不死のボク達、兆しの試練
1 私とケイ
私達はヒトゲノムからサルベージされた「
銀河全体を脅かす巨大な半知性体群、
時空災厄こと〈彼ら〉は、体長が数千メートルから数十キロにも及び、知性体としてはあまりにも大きく、また発生の根源を断つことが不可能なため「災厄」と呼ばれている。
私達は過酷な使命と向き合うため、自らを「不死」に改変した。
バックアップ記憶とクローン素体を用いた〈ジェネクト〉と呼ばれる仕組みを利用して。
ENA2610f071は私の正式登録名、呼び名は「エナ」。
頭のアルファベットから四桁の数字までが個人識別コード。
残りは二百五十六通りのクローン素体の基本タイプ。
「オペレーション・バーニングアロー」。
私は「二番目の人類」の過去の住処、レッドスフィア航宙要塞の奪還作戦に参加した。
前世代クローンのソルと出会い、大切なパートナーのケイと共に。
ちなみに、皆は私のことを短気だのせっかちだのと言うが、それは大きな誤解である。
私からすれば、皆がのんびり過ぎるのだ。
だれ? 面倒くさい
————————————————————
1〈エナ〉私とケイ
「そんな大事なこと、どうして私に相談もなしに決めるのっ!?」
それは私とケイが軽く食事をしている最中でのこと。
クラウドスフィア航宙要塞の中枢、総合司令センター階上のブラッセリー。
オフホワイトで統一された司令センターは大劇場のようなレイアウトで、およそ十メートルほどの高い天井に設けられた吊り下げ型のフロアがそれである。
格子状の柵を隔ててセンター全体を見渡せるようになっている。
私達はフロア中央のカウンター席に座っていて、私のポジションは常にケイの右側。
目の前には円筒型ボディに小洒落たタイを付けた給仕ロボット、振り向くとボックス席に先に食事に来ていた同じ
私達「二番目の人類」の指導者、デュカ・ブレインズ審議総長から私的なお願い——— 総長の古い友人で前世代のクローン、ソル作戦顧問の付き添いの依頼。
つまり、奪還作戦の終了まで老人の補助をせよ、とのこと。
私は突然の話に思わず不満の声を上げてしまう。
私の反応を予想していたのだろう、彼女は「やっぱり」と嘆息する。
「ええと、例の作戦はツーマンセルじゃないし、それにソルは元総長補佐官だよ?」
ケイは私の顔色を伺いつつ、おずおずと言葉を選ぶ。
顔の右側2/3を覆う半透明の樹脂マスクと冷たい電子制御の義眼を私に向ける。
だが、左側の顔は眉尻を大きく下げ、困惑の色を隠せないでいた。
「だからってケイこそ、専任槍士官のエースって自覚はあるの?」
私は声を荒げてケイに詰問する。
彼女は慌てて後ろのリオル達を確認し、その言葉を否定した。
「いや待って、ボクは射撃スコアがトップなだけ、エースなら後ろのリオルこそ相応しいよ。近接戦闘ならキミの方が上手だし………」
ケイはミッドグレイのくるくる巻き毛を振り乱し、必死に私に訴える。
私より頭一つ高い身長とグロテスクなマスクが特徴の彼女。
だが、それらが作る印象とは裏腹におっとり穏やかなfタイプ、それがケイである。
時折その優柔不断さに苛立ちを覚えることもあるが、彼女の澄んだソプラノとふんわり柔らかで豊かなバスト、仄かに香る甘い匂いが密かに私を虜にしている。
ああ、これは内緒だ。
「ケイは例のミッションで中心となるべき存在なのに、なんで足手纏いの老人の面倒を見なくちゃいけないのか分からない。別に他の兵徒でもいいじゃないっ」
私は座わったまま激しく地団駄を踏み、テーブルの上のグラスがカタカタと左へ移動する。
ケイはそれを電子の眼で追いながらも、訥々と渋い申し開きを続ける。
「だって、あのデュカ審議総長に「大切な人だから」とお願いされたんだよ? それにその、ボクと一緒ならソルは自分の姿を卑下しないだろうって………」
「はああああああああああっ!? な、な、なにそれええええええっ!」
司令センター全体に響き渡る私の怒声、「しまった」という表情を作るケイ。
階下で働く職員達の騒めきが一瞬だけ途絶えた。
「あり得ない、あり得なさ過ぎるわっ、どうしてケイは怒らないのっ!」
「それはその、やっぱり、審議総長だから………」
私の怒気に気圧されて、すっかり小さくなったケイ。
だが、彼女の言うこともある部分ではやむを得ない。
異星人の共同体、大銀河文明連帯と交渉し、私達を復活させた
その名が示す通り旧人類の希少な生き残り、デュカ・ブレインズ審議総長。
「二番目の人類」の指導者で生みの親。つまり総長の存在は私達の中では絶対なのである。
総長は
私のことを考えず、つい安請け合いしたケイにやり場のない怒りをぶつけたいだけなのだ。
「はぁ————」
私は長めの溜息を吐いた。
困ったケイの顔も悪くないが、彼女との空気をいつまでも悪くする訳にもいかない。
私は怒りを鎮めるために深呼吸をし、気分直しを思いつく。
彼女の性格を利用して。
「もうっ、ここの支払いはケイのポイントで」
「仕方ないなあ」
「じゃあ、来週のミーティング資料はケイが用意して」
「いいよ」
「新しい
「分かった」
「あとひとつ、今度こそケイは私と一緒に暮らして」
「あ、それはダメ」
「なっ、なぁあああああんでぇええええええっ!?」
再び絶叫する私、再び静まる階下。
彼女は「私のターン」と言わんばかりに次の言葉を告げる。
「エナは朝が凄く弱いし、それはボクも同じ。二人揃ってお寝坊は何としてでも避けたい」
ケイの自身に対する言葉はもちろん謙遜、彼女は朝が苦手な程度である。
と言うより、私はそれに触れられると返す言葉がない。
「今まで通り、時々泊まればいいじゃない。それじゃダメなの?」
「だって………」
ケイは独りで暮らしているが、私はまだ
私は朝が特に苦手なのはケイの言う通りで、家族長のライルとスイが誰かとの同棲でないと家族を出ることを中々認めてくれないのだ。
ファミリアこと「家族」——— クローン培養槽から生まれた0歳児の私達を養育し、基本的な社会規範を教育する「二番目の人類」の社会制度。
旧人類の最小社会構成単位「家族」に倣った保育制度で、血縁に由来するものはではない。
兵徒任務を引退後に専業職として選択可能な職業の一つが「保育士官/家族長」であり、二人の保育士官が組んで四人から六人の私達を育てる。
ちなみにケイが私とパートナーシップを結ぶ前、前任で二番目のパートナーはこの保育士官を選んで兵徒任務を引退した。私にとって曰くのあるシズはケイの最初のパートナー。
ケイとシズはお互いの家族が隣り同士で、私には遠く及ばない長い付き合いがある。
決して口に出さないが、シズと関係を解消した後もケイはずっと彼女に拘っている。
確かにケイは生真面目が服を着て歩いているような女の子だが、朝の弱さは口実だろう。
ああもう、悔しいったらない。
「じゃあケイ、両手を上に挙げて。ほらバンザイ」
「え、こう?」
ケイは訝しげな顔をしながら両手を上に挙げる。
一度は素直に聞いてしまうのが彼女の良いところでもあり、悪いところだ。
私は両腕をケイの胸下と背中に速やかに回し、がっつり交差して腕同士をロック。
空いた彼女の右腋の下に私の鼻先を力一杯押し当てた。
そして、思い切り鼻で深く呼吸する———
「ええっ、エナなにっ、ちょ、ちょっと待ってっ!」
鼻腔をくすぐるのはケイの
香しきケイのそれが私の肺に満ちる。
ああ、うっとり。
「ああ…… ケイのスメル……」
「す、ス、スメルってっ!? エナ、みんな見てるし、恥ずかしいよっ!」
「スメルが嫌なら、フレグランス……」
すうーっと二度目の深呼吸。
そして、私の右腕の上に載っているケイの大きな胸。
視界には入らないが、彼女が身を捩る度にサイズ相応の質量が揺れているのが分かる。
こう、ゆっさゆっさと。
「えええっ、リオル、ヨリ、笑ってないで助けてっ!」
彼女は悲痛な声を上げ、後ろに座る二人に助けを求める。
キュキュッ、クククッ……… とケイの義眼が戸惑いの駆動音を上げている。
だが、この抗いようがない至福に包まれた私には何者も無力だ。
ああ、私は一体何を言ってるんだろう。
「Let sleeping dogs lie. 旧人類の諺だそうだ」
「ふふ、厄介ごとには関わるな……ってリオル、「犬」は失礼じゃない?」
いぬ?……… 「犬」ってなに?
席を立つリオルとヨリの声が聞こえる。そして知らない言葉。
見た目こそ私達と変わらないが、五年年長で最初に専任槍士官に認定された二人。
落ち着いた立ち振る舞い、二人でひとつのように息が合ったパートナーシップが羨ましい。
どうして私とケイは二人のようにならないのか、と考えると切ない。
ケイの顔の右側を覆う半透明のマスク——— それは私達「二番目の人類」がミッション中に負った四肢の欠損に充てがう義肢の樹脂製皮膚と同じ素材である。
シズがケイのパートナーだった頃、ヴァリオギアが被弾して爆散寸前だったシズを救った時に負った傷で、同時にシズも両脚を失った。
初対面でケイにギョッとしない者は居ないだろう。目を凝らせば、削られた頭蓋や痛々しく残った神経組織が見える。右眼は丸々失くなったので電子制御の義眼である。
私達は危険なミッションのため、何処かしら肉体に欠損を負っている。私も左脚は義肢である。だが、頑丈なヘルメット型情報モジュールに守られ、頭部の負傷は稀なのだ。
シズはその負傷をきっかけにパートナーシップを解消、同時に兵徒任務を引退した。以来二人は揃って〈ジェネクト〉を使用する機会に恵まれず、元の素体に戻せていない。
時間さえ掛ければ、培養皮膚による整形技術でより自然な状態に戻すこともできるが、ケイがそれを拒んでいるのも同じくシズとの繋がりを失いたくないから——— としか思えない。
常に私がケイの右側に身を置くのは、彼女のグロテスクなそれを隠したがいためだ。
たとえシズと繋がるものであっても、私はケイの全てを受け入れたいのである。
私の溢れんばかりの美貌を持ってすれば、それは造作もないこと。
ちょっと言い過ぎました。
その日が終わり、私は家族と暮らす我が家に帰ると「犬」を調べた。
あのシズが連れている慇懃無礼な介護ロボットそっくりな四足動物である。
翌日、リオルとヨリに猛抗議したのは言うまでもない。
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