第3話

 オレは叩かれるかと思ったのに、頭を撫でられて意外だった。

「許しに来たの。十分に罰は受けたでしょ、かわいそうに」

「………………ヒッ……ひぐっ…ううっ、うわあああっああああん!」

 声をあげて泣いてしまう。

 男なのに情けない、と思うけど、もう男の意地を張っても滑稽なだけで、誰もがオレをバカにして笑うだろう。なのに詩織が優しくしてくれて、涙が溢れて、子供のように声をあげて泣いた。

「よしよし、かわいそうにね」

 詩織はオレが落ち着くまで抱いていてくれた。

 こんなにいい人を、どうしてオレは裏切ったりしたんだろう。

 本当にバカだ。

「ごめん……詩織、もう裏切ったりしない…」

「そうだね、もう裏切ろうにも、物理的に不可能だし」

 詩織がお見舞いに持ってきたリンゴを果物ナイフで剥いてくれている。けど、正直なところ今は刃物を見るのが怖い。サクサクとリンゴが切断される音も怖い。

「はい、アーン♪」

 食べさせてくれるので食べる。

「…詩織…なんだか、優しすぎて怖いな…本当に許してくれてる?」

「許してはいるけど、これからが大変だから早く元気になってほしいの」

 詩織は皿を置くと、窓に近寄りカーテンの隙間から外を見て言う。

「ものすごい数のマスコミが来てるよ」

「…」

「他人の不幸をネタにして、視聴率を稼ごうとハイエナたちが集まってる」

「…子供たちは?」

「とりあえず学校を休ませて自宅待機。だって家の周りにもハイエナがいっぱいだもん。アフリカより危険」

「…ごめん…医院の方は?」

「もちろん臨時休診。でも人件費は要るよ」

「…五体満足というか、手足は動くから仕事はできると思う…週明けにも」

「でも、患者さんたち、どのくらい来てくれるかな?」

「…しばらくは預貯金があるから」

「うん、そこは頼りにしてる。でもハイエナ対策は考えないと」

「…」

「そこで私は考えたの。この事件、世間とマスコミは絶対に院長のコメントが欲しい。ねぇねぇ、今、どんな気分? 不倫しておチンチン切られた感想は? 教えてよ、ねぇねぇ、って。追い回してくる。玄関で道で、私にも取材が来てる。私がノーコメントで黙っていても同級生が喋る。私たちが高2の頃、放課後の教室でエッチしてて停学くらった話や修学旅行の夜に友達の前でエッチの実演した話を奥村のバカが週刊紙に言ってくれた」

「…本当に、ごめん…」

「だからさ、いっそ、こっちから発信してやろうよ。私のヨーツーベチャンネルで」

「…詩織のチャンネルで…」

 詩織は子育てのかたわら、オモチャ紹介動画や旅チャンネル、料理動画をインターネットへ流している。詩織は本気で頑張っているがライバルも多く、せいぜいチャンネル登録者は2000がやっとだ。でも、子供に買い与えたオモチャや家族旅行、食費の一部を経費として落とせて節税になるので続けている。

「そう、私のチャンネルで。どうせ誰かのネタにされるなら、うちのチャンネルに出て。もちろん、テレビで転用される場合は使用料を設定して」

「…そこまで開き直れ、ってか…」

「反省した態度は崩さないでね。心を入れ替えて頑張ります、って態度で」

「…心を入れ替えて、か…ははは…いっそ、性転換して女になろうかな…」

「それも面白いかもね」

「…ははは…」

 逞しい詩織は空笑いする私の目前にビデオカメラを三脚でセットした。

 しくじり先生、オレみたいになるなぁ、ドクター宦官、波田雅史チャンネルの始まりだった。

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夫が不倫して 鷹月のり子 @hinatutakao

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