自称、幼なじみ

「嘘、だよね?」

「いや、そう言われても……」


 後ろから声をかけてきたに、俺は困惑するしかなかった。

 ……何者なんだ?

 俺の名前を知っている少女。俺のことを下の名前で呼ぶ少女。……誰なんだ?

 作中で主人公の俺を下の名前で呼ぶのは、同じクラスの可愛い男の娘キャラだけ。

 しかし彼女は間違いなく女の子。だが作品のキャラクター全てを列挙しても、俺のことを葛葉、と呼ぶミルクティー色の髪の少女はヒットしなかった。

 だけど、どこかで会ったことのあるような感じがする。懐かしいような。ずっと追い求めていたような……。

 とにかく、彼女を見ると胸がざわつくのだ。この子があのヒロインたちに負けず劣らずの美少女だからだろうか?


「覚えてないの!? わたしだよ? アンタと幼稚園からの幼なじみだったじゃん!!」

「いや、いきなりそんなこと言われても……」


 今度は自称幼なじみの登場か。

 必死に訴える彼女。そしてこんなことまで口走った。


「本当に覚えてないの? アンタが死んで、この世界に来たのを!」

「それはそうだけど。なんでキミがそんなことを──」

「だってそのときにわたしも一緒にいて、わたしも死んだもん! 12月25日のクリスマス。わたしたちは鉄骨の下敷きになって死んだの!! ねぇ、本当に覚えてないの??」


 彼女の必死さはよく分かる。もしかしたら事実なんじゃないか、と思ってしまう。だけど……。


「……ごめん、わからないよ」


 俺の頭の中に、前世の記憶はほとんど無い。

 あるのは『死んだ』という事実と学歴や経歴といった履歴書に書くような内容、前世での一般常識、あとはこの世界の知識だけ。

 その中に彼女のことはおろか、前世の人間関係は何一つ覚えていなかった。


「……ぐすっ」

「えっ!? ちょっ、まっ、ごめん!!」


 突然、彼女が鼻をすすらせて涙ぐんだ。

 いきなり泣き出しそうになるものだから、焦った俺は謝ることしかできなかった。


「……ダメだよ泣いちゃ。わたし」


 かと思えば、今度は自分の両頬をぺちぺち叩き始めた。俺が部活でよくやる精神統一、みたいなやつだ。

 これを見るに、彼女も運動部だろうか。


「……ぐすっ。ごめんね、急に。……わたしの人違いだったかも」


 目から零れそうな涙を拭い、力の抜けた笑みを浮かべた彼女。

 一体、何者なんだろう。とりあえず名前を聞けば、何か思い出せるだろうか。


「えっと、名前は……」

「あっ、うん。わたしは美織みおり佐上美織さがみみおり。よろしく」

「あぁ、よろしく」


 佐上美織という名前を聞いても、何もピンと来なかった。

 けれど俺の中で、別のレーダーがビビッと反応する──なんとなくだが、この子からはあのヒロインたちと同じ匂いがしない。

 俺の顔を見るだけですぐ惚れたり、冴えない俺をべた褒めしない気がする。攻略困難なヒロインって感じだ。

 でもあくまで今は『そんな気がする』なので、ここは試しにこんなことを聞いてみよう。恥ずかしいけど……。


「あっ、あのさ佐上さん!」

「なに?」

「おっ、俺の見た目って、かっ、カッコイイと思う? イケメンだと思う!?」

「…………」


 すると、彼女は小さく口を開けてぽかんとしている。

 赤面する様子も、照れくさそうにもじもじすることもない。

 俺の気持ち悪い質問に唖然、もしくはドン引きしているのだろうか……。

 そう思いネガティブになっていると、いきなり彼女は吹き出した。


「……ぷふっ! あははははは!!!!」

「えっ!? ちょっ、そんな笑うなよ!!」

「だって。だってぇ……。アンタ、本気? だったらマジでウケるんだけど! あははははは!!!」


 涙を零すくらい大笑いする彼女。

 ムカつくはずだけど、不思議とそんな気はしない。彼女の高い笑い声が可愛くて、また胸がざわついた。


 やはりこの子は、ご都合主義に操られた傀儡人形ではないようだ。


「……で? アンタがかっこいいかどうかって??」

「うぐぅ……。もういいよ、忘れ──」


「まぁ、かっこいいんじゃない?」


 けれど彼女もまた、あのヒロインたちみたく俺に好印象を抱いている。

 もちろんあの子たちに褒められたりした時は嬉しかったさ。でも彼女たちの高評価に対する俺は『気持ちいい』という快感で心が満たされたって感じで。


 この子のからかうような笑みは、快感とは違う暖かなモノで俺の心を満たしてくれた。


「あと、なに? 佐上さんって。アンタ、わたしのこと一度も苗字なんかで……って。あぁごめん。こっちの話……」


 ばつが悪くなって控えめにあはは、と笑うと、彼女は先程まで泣きそうだったとは思えないほど明るく跳ねた声でこう言った。


「美織、でいいよ。葛葉」

「!?」


 今度は心臓が跳ね上がる。

 やっぱ俺、美少女とのこういうシチュエーションがたまらなく好きなのかも。


「……あっ、うん。よろしく、美織さん」

「もう一回。『さん』抜きで」

「えっ? ……美織」

「声が小さい。やり直し」

「なんだよそれ……。美織!」

「はぁーい」

「美織!!」

「はい!!」

「美織ぃぃぃぃ!!!」

「うるさい」

「……ごめん」


 どうして美織さんの名前を、こんなに叫んだのだろう。

 初対面の相手なのに、この名前を求める自分がいた気がする。

 ……いや、俺は彼女自身を求めていたのかもしれない。

 フィクション世界の中で、ノンフィクションに近い人間を。都合通りには上手くいかない手強てごわい相手を。俺は本能的に求めていたのかもしれない。


「あっ!」

「美織さん?」


 すると彼女は何かを思いだしたかのように声を上げ、ねぇ、と言ってこんな提案をしてきた。


「……わたしの家、来てくれる?」

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