金華猫の誘い その四

 一九一九年一月 下宿玄関前





 今日九頭竜会での予定が無い宮森は、まだ見ぬ後ろ盾パトロンとの縁結び品目アイテムになりそうな、昔の銘柄の煙草探しに出掛ける所である。


 宮森が玄関を出ると、例の白猫が居た。


『おいミヤモリ、またあの白猫君がいるぞ。

 ここんとこずっとだな。

 お前さん、もしかして動物に好かれるタチ?』


『特に好かれる性質たちではないと思うけどな。

 でもこの白猫、自分を待ってくれてたように感じる』


 ソロソロと歩き出す白猫に釣られ、宮森は後を追った。


『気の所為せいだろ。

 肝心のムカシ煙草も中々見付かんねーしよ。

 今日は、白猫君に行き先を決めて貰おうぜ』


 宮森は了承し、白猫に行き先を託す。


 白猫の歩くままに任せると、程なくして一行は朝草まで辿り着いた。


 まだ正月の賑わいを見せている露店に、明日二郎は興奮を隠し切れない。


 白猫はそんな明日二郎を余所に淡々と歩みを進め、ある神社に行き着く。


おおとり神社か。

 とりいちの時期はもう過ぎたけど、結構参拝客も居るな』


『酉の市とな⁉

 なんともウマそうな響きがするではないかミヤモリ君!

 で、酉の市の名物は何だ?』


『〖熊手くまで〗と〖なでおかめ〗かな。

 自分は大学の時に昇殿参拝した事が有るから、良かったら記憶領域を覗いてみるか?』


『熊手はかく、なでおかめ……。

 中々ウマそうな響きがするではないか。

 じゃ、お言葉に甘えてミヤモリ君の記憶領域、閲覧させて頂きまーす♪』


 明日二郎は周囲の人間の記憶を読み取る事が出来るが、『個人の秘密プライバシーには緊急時を除いて立ち入ってはならない』と今日一郎に釘を刺されており、普段は使用していないらしい。

 今回は宮森の許可が出た為、遠慮なく記憶のページめくっている。


『なでおかめ、なでおかめっと……。

 デカッ、なでおかめデカッ。

 それに食いもんじゃねーし。

 熊手の方はっと、コレが……熊手?

 宝船に七福神。

 たい海老えび米俵こめだわら

 おかめに注連縄招き猫。

 大きいやつも小さいやつも。

 飾り多すぎデコりすぎ♪

 まさか、熊手本来の機能を装飾で封じてしまうとは……。

 それよりもミヤモリ、食いもんの記憶も観しちくりー』


『名物は切山椒きりざんしょうだったな。

 見付けられるか?』


『お、あったあった、この細長いヤツだな。

 う~ん、この場で味わえないのが惜しい。

 ミヤモリ、これ食いたいから、後で菓子屋に寄ってくれ、な!』


『分かったよ、土産に買って帰ろう。

 でも、先ずはここらの煙草屋から当たるぞ』


 宮森の考えを知ってか知らずか、白猫も再び歩き出した。


 白猫に連れられ露店の招き猫にも見守られ、一行は行く先々の煙草屋で昔の銘柄を探し続ける。


「本当ですか!

 よ、良かった~、探してたんですよ倉井 商会のやつ。

 然も二種類も残ってたなんて……。

 湿気しけってるかも?

 構いません。

 ええ、在るだけ下さい」


 どうやら、目的の物が手に入ったようだ。

 煙草の箱には、アルファベットで〘HEROINEヒロイン〙、〘SUNSETサンセット〙と描かれている。

 当時としてはハイカラな意匠デザインだ。


『良かったな~ミヤモリ。

 これでミッションコンプリートだ。

 今日の功労者である白猫君にも、ちゃんと礼をしなければならんぞ』


『そうだな。

 たいひらめにとは行かないが、金目鯛かぶりぐらいはご馳走しよう』





 こうして、倉井 商会の煙草も見付かり宮森の任務も無事終了した。


 白猫には鰤の切り身を進呈し、宮森と明日二郎は夕食後に切山椒きりざんしょうを堪能する。


 当然、宮森の脳内では明日二郎が美食家グルメ並みの感想を述べまくっていた。


柏子木ひょうしぎにも似た飾り気の無い質素な立ち姿。

 ほのかに漂わせる山椒の香り。

 凛々りりしい、どこまでも凛々しい……。

 なのに、一度ひとたび口に含めばふんわり柔らかもっちり食感。

 時折り響く山椒のピリリとした刺激は、程良いアクセントとなって甘さを引き立てる。

 白、紅、白、紅……どちらがホントの君なんだい。

 どちらもホントの君なのか。

 オイラを惑わす紅白の、肌の色艶いろつや恋に似て……』


『遂に詩まで飛び出したか。

 末期かな、こりゃ』


 明日二郎のポエム一頻ひとしき堪能たんのうした後、宮森はほうき塵取ちりとりを持って下宿玄関を出る。

 白猫の食べがらを片付ける為だ。


 幸い白猫は一所ひとところにとどまって食事してくれていたようで、食べがらも一箇所に纏まっている。


 宮森がそれを片付けている最中、明日二郎が話し掛けて来た。


『あの白猫君、また屋根上に登ってんぞ。

 月も出てないのに口開けてらー』


 屋根上で冬の夜空を見詰めている白猫を観て、自説を披露する宮森。


『真北を向いてるから、北極星を見てるのかな。

 あっ、向きをちょっと変えた。

 北斗七星の方を見てる……。

 明日二郎、北極星を含むのが子熊座で、北斗七星を含むのが大熊座だぞ』


『ふーん、そうなの?

 熊っていやーさー、お前さんの記憶で鴻神社の熊手も観たし、今日はホント熊づくしだな』


 宮森は何か思い付いたのか、冬の星空を眺め明日二郎へと告げる。


『明日二郎、旅行先が決まったぞ。

 熊埜くまのへ行こう!』


『熊だけに熊埜。

 安直さは否めんが……。

 まあ、オイラは温泉に入れてウマイもん食えれば文句は無い。

 いっちょ行きますか~』





 熊埜行きを決定した宮森が玄関をくぐると、一足飛いっそくとびに屋根上から駆け降り下宿を後にする白猫。


 白猫は街へ入ると迷わず裏路地を進み、袋小路の暗がりへ辿り着く。


 ただの行き止まり。

 だが、その行き止まりが白猫に語り掛ける。


『よくやってくれた、私の可愛い【アイ】。

 これでもっと面白くする事が出来るぞ。

 クフッ、クフフフフフッ……』


 行き止まりから伸びた〈影〉が笑うと、白猫は白猫でなくなった。

 その毛並みは、辺りに沈殿している邪念をことごとく吸い上げ真っ黒に染まる……いや、真っ黒に、ではない。

 真っ暗に、だ。


 その真っ暗な猫の顔には、在る筈のモノが無い。


 険しさとだるさを共に宿した、双眸そうぼうが無い。


 その真っ暗な猫の顔に在ったモノ。


 ソレは……


 縦に大きく見開かれ、血を吸ったように赤くかがやく、


 独眸どくぼうであった――。





                 金華猫の誘い その四 了

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