6 One girl's battle

6〈エナ〉One girl's battle


 人の気配が全く感じられない薄暗い居住区のど真ん中、墜落後四時間が経過した。

 私はお喋りに疲れてタクの隣で横になっていた。そして思い出すのがケイのこと。

〈ジェネクト〉が起動していないので、私の生存はケイ達も把握しているはずである。

 まさか、あのケイが撃破されたとは考え難い。

 プレート型情報端末を開いたものの、相変わらずジャミングが酷くて戦況が拾えない。

 今居るこの場所は墜落してから何も変化は起きてないので、奪還作戦は終了し、ミューオン核ミサイルは着弾前に起爆させられているはず。

〈奈落〉の自律型無人兵器群が、あの後に全ての核ミサイルを撃破するなどあり得ないだろう。


 ケイはきっと私を心配している。

 でもそれは、専任槍士官ランスマスターのパートナーとしてだろうか。

 ケイの声、ケイの身体、ケイの匂いを思い出して切なくなった私。

 無意識に義肢の左脚に手を伸ばすが、タクにコネクタ弄りと誤解されるので引っ込めた。

 そして私はある気晴らしを思いつき、身体を起こして傍らのタクに声を掛ける。


「ねえ、タク。これ、どっちが可愛い?」

 私は情報端末をタクに向け、二人分の個人登録ホログラムを呼び出した。

〈髪がショートで、赤くない。むかしのエナ?……… って僕、捕虜だよね?〉

「いいから、どっち?」

〈赤くない方〉

「………」


 二つのホログラム、一方はもちろん私だが、もう一方はシズだ。

 撫で肩の華奢な身体付き、他の素体より少しだけ広がったおでこ。

 同じf071のクローン素体の特徴である。

 要するに、真っ赤に染めて伸ばした髪以外、私はシズと瓜二つなのだ。

 気を利かせて貰っても意味がない質問だが、一切の躊躇も見せなかったタクが腹立たしい。

 聞くんじゃなかった——— 私は小さな溜息を吐き、デザイン頭蓋骨に背を向けた。


〈エナ、なにを怒ってるの?〉

「知らない」

〈僕、なにか変こと言ったかな?〉

「もうっ、知・ら・な・い」


 と、その時。

 低く鈍い重低音の断続が今、私が身体を横にしている地を震わせる。

 そして、巨大な質量を伴う硬質な物体同士が打ち合う音。

 その轟音はまるで、旧人類の地上世界で起こる現象「雷鳴」のよう。


〈ああ、やっとか。随分遅かったな〉

「な、なに? タク?」


 タクは電子の視線を遠い虚空に向け、ぼそりと呟く。


〈エナ。実は「囮」は僕だけじゃなかったんだ〉


 私は身体を起こし、タクの方を見る。

 タクは私に視線を移し、ゆっくりと言葉を続けた。


〈宇宙港に隠していた僕達の大型航宙艦、その超重力制御装置を君達の侵撃に併せて暴走オーバーロードさせていたんだ〉

「えっ、それってつまり?」

超空間接続ハイパーコネクティヴ現象を強引に引き伸ばして、時空断裂状態を約三秒作る〉

「ま、まさか………」


 それが一体何を意味するのか、察した私は言葉を失う。

 タクの顔には無論表情は見えない。


〈そう、そのまさか。たった三秒じゃレベル2にも届かないけど、時空災厄アウターコンティニュームにも暴れ回ってもらう予定だったのさ〉

「はああああああああっっっ、な、な、な、なんでそんなことっ!」


 人類、そして大銀河にとって忌まわしき存在、時空災厄を自らの意思呼び込む——— 私達の常識を遥かに超える彼ら〈奈落〉の所業には驚愕するしかない。

 私はデザイン頭蓋骨のタクを小脇に抱え、屈んだオンズの背中に駆け上がる。そしてプレート型情報端末を双眼鏡モードに切り替え、目の前にかざした。


 恐らく五キロほど先だろうか。居住区の大地を突き抜け、一対の蛇のように巨大な胴体をくねらせる〈彼ら〉時空災厄の姿が見える。

 私達の時空で実体化したばかり、体表面は半透明の乳白色。随所に蒸気のような煙を吹いていて、時空災厄の特徴である青白い発光も弱々しい。

 だが、全長は見えている範囲だけでも二百メートルを超えているだろう。

 チューブ状の巨大な胴体を振り回す度、周囲の建造物が次々となぎ倒されていく。

 普段相手にしている個体に比べれば質量は遥かに小さいが、居住区の比較物があるためにそれでも巨大に見える。

 タクは心なし声質を下げ、精一杯申し訳なさそうに呟いた。


〈ごめん、エナ。せっかく打ち解けたのに〉

「ああんもうっ! 暫く黙っててっ!」


 私はバックパックの中身を全てぶち撒けて空にし、タクをその中に詰め込む。

 そして再びヴァリオギア・オンズのエアロックを開けた。

 フラックコートを脱ぎ捨てて、ヘルメット型情報モジュールを被り直す。

 演算思考体の通信アシストが受けられない今なら、スキャンスーツは着なくても問題はない。下着姿にヘルメットは珍妙と言う他ないが、今はそれどころではないのだ。

 コクピットを満たしているニューラルジェルに、頭の天辺までどっぷりと浸かる。タクのケーブルは外せないのでバックパックも一緒だ。



 ヴン……… と小さな音を立て、目の前一面を覆うホログラムの投影視界。

 吸入音に似た小さな音が途切れると同時に、ヴァリオギアの可変アロイが目を醒ます。

 ポポポポッと軽い電子音に併せ、投影視界に次々と現れる情報窓は現在のオンズの状況、そして被弾した超重力制御装置Gトロニックのアラートだ。

 私は背面の重力制御の翼を全てパージし、オンズを脚で立ち上がらせた。


 急を要さない情報窓を閉じ、現在の装備状況を表示する情報窓を探す。

 プラズマガンは時空災厄には効かない。ランスガンの超重力圧縮弾グラヴィトンは対〈奈落〉戦を想定していたため予備弾倉がなく、銃槍本体に装填された八発しかない。

 時空災厄は、この広い居住区域に存在する私とタクを必ず探知するだろう。

 逃げ隠れてやり過ごす選択肢はないのである。


 一人でやれる?……… と私は奥歯を噛み締める。


 生物で言えば目前の時空災厄は産まれたての「幼体」である。

 体組成が安定せず、まだ時空歪曲防壁Dフラクチャーが張れない今なら大した脅威ではない。だが、こちらも装備が乏しく超重力制御装置もないのだ。

 考えても仕方がない。私は遮蔽物を探しながらヴァリオギア・オンズを走らせる。

 ヴァリオギアの主要構造材である可変アロイは、単なるアクチュエーターの代替物ではない。形状可変による伸縮が生む強大なトルクは、力強く「ヒト型の戦闘機」の巨躯を押し出した。


 私の存在に気付いた時空災厄は、その二本の胴体のうち一方を振り向ける。

 轟音と共に居住区を破壊しながら突き進む巨大な〈彼ら〉。

 建造物は主に樹脂構造材で造られているが、二百年の時間が生んだ埃を濛々と吹き上げる。


 よく「蛇」に例えられる時空災厄だが、真正面から見た〈彼ら〉に口らしきものはない。

 先端に黒々と見えるのは、ぽっかりと真円に空いた穴だ。

 内側は掘削機のように奥に向いた鋭い「歯」がびっしりと並び、飲み込まれてしまえばヴァリオギアとて一溜まりもない。


 今、目の当たりにしている〈彼ら〉の径は十メートルぐらいだろうか。

 私は急接近する時空災厄の「頭」を躱し、私はオンズを上方へ高く跳躍させる。

 その禍々しい乳白色の胴体に向け、超重力圧縮弾一発目のトリガーを引く。

 バツンッ——— 瞬時にして一定範囲の空間を超重力で圧縮。

 対時空災厄用兵器が、先端からおよそ五十メートル辺りで〈彼ら〉を切断した。


「よしっ、行けるわ」


 オンズを着地させ、また〈彼ら〉が出現した根元に向けて駆けさせる。

 航宙要塞居住区の1G重力を受け、オンズは今までに聞いたことがない軋み音を上げる。また、想像以上に慣性力による姿勢変化が大きい。

 時空災厄は分断されると状態把握のため、一定時間だけ動きが止まる。だが、相対する〈彼ら〉は質量が大きくないため、停止時間は一瞬で終わった。


「ちっ」


 私の舌打ちと同時に放たれたのは、〈彼ら〉の遠隔攻撃手段、攻性プローブだ。

 長く鋭く伸びる触手が、まるで鞭のように私の機体に襲いかかる。

 私はオンズを側転させるかのように、横っ飛びで跳躍。

 無数の攻性プローブの矢を躱し、二発目の超重力圧縮弾を発砲する。

 周囲を照らすマズルフラッシュ、と同時に再び時空災厄の身体を引き千切った。

 そしてさらに跳躍、三発目、四発目と二本目の〈彼ら〉に超重力圧縮弾を命中させ、少しづつ時空災厄を切断して胴体を短くしていく。


 時空連続体外存在、アウターコンティニューム。又の名を時空災厄は自らより大質量の存在には抵抗しない。その特性は〈彼ら〉自身の行動目的に由来する。

 それは私達の時空の外の存在が、時空断層から内側に漏れ入って実体化したもの。

 元居た時空に戻ること叶わず、やむ得ず私達の時空で逸れてしまった〈彼ら〉の本体、主人あるじの代わりを探しているのだ。

 だが〈彼ら〉の意思疎通コミュニケーション手段は摂取融合、つまり「相手を食べる」しかなく、結果として大銀河全体の脅威となっている。

 私達「二番目の人類」に課された使命が、時空災厄の解体にあるのはそのためだ。


 機体の後ろを映す情報窓には、本体から切り離された時空災厄の断片が映っている。

 無秩序に跳ね回ることしかできなくなった〈彼ら〉は、もはや脅威ではない。


 取り敢えずブツ切りにすれば、時間稼ぎになるはず………


 私は住宅らしき建造物を足場に、四度目の跳躍をして五発目の超重力圧縮弾を放つ。

 だが、目の前の〈彼ら〉は急激に姿が揺らぎ始め、五発目のそれは着弾せずに他方へ逸れた。

 私達の時空に適応が進み、時空歪曲防壁の生成が可能になったのだ。

 ぬらりと発光する乳白色の体表が、根元から徐々に青い光に染まっていく。


「ああんっ、ラッキーステージはもう終わりっ?!」


〈彼ら〉が時空歪曲防壁を張れるようになった以上、接近して超重力収束点を探し、ランスガンで防壁破りをしなければ超重力圧縮弾は届かない。

 私はオンズを着地させ前転、態勢を立て直すと再び攻勢プローブの雨が後を追う。

 後方に跳躍して距離を取ると、先に着地した大地を突き破り、三本目の〈彼ら〉が現れた。


 これは不味い………


 そう思った瞬間、一本の攻性プローブがヴァリオギア・オンズの右脚を切断した。

 着地の姿勢を崩し、転倒して建造物を押し潰す機体。大音量の崩壊音。

 遠くに飛ばされ、二回三回とバウンドするランスガン。

 両腕を使ってオンズの上体を起こすと、更に四本目の〈彼ら〉が現れる。

 まるで意思を持つかのように禍々しく生える攻性プローブ、その一部が私に向く。


 ここまで、か。


 ふと、私は自身の左脚を失ったミッションを思い出した。

 一級兵徒時代、当時から腕に自信があった私はスタンドプレーが過ぎ、今と同じようにヴァリオギアを大破させ戦闘継続が困難になった。

 そして、二撃目の喰らう寸前の私を救ったのが、同じく一級兵徒時代のケイだったのである。

 私達は過酷な使命に対して、〈ジェネクト〉の他にも様々な救済処置が用意されている。つまり、戦闘不能に陥った僚機は見捨てるのが通例なのだ。

 以来、私がケイに特別な想いを寄せているのも、〈ジェネクト〉未経験に強い拘りを持っているのも、実はその出来事に起因している。

 過去にケイが似た状況でシズを救ったと知ったのは、同時期に槍士兵徒ランサラーに昇格した私と彼女がパートナーシップを結び、例のマスクの経緯を尋ねた時のこと。

 ケイは私にシズを重ねている。奇しくも素体もf071と同じ。

 それ以外、一体どんな理由があると言うのか。


 はあ、とヘルメット型情報モジュールの中で溜息を吐く。


 ああ、とうとう私も〈ジェネクト〉か………


 何故、ケイが無理にでもシズや私を救おうと思ったのか。

 未だその理由を尋ねていない。


 いや待て。

 私がここで死ねば、その理由を尋ねる私は本当に私なのか。

 ソルやタクが口にする「個人の連続性」とは………


 一瞬の回想に浸ったその時、オンズの肩部に硬い金属音同士が打ち合う音。

 動くはずがない投影視界の映像が、勢い良く上下にブレる。

 機体が転倒した、先まで私が居た場所に突き刺さる幾本もの攻性プローブ。

 そして、外部から微かに聞こえるパルス矩形の重低音。


 え?……… オンズが後ろに引き摺られている?


『遅くなってすまなかったね、エナ』


 情報モジュールが伝える音声の主——— ソルだ。

 そして、私と時空災厄の間に割って入るケイの黒いヴァリオギア・オンズ。

 投影視界の上方を向くと、そこには宇宙港で見たナイフのような美しい機体。

 ソルのタイタニアム7が私の機体にワイヤーアンカーを繋ぎ、後方に牽引しているのである。

 続いてもう一機、リオルのヴァリオギアも加勢に入った。

 時空歪曲防壁が破られ、超重力圧縮弾の集中砲火により瞬く間に解体されていく〈彼ら〉。次々と切り離されたブツ切りの断片が、無人の居住区に転がっていく。

 専任槍士官エース級の二人の前では一溜まりもないだろう。


「え、え? ど、どうしてソル?」

『道案内だよ、我々の地図は大して役に立たないからね』


 そして、私が一番待ち侘びた声。

 投影視界に映る個別識別コード、KEI9218f087。


『エナ、ここはボク達に任せて』


「ケイっ!」

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