情緒


 また『いつも降りない駅で降りてその町のラーメン屋でメシを食うやつ』をやった。『いつも降りない駅で降りてその町のラーメン屋でメシを食うやつ』は良い。

地元の人以外降りないような駅の地元の人しか行かないようなラーメン屋が最も良い。


 先日行ってきたお店は外見こそ古めかしいものの、内装は最近リフォームしたと見えてカウンターや調度品も小綺麗で新しい感じだった。店主もけっこう若くて、前の店主の跡を継いだとか居抜きの店舗を改装したとかなのかなあと思った。お店に入った時、ラーメン屋特有の「ラ・サィッ・セイ」みたいな発音の元気のいい「いらっしゃいませ」が聞けたのも良かった。


 「空いてるお席どうぞ」の声に素直に従い、カウンター席に座るなりメニューを手に取る。不慣れなWordで懸命に作ったのをラミネートしたやつって感じのメニューだ。好感が持てる。味噌ラーメンか担々麺どっちを頼もうかちょっと迷った末、担々麺を注文することにした。そういやこないだ『いつも降りない駅で降りてその町のラーメン屋でメシを食うやつ』をやったお店でも担々麺頼をんだ。なんか初めて行くお店だと担々麺を頼む傾向ある気がする。そこまで担々麺大好きってわけでもないのに。あと餃子も頼んだ。


 注文した料理を待つ間、店内を見渡してみた。この時はたしか平日の昼一時半過ぎくらいだったと思うけど自分以外にも二、三組のお客さんがいた。混雑してるでもなく閑散としてるでもなくちょうどいい感じだなあと思った。


 あとこのお店はカウンター席の後ろが座敷になってるタイプのお店で、そこにけっこう色んな漫画の揃った本棚があったんだけど、『トリコ』全巻と『範馬刃牙』全巻が揃ってたのがなんか良かった。色んな漫画が揃ってるのに『グラップラー刃牙』と『バキ』はなくて、なぜか『範馬刃牙』だけが全巻揃ってるのがとくに良かった。


 そんなしょうもない発見をしている間に担々麺と餃子が完成したようだ。このお店の担々麺は挽肉がたくさん入っていてなかなかいい漢字だ。食べてみると華椒が効いててしっかり辛くて好みな味だ。餃子に関しては特筆すべき点もない餃子だなあっていう餃子だった。これはべつに悪く言ってるわけではない。特筆すべき点のないふつうの餃子は十分おいしい。


 と、まあこんな感じの内容でお値段は担々麺¥650、餃子(六個)¥200の計¥850。驚くほど安いこともないけど味・量と価格を天秤にかけるとほどほどお得だなあって気がする。


 こういう、あくまで普通の域を出ない中でおいしいお店に当たると独特の満足感がある。自分が『いつも降りない駅で降りてその町のラーメン屋でメシを食うやつ』をやるのは驚くほどおいしいのを求めてのことじゃないし、すごく安いメガ盛りとかの料理を食べて過剰な満腹感とかお得感とかを求めてというわけでもない。


 なんていうか、『中の中』を楽しむ為にやっているんだろうと思う。『中の中』の良さっていうのは、こう、じんわりした良さっていうか、程よい満足感とともに、「ああ、普通であるという事のなんと良きことか」みたいな気持ちになるやつである。この気持ちは多分、高級なお店では味わえない種類の満足感で、身の丈に合ったものを噛み締めている時特有のものなんじゃないかと思う。こうして『普通』を味わうことが、自分は好きだ。まあそんな高級なお店なんて行ったことないけど。


 今日の『いつも降りない駅で降りてその町のラーメン屋でメシを食うやつ』も良かった。きっとまたそう遠くないうちに、平々凡々の良さを楽しむための『いつも降りない駅で降りてその町のラーメン屋でメシを食うやつ』をやるだろう。今度はまた別の駅の、別の町の、別のお店で。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る