第2話
病室。
オレは男性器を切り落とされた。
不倫相手の旦那が患者を装ってオレの医院へ受診にきて、怒鳴られ殴られ、気絶して起きたときには股間が血まみれで激痛。
救急車で大病院に運ばれて局所麻酔を受けて、やっと痛みから解放されたけれど、オレの性器はオートクレーブで焼かれていて灰白色に変色し、外科の先生から説明されるまでもなく再接合術は不適応で、傷口を塞ぐように縫ってもらい、尿道の切り口から膀胱へカテーテルを挿入されて治癒を待っている。
コンコン
病室のドアがノックされて外科医とナースたちが入ってきた。
「波田先生、痛みはどうですか?」
「ありません…おかげさまで…」
先生と呼ばれるのが今は苦痛だ。
「では、カテーテルを抜去して様子を見ます」
そう言われてナースたちが病床に寝たままなオレの下半身を露呈させると、腰の下へ防水シーツを敷き、病人用オムツも開いて臀部の下へ敷く。外科医がオレの股間からカテーテルの管を抜く。今まで膀胱からの尿を排出していた透明な管が無くなるので、これからは膀胱に貯まった後、排泄することになる。
ちゃんと排泄できるなら。
うまくできない可能性が大きいから、オレはオムツをナースたちにあてられる。
「「「…」」」
ナースたちは黙っている。けれど、マスクに隠れた口元が笑っている気がする。医師とナースの不倫はよくある話で彼女たちも自分の給料では行けないような高級寿司やフレンチを楽しみ、小遣いももらって、遊びを承知の上だ。もしも発覚しても慰謝料をせいぜい100万円ほど払えば済むのに、オレは性器を切られた。メスで根本からえぐるように。睾丸も二つとも失った。これから一生涯、オムツかもしれない。そんな末路に至った男を見てナースたちは心の中で笑っているに違いない。いや、今、笑っている。マスクの下で、見えないと思って笑っている。
「…くっ…」
泣きそうになる。けれど、ここで泣いたら笑いぐさだ。ナースステーションに帰った後、みんなで笑うに違いない。だから泣かないように歯を食いしばって耐えた。そして頼む。
「すみません、手鏡のようなもの貸してもらえませんか?」
「あ、はい。あとで持ってきます」
何に使うのか、すぐに察して問わずにいてくれる。自分で傷口を見たいのだろうと、当然の心理なのでわかってくれる。けれど、それから3時間も待たされた。
おかげで余計なことを考える。
オレが調子に乗りすぎたのは事実だ。
たまたま知能指数が高く生まれ、顔もよかった。家は中の上。
おかげで高校時代に妻の詩織と出会い、性交も体験した。それから手堅く勉強して医学部へ入り、医師になって結婚し子供にも恵まれた。儲けたくて開業を考えている矢先、認知症になった父を病院へ送る母が事故を起こして二人とも死んだ。自爆の事故だったけれど、しっかり保険金が入ったし詩織に介護をさせることもなく、両親の自宅を売って弁護士になっていた兄と半分ずつ、きっちりと分けた。おかげで開業資金を借りずにすんだ。さらに利益率が高い皮膚科を選んでいたので、金は湯水のように湧いた。しかも開業医は税金が安い。領収書無しに売上の7割を経費にできる。医院に隣接させて脱毛サロンも開き、雇ったエステティシャンは正規雇用でなく、それぞれが個人事業の業務委託契約ということにしたので、一人あたり一千万円を超えないように調整させ、消費税の納税も逃れつつ、客からは消費税を取った。
おかげで40歳になる頃には預貯金が5億円を超えた。
自分は成功者だ、そう実感した。
もう一生安泰。
すべて思い通り。
そんなとき麻子がナースとして就職してきた。
食事に誘い、手を出した。
妻以外の女を抱いたのは、それが初めてだった。
すでに麻子も結婚していたので、割り切って遊べると思った。実際、恋愛じゃない。麻子も旦那も奨学金で看護師資格を得たから夫婦で合わせて800万円も借金があり、しかも旦那はK1選手になるのが夢で看護師になったのは親の要望での落としどころ。そんな家計だから麻子はお金に困っていたし、オレが援助してやった。
セックス1回5万円。必ず事前にアフターモーニングピルを飲ませてから。
詩織が嫌がってさせてくれないアナルセックスは麻子なら7万円。
ブルマやスク水、チア、制服も詩織は嫌がるけれど、麻子は着てくれる。
夜の公園で全裸にならせて15万円。
高速道路のサービスエリアでスク水のままハメ撮りして30万円。
麻子の出身高校へ制服姿で文化祭に訪れさせ、前後にピンクローターを入れた状態で現役生徒たちの前でオシッコを漏らさせて50万円。
道路から丸見えの混浴露天風呂がある河原で全裸になって200ccの浣腸をして、お尻に100万円の札束を挟んだまま、バイブを使ってオナニーでイクことができたら札束そのままやるというゲームで途中で漏らして落としたのに15万円の敢闘賞。
リトライで混み合った海水浴場にTバック水着で訪れさせ、前後と乳首にリモコンローター装備で利尿剤を飲ませ、お尻に100万円の札束を挟ませ、100分間落とさなければ札束そのままやるというゲームで麻子は大勢に見られながらオシッコを何度もチビリつつ最後はお尻の肉をプルプルと痙攣させながらも達成した。
麻子は100万円を手にして奨学金が完済できると喜んでいた。
詩織が応じてくれないことを麻子は頑張ってくれた。
可愛かった。
なのに麻子は旦那に不倫がバレると、旦那へはオレから性行為を無理強いされたと説明していた。
すべて同意の上だったのに。
麻子は悪い女だ。
怖い女だ。
「失礼します、波田先生」
一番年増のナースが手鏡を持ってきた。
「遅くなって、すみません。急変で亡くなった方があって」
怒っても仕方ないので答える。
「お忙しいところ、すみません。どうも」
オレは手鏡を受け取った。ナースが言ってくる。
「傷口をご覧になるのを手伝いましょうか?」
「…。いえ、一人でやりますから」
「では、こちらをどうぞ」
ナースが使い捨て手袋と消毒液を置いていってくれた。病室で一人になったオレはベッドを電動で起こし、自分の下半身を見てみる。オムツを外して見下ろすと、いつもあったはずの場所に、何もない。空虚な股間は、まるで女性のように何もないのでお尻の向こうにあるオムツの内側が見える。オムツは汚れていないので無自覚に漏らしたりはしていないようだ。
「…」
本当に無いんだ。
男としての象徴が欠片も無い。
それを実感した。
ゴム手袋をして消毒した右手で股間に触り、左手で手鏡を操作する。
鏡に映る陰部は縫われた痕が生々しく残り、男根と陰嚢をメスでえぐられたので上から下へ縫ってある。左右から皮膚をよせて、まっすぐに閉じるように縫われ、尿道の位置だけが小さく開口している。オシッコの穴と、あとは肛門だけ。
あるはずのモノがない股間は、のっぺりと空虚で淋しい。
自慰や小便のとき、当たり前に手で掴んでいたモノが無い。
二度と触れない。
二度とセックスできない。
男であることを完全に失った。
「…」
感想がない。
何も考えられない。
いや、考えたくない。
むしろ死にたい。
虚脱状態のオレは訪問者がノックも無しに病室へ入ってきていることに声をかけられるまで気づかなかった。訪問者は妻の詩織だった。事件後、初めて顔を見る。
「傷はどうなの?」
「っ…」
オレはビクリとした。そのせいでオシッコが噴き出す。
ピャァァァ…
情けない。これじゃ、まるでオレが妻にビビって漏らしたみたいだ。
しかも痛い。
尿道の切断部に激痛を覚える。切断された尿道の切り口をオシッコが通ると、その振動で灼熱した針金を突き刺されているような痛みがする。
「うぁぐぅ…ううっ…うぐぅ…」
痛みで呻いてしまうし、不覚にもボロボロと涙が零れた。詩織がタメ息をつく。
「はぁぁ…みじめね」
「…ぐぅ…ハァ…ハァ…オレを笑いに来たのか?」
「…」
詩織は近づいてくると、右手を挙げた。
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