第3話 

「弘紀、この部屋は」

 修之輔が連れ込まれたのは三畳ほどの板敷の小部屋だった。床に置かれた小さな灯明は手持ちの仕様で、弘紀が持ってきて置いた物のようだった。その弘紀に押し倒されたまま、微かな灯りを頼りに部屋の中を見回すと、箱がいくつか積まれている。物置の様な。

 そうして床の上、小さな灯りの隣に見覚えのある陶器の小瓶が目に入った。弘紀の意図を確信して、起き上がろうとして弘紀に腹を強く押され、床に抑えつけられた。


「弘紀」

 その手を退かそうとして、こちらを見下ろす弘紀と目が合った。笑みを消した弘紀の黒曜の瞳には、隠せない情欲が滲んでいた。濡れる目と見つめ合って、火事の炎に煽られた昂揚は、火消しの陣頭で指揮を取っていた弘紀にこそ強く尾を引いているのだと、ようやく気づく。


 弘紀のうなじに手を回して引き寄せると、弘紀はそのまま修之輔の体に自分の体を重ねてきた。いつもよりその体が熱いと感じたのは、己もまた炎に煽られた余韻が消えていないからだろう、そんなことを思っていると、弘紀の唇に自分の唇がふさがれた。余裕のない弘紀の、加減がない行為に、互いの歯が軽くぶつかって音を立てる。


 弘紀の耳の後ろを手の平で触れてゆっくりと撫で、その指を滑らせて弘紀の頤を軽く掴んだ。動きを制された弘紀が不満の声を上げるのをそのままにして、強引に口を開けさせた。開いた歯列の間から舌を差し入れる。

 舌先が触れ合ってすぐ、焦らすように、歯茎をなぞるように舌を這わせていくと、修之輔のそれを追って自分の舌を絡めようと弘紀がより深く唇を重ねてきた。その舌を自分の口腔に誘い込み、頬の内側の粘膜と舌で包み込み捏ねるように舐めあげる。濡れた水音。

 温かに濡れた感触で舌全体を愛撫される弘紀の喉の奥から、くぐもった声が漏れてきて、握り締められた手の指が次第に緩んでくる。

 修之輔の口腔に溢れた互いの混ざった唾液を弘紀が掬い上げるように自分の口に移し、こく、と小さく音を立てて飲み込んだ。弘紀に飲まれなかった唾液が修之輔の口の端から零れる。


 長い口づけに、一度、二人は身を離した。息を継ぐその間に、身を起こした弘紀が体の位置をずらし、修之輔の足の間に身を屈める。修之輔の単衣の裾を広げてる動作にその先を察して、修之輔は自分の下帯を緩めた。その修之輔の手が離れるのを待ちかねたように、弘紀は緩んだ下帯の下から修之輔のそれを引き出して、口の中深くに咥えた。その感触に思わず声が出る。

 先端を舌先で丁寧に舐めあげた後は喉奥まで吞み込んで、吸いながら根元から先端までゆっくりと何度も往復させる。

 弘紀はどのような舌の動きが修之輔から快感を引き出すのか知っていて、的確に刺激をしてくる。その動きの巧拙より、余裕なく求めてくる弘紀の素直さが愛おしく、しだいにそこに熱が集まって行くのが分かった。


 修之輔のその様子を蕩ける目で見た弘紀は、唾液に濡れた唇をそれから離した。湿った息と濡れた舌の温かさが遠のくのを惜しむうちに、弘紀が自分の単衣の裾を割って修之輔の腹の上に跨ってきた。

 弘紀は自分の下帯を取ろうとして、下帯の布が肌を擦る度に小さく身を震わせる。零れ落ちそうになる快楽に耐える弘紀が縺れる指で下帯を緩めるのを待ちかねて、修之輔はその端を引いて外した。

 修之輔の腹の上で露わになった弘紀のそれは、すでに立ち上がりを見せていた。弘紀は自分のそれを修之輔のものに擦り付けてくる。互いの先端から溢れてくる液体が絡まり、濡れた感触の向こうに互いの熱い体温を直に感じる。


 荒い息のままで弘紀は修之輔のそれを手で握り、自らの後孔に押し当てた。

「解さなくて大丈夫か」

 修之輔は先ほど目の端で見た陶器の小瓶を手元に寄せようと腕を伸ばした。その中にはいつも使っている椿の油が入っている。けれど弘紀はそれを待たずに、そのまま挿れようと腰を落としてきた。

「弘紀」

 けれどまだ固いそこは修之輔の先端を受け入れず、入れたくて焦れるほど力の加減ができなくなり、入口を擦るだけになる。その中途半端な感覚からですら必死に快楽を拾い集めようとする弘紀の様子が堪らなく可愛らしいと思いながら、修之輔は弘紀の両腕を掴んで胸の上に引き寄せた。単衣の衿が落ちて両肩が露わになる。

「解すから、もう少し上に」

 修之輔は体を伸ばして口づけを求めてくる弘紀に応えながら、陶器の小瓶の椿油を手の平に垂らし、弘紀の中を探るように人差し指をれた。沈み込ませていくほどに温かく濡れた粘膜の蠢きが伝わってくる。

 締め付ける入り口を宥めるように、一度指を抜いて周囲をなぞり、また深く沈める。繰り返すその動きに合わせて弘紀が体を揺らす。

「ふ、んっ……んっ……」

 指を二本に増やし、弘紀の快感を引き出す体の中を刺激しながら孔を広げていくと、力の緩んだ弘紀の上体が倒れそうになった。そこが自らひくひくと誘うように動き始めているのが指先に伝わってくる。

「もう、大丈夫、だから」

 濡れて掠れながら訴えてくる弘紀の声が胸の上に落ちてくる。応えて指を抜く時に指先で孔の入り口を軽く掻くと、弘紀は身を大きく震わせた。

 弘紀は修之輔のそれを掴んで、解された孔へ押し当て、ゆっくりと腰を下ろしていく。弘紀の体の内へと修之輔のそれが咥え込まれて、先端から次第に濡れた肉にみっしりと包まれていく感覚に、頭の内が痺れるような快感を覚える。

 根元近くまで呑み込むと直ぐに弘紀は腰を前後に揺らして、中を刺激する硬さを求め始めた。

「あ……、はあっ、はあっ、んっ」

 息を荒くしながら修之輔の腹の上にまたがった弘紀が、己の欲求を満たすため、懸命に腰を揺らして快楽を求める姿はひどく淫らで扇情的だった。単衣の胸がはだけて小さな突起が存在を主張している。

 もどかしそうな弘紀の顔に煽られて、思わず下から突き上げると、ひっ、と弘紀が息を呑んで、弘紀のそれから滴る透明な液体が量を増した。

 弘紀は修之輔からの刺激を求めて同じ動作を何回も繰り返したが、到達には足りない刺激にやがて焦れ始めた。

「もっと……、もっと、欲しい」

 譫言のように自らの願望をねだるその耳元に、囁いた。

「足りないだろう、これでは」

 欲情の熱にうなされる弘紀が頷く。

「どう、されたい」

 欲求を口に出すように強いて、弘紀の腰を両手で掴み、動かせないように抑えた。弘紀に一瞬戻った理性が直ぐに羞恥に変わり、それでも涙目で訴える。

「奥まで、もっと奥まで、突いて、ください」

 言葉が終わらないうちに強く下から突き入れると、弘紀の背が強く撓った。


 自ら動きながらも下から突き上げられる快楽の刺激に弘紀が耐えられたのは数回だけだった。

「はあっ、んっ……!」

 弘紀が修之輔の腹の上に放って、けれど修之輔は自分も放つ前に、これだけではまだ足りないという気持ちを抑えられなかった。放出の衝動はそのまま、弘紀の体から抜いた直後に、弘紀の腿を白く濡らした。


 出しても収まらない自分の感覚のままに、修之輔はいつもとは違って強引に弘紀の体を抱え込んだ。

「弘紀、このままもう一度」

 修之輔の懇願に、弘紀は少し躊躇う様子を見せて、けれど小さく頷いた。羽代では少し時間を置かないと修之輔を受け入れようとはしなかった。


「いつもはどうして」

 首筋に唇を這わせ、次の高ぶりの波を引き寄せながら、修之輔は弘紀に訊いた

「だって、貴方は終わったらすぐに帰ろうとするから。もっと一緒にいて欲しいのに。だから」

 快楽の刺激に身を震わせながら涙目で文句を言う弘紀に、二度目に間を置く、あの行為の意味をようやく悟る。

 宿直の当番を抜けての逢瀬だったから、持ち場を抜けていることを見咎められないためだった修之輔の振舞いを、弘紀が不満に思っていたことに今ようやく気がついた。


 言いたくて言えないことは修之輔だけでなく、弘紀の方にもあった。そのことに思い至って、より愛おしさが募る。

「すまなかった」

「いいのです。貴方が任務に忠実であることは分かっているから」

 でも。だから。

「私の我儘です」

 

 互いの想いの表層をなぞるだけの言葉はもはや必要なく、唇を重ねて舌を絡めて深く口づけし、息を吐く合間に弘紀の体をうつ伏せに返した。腰を引き寄せて後孔に先端を押し当て、体液を滴らせながら、二、三度強く突く。それだけで滑らかに奥まで差し入れることができた。

「んぅっ」

 肉の熱さを味わう前に、弘紀の腰が大きく震えた。加減なくこちらを締め付けてくる強さから察して弘紀の前に指を伸ばすと、粘度のある白い体液が既に先端から溢れている。始めに出された時の勢いはなくてもその白い体液はふつふつと湧き、指で掬い上げても足りずに、修之輔の手首まで垂れて流れる。


 自分の掌を濡らす弘紀の体液の触感に陶然となる。

 弘紀が出した体液で濡れた指、その指でさらに弘紀のそれを扱き立てながら、小さく痙攣を繰り返すその体を繰り返し貫いた。


「……暑い」

 弘紀が部屋の戸を開ける。人目につくのでは、と身を起こすと、弘紀が外の誰かに声を掛けた。

「寝付けないから、少しここで涼んでいる。しばらくたったら寝間に戻る」

 見回りの者が近くに来ていたらしい。平伏した気配の後、足早に去る足音が聞こえた。

 小部屋の中に戻ってきた弘紀は、身を起こしていた修之輔の腕の中に潜り込んできた。寄り掛かってくる弘紀の体を抱きかかえて座り、開いた戸の外を見る。

 そこは御殿の中庭だった。

 池の傍には藤棚があって、小さくてもみっしりと花を付けた藤の花房が重そうにいくつも垂れ下っているのが月の光に浮かび上がる。花は満開の盛りをやや過ぎて、爛熟の芳香を夜に漂わせていた。


 腕の中の弘紀が修之輔を見上げて柔らかに笑む。赤味の残るその目じりには先ほどまでの交情の名残が残っている。

「兄は夏になるとここに蛍を放したと、この間会った時に聞いたのです。蛍なんて羽代にはふつうに、どこにでもいるので、その話を聞いて不思議に思ったのです。でも今、いてもいいなと思いました。どこかから捕まえて来て放そうかな」

「弘紀が自分で捕まえるのか」

「はい。虫を捕まえるのは得意です」

 名残の色香は漂うのに言葉の内容はひどく無邪気で、その差は弘紀への愛おしさを募らせた。


 昼間は聞こえない池に流れ込む小さな水の音が、静かな夜の中では明瞭に聞こえてくる。


「昨年、薩摩はイギリスの黒船の砲弾を浴びて城下が炎上したそうです。今日の火事の比ではなかったでしょうね」

 月夜の庭を眺めて体の熱が冷めてきたころ、弘紀が口にしたのはそんな話だった。

「その時、薩摩とイギリスの両方がアームストロング砲を使いました。その事件で彼の大砲の威力を知った幕府は、直ちに多量のアームストロング砲を異国から買い求めましたが、薩摩は逆に手放したのだそうです」

 買い過ぎて余ったアームストロング砲の買い手を探している、先日、百川楼で行われた会談で、松尾と云う他藩の家老がそう云っていた。

「買い過ぎたのではなく、より性能のいい新式の大砲を異国から手に入れる算段が付いたのでしょう。だから古いものは要らなくなった」


 そして、と弘紀が顔を曇らせる。

「薩摩から放出されたアームストロング砲を買い求めたところは、一見、武力が増したかのように見えるでしょう。けれど薩摩はそれより新しい武器を手に入れているのです。必然的に武力は薩摩に劣ることになる。同じことがゲベール銃の流通にも言えるのです」

 常に性能が良い銃を買い求め、古くなった型式の銃器は売り払う。薩摩にとってそれは都合のいい商売だった。

「前に寅丸が密かに手に入れていたゲベール銃ですが、薩摩から意図的に流布された物とみて間違いないでしょう。ゲベール銃は種子島には充分に勝るのですが、威力、命中力ともに薩摩が今、多量に入手していると思われる最新式の銃には劣ります」

 寅丸の名を出しても、弘紀の口調は特に変わることはなかった。

「今の時点で幕府と薩摩の兵力は拮抗か、……あるいは逆転していると見て間違いないでしょう。萩も軍備を急速に拡大していると聞きます。自分たちがどれほどの力を持って、他に比べてどれだけ勝っているか、彼らは知りたいでしょうね。無謀な行動に出なければ良いと思うのですが」


 ならば羽代は。弘紀は異国を巻き込む時代の渦に抗おうとしているのか、飲みこまれまいと懸命になっているのだろうか。それとも、その渦から逃れて、どこか別の場所へ向かおうとしているのだろうか。


 弘紀が修之輔の腕の中で伸びあがり、首筋にその唇を触れてきた。いつもの、もう一度を求める仕草。弘紀は先ほどの交情でもまだ満足していない様子だった。

 江都を焼いた炎の余韻と動乱の予感は混じり合って、互いの肌を求める熱を急速に高めていく。

 ゆっくりと体を重ねて、ただ繋がることに快楽を。


 弘紀がどのような決断をしてもその側にいると、心は既に決まっていた。

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