その声の正体は・・・
鷺ノ宮真人
第1話 あの日
いまにも雨が降りそうな,どんよりと重い雲に覆われている空を見上げた。
今日もあの声を聞かないといけないのだろうか。
僕はため息をつきながら,下駄箱でちょっと乱暴に地面に置いた靴に足を入れた。今日はどこを通って帰ろうか。そんなことを考えているうちに,嫌な記憶が僕の頭によみがえってきた。何度も思い出した同じ場面の記憶に,また足がすくんだ。
その声を初めて聞いたのは一週間前。ちょうど今日みたいに,ジメっとした空気が一日を支配し,心が押しつぶされて,疲れ切った日の帰り道だった。下を向いた僕は,傘を持って足早に学校を出た。
- - - - - - - - - - - -
通学路にある駅にさしかかったあたりから小さな声が聞こえだした。
どこかで聞いたことがあるような,ないような,小さな声-。
女の人の声のような,でも男の人の声のような,かすかに聞こえる小さな声―。
歩きながらだと何を言っているのか分からない。でも,その声の持つ不穏な空気に,早くも心は危険だと僕に訴えかけてきた。
何度か首を傾げた後,僕は意を決して立ち止まった。耳を澄ますと,その声は小さいもののはっきりと聞きとることができた。繰り返されていたその言葉に,僕は耳を疑った。
死ね,
死ね,死ね,
死ね,死ね,死ね,
死ね,死ね,死ね,死ね,・・・
ピンっと張り詰めた何もない空間に,その声だけが存在しているようだった。空気の振動ではなく,脳に直接送りこまれているかのように聞こえた。体が一瞬ビクっと震えて息が止まった。整理がつかない頭の中に,クエスチョンマークが浮かぶ。
えっ?
怖くなってあたりを見回した。しかし見えたのは,いつもにように,慌ただしく人が行きかう夕時の改札口だった。立ち止まっている人は誰もいない。せわしなく行きかう人の中で,その声が聞こえているのは僕だけのようだった。後ろを歩いていた人が,迷惑そうな顔をして僕を追い抜いていった。
右から左,左から右に,何度か見回したが,その声の主らしき人は見当たらなかった。でも,その声が止むことはなく,ずっと僕の脳に注入され続けていた。
死ね,
死ね,死ね,
死ね,死ね,死ね,
死ね,死ね,死ね,死ね,・・・
僕はその恐怖に我慢できず,走ってその場から去った。家まで猛ダッシュした。途中から雨が降り出したが,持っていた傘を開く手間すら煩わしく感じ,結局びしょぬれになってしまった。
家の中に入ってもその声は,僕の頭の中に居続けていた。しかし,その声が,今聞こえているものなのか,それともさっき聞いたものが無意識のうちにリピートされているだけなのか,そのときの僕には区別がつかなかった。
その声の正体は・・・ 鷺ノ宮真人 @saginomiya-mahito
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