金木犀

@shakasha

金木犀

ちぎれ雲はどこか遠くにいくみたいに秋晴れの空を流れていく。

見上げて歩く僕の前に金木犀の香りがふわりと踊る。



「金木犀ってあざといですよね。誰からも好かれそうな匂いで気づいたら居なくなってる。」

彼女はそう言ってフッと笑った。

黒のロングスカートに黒のライダースジャケットを見に纏った彼女は庭園の紅葉を街中のティシュ配りを断るようにスタスタと流し見していく。木漏れ日と落ち葉の中に取り残された僕はポケットの入場券を握りしめた。

改札前で彼女は「紅葉なんて久しぶりにちゃんと見ました。たまには良いですね」と微笑んだ。僕はもうポケットでぐしゃぐしゃになったチケットをまた握りしめて「今日はありがとね、またね」と彼女を見送った。彼女から別れを切り出されたのはその1週間後だった。


話があると呼ばれたカフェで、「別れましょう」と一言呟いて、彼女は僕を見た。

別れ話だということは最初から分かっていた。僕は用意していた言葉をゆっくりと並べた。「こちらこそ、ありがとうございました」彼女は軽く頭を下げると席を立った。彼女の足音が遠のいていく。飲みかけのコーヒーから香る匂いのように、僕の感情は行く当てもなく漂っていた。



週末に上陸した台風が列島を通り過ぎて、雲ひとつない青空が広がっている。

気づいたら金木犀は散っていた。







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