俺氏、うんこを漏らすも大勝利を掴み取る。
やすだ かんじろう
第1話
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2020年10月下旬、舞台は少し寒さが増してきた東京。
迫りくる虹色おばあさん。
迎え撃つは陰キャな男。
全ての鍵は、家族の絆。
うんこを漏らしてからの大逆転劇が、今始まる。
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「今日の1位は、かに座のあなた!
今日はなにをしても大勝利間違いなしです、自信を持って、何にでも挑戦してみましょう!」
いつもの朝のニュース、いつもの占いだ。毎朝飽きもせずに同じようなことを言っている。あなたは何位だ、あなたは何位だとばかり繰り返されている。
「今日かに座1位だって。大勝利だって、よかったね。」
俺の毎朝の日課であるコーヒーの香りを楽しんでいたところ、母がわざわざ伝えに来た。俺もこの歳だし、占いの結果なんかで一喜一憂する気はさらさらないが、こうやって嬉しそうに伝えられるぶんには悪い気はしない。
「ハルカさん、おにぎりだけお願いしてもいいかしら?」
今日の母は張り切っている。なぜなら今日は一家団欒、公園でピクニックだからだ。二世帯住宅に住んでいる我々は、親子3世代にわたって普段から仲が良い。嫁姑関係も良好なようで、非常に助かっている。今日は5人で、近所にあるちょっと大きい公園へ向かうことになっていた。
母がこんなに張り切って弁当を作るのは久しぶりだ。父もご機嫌で準備している。前にみんなでピクニックに行ったのなんて結構前の話になるが、そのときも母はかなり張り切っていた。普段は家でゴロゴロしがちだが、俺もピクニックは意外と嫌いじゃない。最近はかなり涼しくなってきて過ごしやすい気候だし、なおさらだ。公園までは徒歩5分。家族みんなで家を出た。
家を出てすぐ、お隣に住むおばあさんに遭遇した。お隣だからそこそこの頻度でエンカウントする。よりによって今日現れるとは。このおばあさんに出会うと、必ずテンション高めに話しかけられる。
「あっらぁ〜〜、今日も可愛ぃわねぇ〜カンジロウちゃん!!この前よりまた大きくなってるぅう、カンジロウちゅゎんは凄いわねぇ!!」
「あらー、ありがとうございます。ほら、カンジロウ、お隣のおばあちゃんに挨拶しな!」
「……ばぶー。」
お隣のおばあさんは"カンジロウちゅゎん"が可愛くて仕方ないらしい。正直俺はこのおばあさんが苦手だ。母は慣れたトーンで対応しているが、俺は残念ながらそうしたいと思えない。このお隣のおばあさんは、声のトーンが異常に高い、香水の匂いがどぎつい、無駄に声がデカい、話してて疲れる。今日はいつもの豹柄のTシャツを着ていないが、ド派手な虹色のTシャツを着ている、目が疲れる。
正直な気持ちを吐露すると、あまり話しかけないで欲しい。こういう考えは現代人のよくないところだろうか。でも俺は人見知りだし、あんまり性格が良くないのだ。見知らぬ他人の距離感に戻りたいというのが本心である。
もし、ちょっと嫌われたら、もう話しかけないでもらえるだろうか。そんな考えが浮かんできた。
少し邪険な対応をすれば、強制的に適度な距離感に戻れるだろうか。現代人の適度な距離感を伝えたい。最悪めっちゃ嫌われてもよい、今日はそんな気分だ。
何故かこんなときにこそ俺の頭はよく回る。面白いことを思いついてしまう。
そうだ、今からの会話、全部テキトーな相槌で返してみよう。それくらいならセーフな範疇で、適度に嫌われることができるだろう。
「良いお天気ですねぇ!」
「あー。」
「今日はみんなでお出かけですかねぇ?」
「あー。」
「あぁ、そうなんですねぇ、いいですねぇ〜!!もしかしてあちらの公園までですかねぇ?」
「あー。」
「あっらぁ〜!!それはいいですねぇ、楽しんできてくださいねぇ。お土産なんていらないですからねぇ。いやいや公園にお土産なんてありませんねぇ、おほほほぉほほほぉ。しかしまぁ、今日もカンジロウちゅゎんは可愛いですねぇ。」
「あー。」
「あー可愛いぃ、ではまたご機嫌よう。」
「あー。」
俺たちはご機嫌なおばあさんに見送られながら公園に向かって歩き出す。
ん!?
おかしい。
過去1会話が弾んだ。
スムーズな会話だった。
どうしてこうなった。
なぜ違和感0な雰囲気で会話が進んだのか、俺の違和感は止まらない。適度に嫌われる作戦は大失敗だ。この世は思ってたよりも度量が大きいらしい。
ただ冷静に考え直してみると、もし会話が成立していなかったら、結局父や母が普通に会話に入ってくるだろうし、そもそもこの作戦自体、完璧なものではなかった。
だがしかしだ、いずれにせよ俺の印象は少しでも悪くなる可能性が高かったはず、会話があんなに上手くいくはずなんてなかったのに……
こんなに捻くれた考え方になってしまったのはいつからだろう。人生を1から振り返ってみると、生まれたときから、なんてオチかもしれない。俺は生まれてこのかたずっと面倒くさい性格だ。こんな性格でも家族には恵まれたんだから、それこそ奇跡だ。こんな俺でもたくさん優しくしてくれる家族。みんないつでも助けてくれるし、俺のことを愛してくれているのがわかる。家族にだけは恵まれてよかった。人生の誇りだ。家族との信頼関係、それだけは失いたくないな。
家族が俺の全て……
お隣のおばあさんと別れてから3分ほど経っただろうか、ふと俺は下腹部の違和感に気づく。
うんこがしたい……
家を出る前にしておけばよかったが、家を出る前にはしたいと思わなかったのだ、仕方がない。最近急に寒くなってきたせいだろうか。虹色おばあさんの呪いだろうか。突発的にやってきた波に驚きつつも、とりあえずは少し我慢してみることにした。
しかし数秒後、それは我慢できる類のものではないと気づく。あまりにも強大なビッグウェーブ。それに気づいたが最後、そこからは早かった。俺の肛門は一瞬で力を失う。
決壊。
力を失ってからについて、詳しく説明するのは野暮というものだ。ただ、結構大きな音がしたので、家族全員、俺が漏らしたことに気付いてしまったようだ。
「あぁ。」
母が全てを察したように言う。
「気持ち悪いけど、公園着くまで我慢我慢。」
母は歩みを早めた。
公園に着いた、母が俺の下半身を露出させる。さすがに外で下半身を露出すると寒い、こんな寒さは人生で味わったことがない。最近はどんどん寒くなっているし、どこまで寒くなるのか検討もつかない。不安だ。尻に冷たい風がぴゅーと吹く。匂いも鼻まで届く。あー臭い、勘弁してくれ。そして寒い、もう嫌だ。胸が不安でいっぱいになってきた。俺の人生、最早ここまでか……不安だ、不安だ……
不安になったらお腹が空いた。いや、もしかしたらお腹が空いたから不安になったのかもしれない。しかし今はそんな因果関係はどうでもいい。さっきから散々過ぎる。いったい俺が何をしたっていうんだ。うんこを漏らしたんだ。涙がこぼれる。最悪だ。俺はストレスのあまりに泣き叫んだ。
「ああああぁ!!!!!あああああぁああああぁああ!!!!!!!!!!!!」
「あ、お腹も空いたのね、はい、哺乳瓶。」
母は非常に察しが良い、俺は哺乳瓶にかぶりつく。外で飲むミルクは美味い。母も父も祖母も祖父も、俺を嬉しそうに見つめている。
「俺たちもお弁当食べようか。」
父であるハルカが言う。どうぞ勝手に食ってくれ。
お腹が満たされると、一気に不安もなくなってきた。
みんなも俺に最高の笑顔を向けてくれているし、最高の気分になってくる。
ああ、家族は最高だ。今日も良い日だなぁ。
一時はどうなるかと思ったが、今日もカンジロウは大勝利である!
これまでの人生、うんこしたりミルク飲んだりうんこしたり、様々な経験をしてきたと自負しているが、ふと人生を振り返ると、生まれてこのかた、外は寒くなる一方な気がする。これからはこの俺も体験したことがないような恐ろしい極寒の時代になっていくのかもしれない。
でも、この家族なら大丈夫、きっと乗り越えられる。胸が希望で満ちている。
そんな俺は生後4ヶ月。外がいくら寒くても、心は暖かいぜ。
終
俺氏、うんこを漏らすも大勝利を掴み取る。 やすだ かんじろう @kanjiro_yasuda
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