【10月25日】汚れた血
王生らてぃ
本文
わたしの父は、
残されたわたしだけが、外部の「汚れた」血を持ち込むものとして、疎んじられている。別にわたしは気にしない。
ひとりでだって、アルバイトをしながら質素に暮らしていけるし、実家の援助なんか必要ない。汚れた血で結構だ。わたしはわたし、普通の人間だから。
ある日実家から電話がかかってきた。三度無視して、四度目にようやく出た。親戚どもの嫌がらせなら、だいたい三回で出なければ飽きて諦めるからだ。
「あんたの血が必要なの」
母の母、わたしの祖母が、弱々しく呟いた。
◯
「はじめまして。小夜子お姉さん」
ベッドに横たわる小さな女の子が、青白い顔で笑った。中学生くらいだろうか。細く長い髪の毛は色が抜け落ちて、みずみずしさのない黒に落ち込んでいた。顔立ちは細く整っていて、瞳は大きく、控えめに言っても可愛らしい風貌の少女だ。
彼女の両親がわたしのことを睨みつけるようにしていた。歯を食いしばって、なんでこんなやつに、という風だ。検査の結果はすでに出ていた。だから、表向きは丁重な感じで感謝の言葉を述べても、すぐにボロが出る。あなたたちは身内の楽屋ネタに終始してるから、自分達が愚かなことに気付いていないのだ。
「パパ、ママ。お姉さんとふたりで話したい」
娘の言葉に、両親はしぶしぶとしたがった。部屋を出るとき、小さな舌打ちが聞こえた。
わたしはベッドの横に座った。
「星乃ちゃん、だっけ。はじめまして」
「ありがとうございます。わたしのために」
「別にいいよ」
星乃ちゃんは白血病だった。
治療には骨髄移植が必要、だが身内を総浚いしても、ドナーを探しても、移植可能な骨髄ドナーが見つからない。苦渋の決断と言わんばかりに最後に白羽の矢が、わたしに立てられた。かくして、わたしの骨髄は星乃ちゃんと見事に適合し、移植手術が行われることになったのだ。
三日後にも入院し、すぐ手術するらしい。
「お姉さん、本家の人と仲が悪いって、伺ってます。それなのに、わたしの都合でわざわざ呼び戻してしまって」
「別にいいよ。星乃ちゃんのことも、この家のことも、恨んでるわけじゃないから。勘違いしないでね」
八割くらいは本心だ。この家の人たちのことを恨んでいない、とは、言わないが、別に憎んでるわけじゃない。ただわたしは心底から見下しているだけだ、今時「血の濃さ」とか、「汚れた外様の血」とか言い続けてこだわっているこの人たちを。
でも星乃ちゃんのことを嫌ってるわけじゃない。そもそもこの子は初対面だ。
「手術がうまくいくといいね」
「ありがとうございます。なんとお礼を言えば良いか」
「お礼なんていらない」
「でも……」
「あなたは年下の子どもなんだから、気を遣わなくたっていいと思うけど」
扉ががらっと開かれた。だれか顔も知らない親戚のおばさんがそこに立っていた。
「気が済んだでしょ! はやく出て行ってちょうだい、この子の体に障るわ」
わたしは言われるがままに出て行った。それはそうだと思う。手術の日程もすでに伝えられている通りだ。ここにいてもわたしが嫌な気持ちになるだけだ。
◯
手術は無事に成功し、星乃ちゃんは徐々に回復しつつある。かくしてわたしの役目は終わった。もう二度と本家に帰らないし、星乃ちゃんに会うこともないだろう。
と、思っていたら、星乃ちゃんの方からやってきた。
東京のわたしのアパートまでひとりでこっそりとやってきた彼女はすっかり元気になって、頭にかぶったつば広の白い帽子がよく似合っていた。顔には朱がさして明るく、細い脚は軽やかだった。どこをとっても美しい、年相応の女の子だ。
「本家の人や、パパとママには内緒で、お礼を改めて、言いにきました」
「いいのに」
「いえ。小夜子さんは命の恩人です。わたし、これからあなたのことを忘れませんから」
力強く言い放つ星乃ちゃん。
斎川の家の人たちの悪しき性質……「気の強さ」「頑固さ」を、いい意味で持っているなと思った。
「じゃあ、二度とわたしの前には顔を見せないでね」
わたしは星乃ちゃんの心臓のあたりに手を当てた。
これはわたしなりの復讐、小さな気晴らし、ちょっとした遊び心だ。
「忘れないというなら、その言葉、しっかり胸に刻んで生きるのね。あなたを生かしてるのは、汚れた血だってこと、本家が捨てたわたしの血だってこと、一生背負って生きて行きなさい」
「はい。もちろん、そのつもりです。今日のことは誰にも、誰にも言いませんから」
星乃ちゃんはひとしきり東京を観光して帰るらしい。わたしはそれを黙って見送った。あんな子の顔なんてもう二度とみたくない、ほんとうに両親によく似ているから。
【10月25日】汚れた血 王生らてぃ @lathi_ikurumi
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