5 転写端末タク
5〈エナ〉転写端末タク
地上激突寸前にどうにか敵機動兵器を引き剥がし、オンズを居住区の大通りに不時着。勢いで機体は大きく転倒、背面の
敵機動兵器は地上に頭部から叩き付けられ、粉々に爆散した。
爆炎が僅かな時間しか上がらなかったのは、主要構造材が同じ可変アロイと思しく、敵機動兵器はやはり彼らのヴァリオギア相当のもののようだ。
はぁ。と嘆息する私。
冷静に状況把握に勤めようにも、ジャミングが酷くて一向に通信が届かない。
そのため、今居る場所がレッドスフィア航宙要塞のどこなのか、さっぱり分からない。
奪還作戦が失敗しているとは考え難い。
居住区に降りても相変わらず生体センサーに反応がない。
私は薄暗いゴーストタウンの真ん中で、来ないかもしれない救援を待つしかない。
やむを得ずヴァリオギア・オンズを敵機動兵器の残骸近くまで歩かせ、停止した場所で私自身が居住区に降り立つ準備を始める。
エアロック内側に取り付けられたセーフシェルを開き、中から必要な物を取り出す。
プレート型情報端末、濃灰色のフラックコートにハードブーツ、サバイバルキットが入ったバックパック。そしてマグネシウム燃焼弾を装填した電磁コイル式ニードルガン。
薄いメッシュ状のスキャンスーツは衣類として役に立たない。ニューラルジェル塗れのまま歩き回るのは気持ち悪いので思い切って脱いだ。
フラックコートは耐熱・防弾仕様のため分厚く、重いことを除けば不安はない。
「んあああああああああんっ! シズのぶぁかああああああっ!」
薄暗い大通りのど真ん中、私は意味もなく叫んでみた。
「いくら叫んでもほんっとに誰も居ない………(くすん)」
悲観していても仕方がない。一先ず敵機動兵器の情報収集と己れを奮い立たせる。
まだ煙が燻る残骸が散らばる中、ニードルガン片手に敵機動兵器だったものの調査を開始した。
しばらく歩き回っていると、コートのポケットの中の情報端末に小さな反応があった。
生体センサーを兼ねた簡易の自動索敵機能。確認すると、消え入りそうな微弱な反応。
パイロット?——— だが、仮にそうだったとしても、クロームボディだった敵機は五体満足で居られるような損壊具合ではない。
私はニードルガンのセーフティーを外し、残骸の一つ一つを丹念に観察する。
すると、アンドロイドのものらしき頭部を発見した。
頭部には脊椎のようなフレームの一部が首の下に残っているだけ。ボディらしき残骸は他と区別が付かない。頭部表面には人工皮膚の痕跡はあるものの、殆どが焼け落ちている。
情報端末を向けると、反応はこの頭部からだ。
「えっ、これ?」
頭部を抱えてオンズの脚元まで運び、ニードルガンをハンドライトに持ち替える。
よくよく観察すると後頭部にメンテナンスカバーらしき蓋を発見した。
携帯ナイフを使ってカバーをこじ開けると、見覚えがあるバスコネクタが見える。
私はフラックコートを脱いで露わになった左脚大腿部、半透明の義肢をナイフで切り開き、中から緊急充電用のシリアルバスケーブルを取り出した。
比べると、先端のコネクタ形状がよく似ている。
「もしかして、これバッテリー?」
一か八かのギャンブル(旧人類の娯楽だ)。最悪の場合、私の義肢が壊れるだけ。
一抹の不安が残るものの、アンドロイドらしき後頭部のコネクタにケーブルを差し込んだ。
バチッと一瞬のショート、焦げ臭い匂い。
そして、頭部内部から微かにポンプらしきモーターの駆動音。
ヴ………ヴヴ………ヴ………
その頭部は決して気持ちの良い見映えではない。
量産を前提にデザインされた頭蓋骨——— だが、私には何故か耐性があった。
理由は一つしかないが。
〈ヴ………ヴォ、ぼ、ぼく、僕………〉
頭部が発する音声はノイズが僅かに混じるが、次第に発音が確かなものに変わり始める。
バックパックを枕代りにして頭部を寝かせ、その直ぐ側に私も座る。
孤独から解放される予感、私は少しだけ心が弾んだ。
「ねえ、ねえ君。私の声、聞こえる?」
〈……… ぼ、僕は機能、停止して、いない。何故?〉
聞こえるのは、子どものようなキーが高い声。
クククッ、キュィーッと小さな音。
機械の瞳、電子眼のモーターが駆動を始め、私に視線を向ける。
〈君、君は、だ、れ?〉
「私はENA2610f071、エナってみんな呼んでる」
〈僕、は、タク……… タク・ヨシムラ、第二情報砲兵、の、
「ええと、私は君、タクをホゴ……… ああ違う、ホゾン? ホカク?」
〈もし、かして、捕虜?〉
「ああ、ホリョ、それそれ。「捕虜」にしたの」
〈捕虜………〉
開いたり閉じたり、カクカクと動くデザイン頭蓋骨の下顎。
タク・ヨシムラに表情は見えないが、声の調子で混乱していることが分かる。
「バスコネクタの形状が私達のそれと似ていたから、無理やり接続してみたの」
〈ああ、思考が安定、しないのは、その所為か………〉
「やっぱり根っこが同じだから、テクノロジーの規格も大体同じなのね」
〈……… もしかして君、エナはクラウドスフィアの人類?〉
「うん、そう。クラウドスフィアの「二番目の人類」。調子が良くなってきた」
タクの反応は次第にスムーズになり、思わず私は嬉しくなった。だが、
〈大銀河文明連帯の「犬」?〉
「いっ、いぬうううううううううっっっ!? なんでこの私が「犬」なのっ!」
タクの不躾な言動にカッとなって、ついタクの頭部を平手で張ってしまう。
私の理不尽な怒りに、タクは困惑の声を上げた。
〈ええっ、な、なんで、急に怒るの………?〉
「もうっ、ムカつくっ! 今度言ったらバスコネクタを抜き差ししちゃうぞ?」
私はバスコネクタを固定するクリップを摘み、カチカチと鳴らす。
大口を開けるデザイン頭蓋骨、タクは悲鳴を上げた。
〈うわあああっ、ブツブツ思考が途切れるっ、気持ち悪いっ、それはやめてっ!〉
・・・
ふう、と一息を吐き、気が済んだ私は改めてタクに問う。
「ああ、でも「捕虜」って何をすればいいの?」
〈そういうこと、僕に聞くの?〉
あんぐりと大口を開けるデザイン頭蓋骨。
「だって、今まで戦う相手はずっと時空災厄だけだったし、私達の願いは人類文明の再興だけ。タク達は無人兵器と聞いていたし、二百年前の出来事とか実はよく分からないの」
〈え………… 〉
「ねえ、退屈だから救援を待つ間はお話ししよ? タクの方が早いかもしれないけれど」
ククククッ………ココココッ…………ヴヴッ
頭部の中から小さな作動音が漏れる。しばらく鳴ると途絶えた。
〈ああ、量子通信装置が壊れて演算思考体***との接続が完全に途切れている。培養脳が壊死するのも時間の問題か………〉
タクは小さく独り言を呟き、私はそれを聞き逃した。
「ん、どうしたの?」
〈あ……… いや、なんでもない。僕に救援は来ないよ、そのための転写端末なんだから〉
「その転写端末ってなに?」
〈僕はタク・ヨシムラの記憶を培養脳に転写したヒト型自律行動端末〉
「よく分からないわ。見てくれはアンドロイドだけど、違うの?」
困惑する私をタクは機械の瞳で静かに見詰める。
その時に気付いたが、タクの電子眼はサイズも色もケイの義眼とほぼ同じ。
私の警戒心が早々と解かれてしまったのは、その所為かもしれない。
〈培養脳以外はアンドロイドだけどね。言わば僕は拡張されたタク・ヨシムラ〉
「じゃあ、タクの中身は人工知能とかじゃなくってその………」
〈僕はオリジナルの代わりにOCDMを使うために作られた兵士。培養脳さえあればいくらでも作れる。その代わり、一回出撃したら「使い捨て」なんだけど〉
「え……… それって、酷くない?」
私が怪訝そうな顔を作ると、タクは直ぐさま言葉を言い換える。
〈そうは言ってもエナ達の〈ジェネクト〉と順序が逆なだけ。君達はオリジナルの複製を作って万一に備える。僕達はオリジナルの複製を作って戦わせる〉
人工知能にこのような心の機微はない。タクの中身は間違いなく人間なのだろう。
だが、私が次の言葉を口にできないのは、話の意味を掴みかねているからだ。
「…………」
〈その様子だと〈ジェネクト〉のこと、よく知らないんだね〉
「え?」
一瞬、タクは瞼がない機械の瞳をスッと細めたように見えた。
そして、首を傾げる私を尻目に話題の向きを変える。
〈クローン素体を〈記憶〉の容れ物にして「不死人類」を作り上げるのが君達の〈ジェネクト〉。その仕組みに反発したのが僕達さ〉
「どうして〈ジェネクト〉がダメなの? 大事な備えなのに」
〈やっぱり教られていないか。〈ジェネクト〉の基幹システムを司る演算思考体ヘリオス1に人類が直接介入できないことは?〉
「グランヘリオスのこと? 演算思考体は大銀河文明連帯のテクノロジーで私達「二番目の人類」を導く羅針盤。確かに私達が直接触れることは禁じられているけど」
タクは呼吸をしないが、それでも一呼吸間を置いた。
〈そうだろうね。常に〈記憶〉のバックアップを録ると言うことは、君達が見て聞いて感じること全てが大銀河文明連帯には筒抜けなんだよ、今ここでしている会話も〉
「えっ、そんなの考えたことなかった。じゃあ………」
驚く私に構わず、デザイン頭蓋骨は淡々と言葉を続ける。
もはや発話に違和感は微塵もない。
〈とは言っても、連中は君達の全てに関心がある訳じゃない。君達だって大銀河文明連帯を困らない範囲で理解できれば、詳細は取り敢えず要らないだろう?〉
「ん……… ?」
〈例えばそうだね、昨日は何を食べたとか、誰が好きで誰が嫌いとか〉
「ああ、確かにそれはそうだけど………」
〈要するに〈ジェネクト〉は大銀河文明連帯の「首輪」。だから僕達は君達クラウドスフィアの人類を「犬」呼ばわりし……… あああ、待って、バスコネクタの抜き差ししないでっ!〉
私がバスコネクタに手を伸ばしたのが見えていたらしい。
〈もしかして、楽しんでる?〉
「そんなことないわ。ふふっ」
〈ええっと何の話だったかな……… そうだ、だから彼ら大銀河文明連帯にとって「二番目の人類」は都合のいい「兵器」に過ぎないんだよ〉
「でもだって、彼らは人類再興の手助けをしてくれているわ」
反論する私に対して、タクはほんの少しだけ語気を強める。
〈じゃあ一体いつまで
「それは、つまりそういう約束だから………」
タクはその言葉を何の躊躇いもなく口にした。
〈〈意識〉は大脳皮質に依存するから「個人の連続性」が担保されない。「偽りの不死」でも?〉
また「個人の連続性」………
実はこの時、私はその言葉の意味をまだ理解できてなかった。
考えあぐねて沈黙する私を見兼ねるタク。
〈ところで、僕も一つ聞きたいのだけど〉
「なに?」
〈クラウドスフィアの人類は、皆そんな格好をしているの?〉
今は脱いだフラックコートを肩に羽織っているだけ。
スキャンスーツはその用途上、下には専用の小さな下着しか着けない。
つまり、私は割りと霰もない姿でタクの傍らに座っている。胡座で。
「ん、何か変? 今は私達以外に居ないし、楽な格好はタク的にはダメなの?」
〈あの、もしかして君達は女の子、fタイプしか居ないの?〉
「うん? 普通に居るわ、男の子。mタイプはエネルギー効率が悪いから少ないけど」
ヴヴヴヴ……… と鈍い音。
タクは何か逡巡した後、次の言葉を口にした。
〈あの、一応、僕は実はその、こんなだけど、mタイプ………〉
「なっ……… えええええっっっ、タクは女の子じゃないのっ? 名前だって二文字だしっ!」
こう見えても私は家族とパートナーの前ぐらいしか下着姿になったことがなく、ましてやmタイプに見せる機会も見られたこともない。※忌々しい犬ロボット除く
慌ててタクに背を向けてコートの前を閉じる私。
デザイン頭蓋骨はカタカタと下顎を鳴らし、しどろもどろな言い訳を始める。
〈いやあの、僕達は二百年前に個人識別コードを捨てたんだよ、名前は旧人類の記録からそれぞれ頂いて。で、でも性別まで捨てた訳ではなくって、その………〉
「んもうっ、早く言ってよねっ、えいえいえいっ!」カチカチカチ。
〈ええっ、そんなの分からないよっ、あああっ、だから抜き差しはやめてってばっ!〉
旧人類の生活文化で言う性癖、私はサディストの素質があるようだ。
何故、こんなに心が弾むんだろう?
うきうき。
・・・
〈時空災厄は有機生命体が持つ運動系の神経細胞をスキャンして知的レベルを測る。僕達は未来に備えて一時的に肉体を棄て、全ての記憶とゲノム情報を演算思考体に移した。だから〈彼ら〉に攻撃されない。培養脳の僕達「転写端末」は必要な時だけ起こされる………〉
〈だからここは「もぬけの殻」じゃなくて、僕達はちゃんと「居た」のさ〉
「ん? 「居た」って過去形?」
〈僕達はクラウドスフィアの人類がいつか大規模飽和攻撃に打って出ることを予測していたんだよ。実は僕達の本体はある目的のために既に移動していて、僕はその「囮」なのさ。要するにレッドスフィア航宙要塞は今日から「もぬけの殻」〉
「ある目的って?……… それってもしかして、アクオスフィアに関係あること?」
タクの頭部はヴヴッと短く振動してしばらく押し黙った。
〈……… ごめん、その話はプロテクトが掛かってる〉
「気前よく話してくれるから期待したのに」
〈実は僕もどこまでプロテクトが掛かっているか知らないんだ。だから試しながら話してる〉
「もしかして、それって痛いの?」
〈培養脳にプログラムの遮断は効かないから痛覚刺激。少し思考が飛ぶぐらいかな〉
恐らく鈍器でぶん殴られた感覚に近いのだろう。ごめんね、タク。
どの口がそれを言う、とは自分でも思う。
〈皮肉にも僕達も君達と同じ仕組みにならざるを得なかった。それを決断したのが二百年前。全てを移し終えるのに八十年ほど掛かったけどね〉
「じゃあタクのオリジナル達は二百年前からずっと戦い続けているの?」
〈そう、僕達はそれが普通。眠っている方がずっと長いけど〉
「ということは、タクもソルと同じくらいか………」
ソルを思い出した私の独り言に、タクは意外な様子で反応した。
〈ソル?……… そうか、あの「赤い死神」はまだ生きているのか〉
「ソルを知っているの?」
〈直接の面識はないよ。だけど、当時たった十数人の私兵で僕達八千人の包囲網を潜り抜けたんだ。「赤い死神」のあだ名は彼女のキルレシオがズバ抜けていたから〉
「
〈忘れちゃいけないけど、敵同士だからね、僕達〉
しばらくの沈黙の後、私はもう一つタクに尋ねた。
「ねえタク、「使い捨て」は嫌じゃないの?」
〈転写端末として覚醒しても、オリジナルのタクと常に共有状態だったから僕はタクの一部でしかなかった。それが量子通信装置が壊れて初めて別々の存在になったんだよ〉
「だから?」
〈エナと同じ、考えたこともなかった〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます