ヴァリオギア搭乗時に着用するスキャンスーツは、神経接続の状態を監視するセンサーが編み込まれていて、ニューラルジェルが透過し易いよう薄いメッシュ状の特殊繊維で造られている。
保温性に乏しくレストパーカーを着た仲間も居るけれど、ボクを含めた殆どが皮膚のようにぴったりと貼り付いたオフホワイト/ペリウィンクルのスーツ一枚きり———
あ、と思った刹那、シエロは隣りのニレに声を掛ける。
「あ、あのっ……… ニレ、ちょっと外していい?」
「え、いいけど。なに?」
「ああいや、別に大したことじゃ、ないから」
僅かにシエロが前屈みになっていたのは気の所為だろうか。
彼はヘルメット型情報モジュールをベンチに置き、小走りでラバトリーへと向かう。
すると、シエロと入れ違いにラバトリーから現れた長身のfタイプがボクの側に並んだ。
そのfタイプはニレに視線を移すと、ニィと口角を吊り上げる。
甘いハスキー、少し鼻に掛かったメゾソプラノ。
「はぁーん、さては大きくなっちゃったかな。彼」
「大きく?」
「ふふっ、新人やリハビリ明けのmタイプにはよくあること。知らないfタイプがたくさん居るから刺激が強過ぎたんだろうね」
「うん?」
先よりもグッと深く小首を傾げるニレ。
え、え、えっと………
ニレの瞳の輝きが好奇心で増しているように見えなくもない。
もしかしてもしかして、それに触れてしまう?
これまでのボクは、任務慣れしたmタイプ達しか知らなかったから、知識として知っていても深く考えたことがなかったのである。
余計なことをニレに吹き込むとミルに怒られてしまう。
これは不味い、不味いかも。
いや待て、ニレは旧人類周期で確か十五歳。早い? 遅い?
ミルとニレの家族にmタイプは家族長しか居なかったはず。
そもそもニレは男の子をどのくらい知って………
「ああ、彼からしてみれば、裸同然のfタイプだらけだもん。要するに生殖………
「ちょっ、ちょっと待ってっ。ニレにはまだ……」
「えーっ、ダメなの?」
ボクがそのfタイプの言葉を遮ると、口角を吊り上げたまま不満げな声を上げる。
ニレは彼女からボクに視線を移すと、訝しげに口を開いた。
「リト、あの、この方。誰?」
シエロに気を取られて、すっかり紹介する機会を失っていた。
眉の上で綺麗に切り揃えた前髪、アッシュグレイのウェービィなセミロング。
ボクより拳一つ分ほど背が高くて、グラマラスな躯幹からは長い手脚が伸びている。
ニレとなら二十センチくらい違うだろう。
「あああ、ええっと紹介するよ。ボクと今回だけペアを組むSRY1969f044」
臨時パートナー専門で決まったパートナーを持たない一級兵徒。
オフホワイト/モーブのスーツは彼女のシルエットを偽ることがない上に、これ見よがしに胸元が大きく開けられている。
「ふふ、セリって呼んでね。よろしくおチビさん」
「わたし、チビじゃ、ないもの………」
ぷっとむくれるニレ、話題が変わって安堵するボク。
セリはぽってりとした上唇を舌で舐め上げると、得意げにその言葉を口にした。
「彼は知られたくなかったのよ、身体の変化を。あ・な・た・に」
えええ、ぶ、ぶり返すの………
ボクの動揺を知ってか知らずか、ニレは何かに思い当たって「あ」と小さな声を上げる。
「mタイプの生得的反応。パートナーが決まった時、ミル姉に教えてもらった」
「なぁんだ、知ってるんじゃない」
「気がついても、知らんぷりしなさいって。シエロが傷つくから」
ボク達はヒトゲノムから異星人のテクノロジーによって復活した「二番目の人類」。
人類文明の再興を使命とするため、クローン素体には旧人類との繋がりが多く残されている。
培養槽から生まれるボク達には必要がない生殖機能もそれにあたる。
旧人類達の歴史や文化、生活を学び、理解し、そして来るべき日に備えるためだ。
だけど、ボク達の生活サイクルの大半を費やす
と言うかミル、それボク聞いてないよ。
不満ながらも不敵な笑みを作るセリに対して、再びふわふわ頭を大きく傾げるニレ。
「でもシエロ、今まで一度も、なかったのに」
ニレ、そこは深く考えてはいけない。
————————————————————
ボクの正式名はRIT2521f088、呼び名はリト。
頭のアルファベットから四桁の数字までが個人識別コード。
残りは二百五十六通りあるクローン素体の基本タイプ。
決まったパートナーを持たない素体、SRY1969f044。呼び名はセリ。
彼女と出逢ったボクは、再び〈ジェネクト〉と向き合うことになった。
それはボクの「特別」なパートナー、ミルに繋がること。
ボクはまだ、受け入れられずにいたのだ。
***
クラウドスフィア軌道とレッドスフィア軌道のほぼ中間軌道に存在し、幅およそ三億キロメートルの広大なリング状小惑星群の中の一つ、AP016がボク達の目的地だ。
第二八〇航宙域に属するAP016は、直径およそ二百五十キロメートルと当該小惑星群では十三番目に大きく、明灰色の地表が特徴のM型小惑星である。
全質量の六割を占める鉄・ニッケルの他に金やプラチナ等の金属資源が多く含まれた小惑星で、ボク達は無人の採掘施設から資源搬出と施設整備に就く仲間達の護衛が主な任務。
巡回する採掘施設は全部で六箇所、A・Bルートの二手に分かれて六ペア十二機のヴァリオギアが交代で護衛にあたる。合計三セッションだ。
「ニレ、護衛任務はいつもと勝手が違うけど、気を抜いちゃダメだよ」
『もう、わたし、初めてじゃないのに』
ニレは投影視界に浮かぶ情報窓の中で、ぷっと頰を膨らます。
ボクにとっても妹同然の彼女、つい昔馴染みのよしみで揶揄ってしまう。
ニレは以前、〈ジェネクト〉に関わるある出来事が原因で感情の全てを失ってしまっていた。
それがVARDにお手伝いとして出向して以降、少しづつ元の彼女に戻りつつある。
ニレと同じくボクにも離れて暮らす姉が居て、VARDはその姉からの紹介だった。
ミルとは大違いのポンコツ姉貴、シズはどんなマジックを使ったのだろうか。
すると、セリの情報窓が唐突に開いた。
『リトお姉さんの中では、ニレは小さいままなのよね』
「え? あ、ちょっ………」
ブツッとニレの情報窓が閉じる。
「あぁ……… 怒っちゃった、ニレ」
『ふふっ、アタシもあんな妹が欲しいなあ、可愛いい』
「あ、うん………」
ボク自身も揶揄った後だったから、当然セリを非難できない。
とは言え、ニレが感情を露わにするのは喜ばしいこと。
今は己れに対して苦笑いするしかない。
『ああでも、最近この宙域で〈彼ら〉らしき反応が観測されているわ、微弱だけど』
「そうなの? 戦闘で紛失したランスガンや可変アロイの残骸でも同じ反応が出るらしいけど。ヘリオス3の危機予測も特に変わった様子はなかったし」
『ほとんどは多分それ。でもアタシの「勘」はそうは言ってないの』
ボク達「二番目の人類」にとって「勘」は合理的根拠として用いられないけれど、量子脳理論上ではある種の共感覚として否定はされていない。
真顔になったセリの言葉に、ボクは旧人類の古い慣用句で返す。
「それって「胸騒ぎ」するってこと?」
『うんそう。こう、ぶるんぶるんっと』
「えぇ………」
情報窓の中のセリは豊かな胸を両腕で寄せ、得意げに左右に振る。
閉口するボクに満足したのか、先の話に戻した。
『万一のためのアタシ達。完全な未来予測ができるなら、護衛は要らないわ』
本ミッションに護衛が必要なのは過去の
宇宙空間に於ける討伐ミッションは秒速数万メートルに及ぶ高速戦闘となるため、分断された〈彼ら〉の一部が逃げ果せることも決して珍しくはない。
『そろそろだわ』
ミッション開始のサインが投影視界に映し出される。
トラントサンク格納庫のメインゲートが開くと、橙色で逆台形型の資源搬送船六隻のうち二隻がAP016にゆっくりと降下する様子が見える。
ボク達は「ヒト型の戦闘機」ことヴァリオギアをゲート口から飛び降りるように発艦、先を往く資源搬送船に追従するように飛行進路を取る。
大気は存在せず、重力もごく僅か。降下という表現は正しくないかもしれない。
暗色の宙空に浮かぶ岩のような小惑星群、その隙間を埋めるように煌めく膨大な星々。
明灰色の地表が覆い尽くす大地、それがAP016の素顔だ。
偶然にも最初のセッションはボクとセリ、ニレとシエロのペアが担当になった。
その代わりニレ達はA、ボク達はBルート。
ニレ達と別れて目的地に近づくと、大地に穿たれた真円状の巨大な窪みが現れる。
直径はおよそ二キロに及び、深さは五十メートルほどだろう。
窪み中央に設置された六角形の天面を持つ建造物が採掘施設。その天面に資源搬送船が着船したのを見届けると、ボク達は採掘場の外縁付近にヴァリオギアを着地させた。
頭上にはトラントサンクから放たれた数機のリモートドローンが舞っている。
採掘場の半径五キロメートル範囲をスキャンして、過去の地形データとの差分から地中に潜伏している〈彼ら〉の可能性を探るためである。
装備武装の情報窓を立ち上げて、ランスガンの
ボクは背部ラックに背負ったランスガンの一本をヴァリオギアに構えさせた。
『そう言えば、なんでリトはランスガンを二本も持ってるの?』
不意に情報窓が立ち上がり、セリからの通信。
通常のヴァリオギアの装備ではランスガンは一本が通例だからだ。
「ああ、これ? ミルのランスガン。名前はキルケー」
〈彼ら〉こと
ミサイルや光学兵器などの一切の物理攻撃を無力化する絶対の盾。
それらを打ち破るべく開発された兵器、ヴァリオギア主要兵装がランスガンである。
絶対の盾と同じく時空歪曲現象を発生させて相殺するための兵器で、その主要構造材は討伐解体された時空災厄の断片から造られている。
〈彼ら〉が半知性体に分類されるのは帰巣本能に似た能力のみを有するため。稀に生物的な反応を見せるのはただの反射に過ぎない……… はずなのだけど。
『へえ、名前を付けてるんだ』
「ボクが付けたんじゃないよ。何故かボクに懐いていて、置いて行くと暴れるから」
まるで聞こえたかのように、キルケーは長い銃槍のストックをぶるんっと震わせた。
『あら可愛い。アタシのもたまに震えるけど、ここまでじゃない』
「え、そ、そう?」
ううむ、キルケーも可愛いのか………
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