第9話
闇の中にも風が吹く。けれど出所知らず行く先知らずの風は捲くこともなく、闇の中へと消えてゆく。吹く風は途切れることなく、低く低く、地を這うよりもまだ低く、地底の底のさらに底から滲み出でてきたような声が流れくる。
「はて、巷に行き交う大口神はそなたの眷属か、古浪殿」
「いや、違う。……いや、同じ」
「いったいどういうことなのやら」
「すべての根源は一つに収束すれども、その末端はもつれ別れてまた合流し、信じる者たちもその出自を遥か彼方に忘れている。……己の出自も諸共に」
「己の出自を見失うのは根を失うこと。根無し草の寿命など高が知れておろうに、なぜに人は己に根があることを、根ざす地があることを忘れがちなのか」
「それで構わぬ。根を無くした者達を接ぎ木して、我らは生き永らえてきた」
「確かに、確かに。地に生きられねば、水に生きよ。水に生きられねば、地に生きよ」
「しかし二色殿、最近考えることがある。我ら、拠り所を失くして漂う根無し草ばかりを拾ってきたが、根のある草も刈り取って、自らの眷属にしても良いのではなかろうか」
「それはいかがか、古浪殿。地に生えた草を刈りとって水の中に植えたとして、そこで根が生え、生き永らえることができるものか」
「地に生えていたことすらも忘れている者達だ、潮水のなかでも生き永らえようぞ」
「潮水のなかでも、とな」
くぐもった音が規則的に繰り返される。それは闇の中からの笑い声。
そして。闇の中には、空気の揺らぎも物音一つも、無くなった。
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