エラーコード~設定外の少女~

美織みおり


「……ごめん、わからないよ」


 分かっていた。ダメもとで説得してみたけど、なんとなく嫌な予感はしていた。

 普段は鈍感なところがあるけど、一変した環境に焦るわたしの脳が状況理解のために急速に回転していたのだろうか。この世界に来たときから、最悪な仮定を立てられるくらいわたしの脳は冴えていた。


 最悪の仮定──それは、偶然にもこの世界の主人公と同じ高校で同姓同名の葛葉が、主人公に設定されたこと。どの設定にも当てはまらないわたしが、佐上美織さがみみおりという関係のない一般人モブとしてこの世界に放り込まれたこと。


 そして設定通り、主人公に幼なじみがいないこと。

 その辻褄つじつまを合わせるのために、葛葉くずはの記憶から幼なじみであるわたしが消えたこと。

 これが設定外の少女エラーコードに与えられた、悲しき運命であること──。


「……ぐすっ」

「えっ!? ちょっ、まっ、ごめん!!」


 そう分かってたのに。最悪の事態を想定してたのに。わたしの目からは涙が零れそうになった。

 何泣いてんの、わたし。しっかりしてよ、葛葉のお姉ちゃんでしょ?

 分かってたことだ、もう戻らないって。

 だから、しっかりしなきゃ。


「……ダメだよ泣いちゃ。わたし」


 わたしは両頬をぺちぺち叩く。

 バスケの試合とか、上手くいかないときに気持ちを落ち着かせる精神統一、みたいなものだ。


「……ぐすっ。ごめんね、急に。……わたしの人違いだったかも」


 そう言ってわたしは、この世界の秩序ちつじょに合わせてあげた。

 どうせわたしが幼なじみだなんて言っても、無駄な気がしたから。


 するとそれから、悲しい気持ちが吹っ飛ぶくらい葛葉らしさを見せられた。

 突然、自分がかっこいいかどうか聞いてきたし。小さな男の子を褒めるみたく「かっこいい」と返したら頬をトマトみたいに赤く染めた。

 あとは『佐上さん』って呼ばれるのはいけ好かないから、いつもみたく『美織』って呼ばせてみた。何度も。何度も……。

 ……まぁ結局、『美織さん』って呼んでたけど。

 ここは仕方が無いと諦めた。だって葛葉、わたし以外との異性とのコミュニケーションに慣れてないから、女子のことはみんな『さん』付けだもん。

 そしてわたしも、葛葉の知る佐上美織じゃないから。

 今は赤の他人だから……。


「あっ!」

「美織さん!?」


 まだ打開策はある。わたしが幼なじみである証明が残っているかも知れない。

 今居るのはわたしの家の前。前世で過ごした家がそのまま残っている。

 その中にきっとあるはずだ。今、大切なものが!


「あのさ、葛葉」

「なに?」

「……わたしの家、来てくれる?」

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レベル1のラブコメ〜色々と甘すぎる現代ラブコメの主人公になったけど、幼なじみのアイツだけが攻略できない〜 緒方 桃 @suou_chemical

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