金華猫の誘い その二

 一九一八年一二月 宮森の下宿先





『断界術の説明の前に宮森さん、〖結界〗と呼ばれるものを僕に説明してくれ』


『ん、結界か?

 一般社会の物だと、空間や区域を仕切る障子しょうじふすま衝立ついたて格子こうしなどの間仕切まじきりとか、垣根かきね、塀、堀などの事だな。

 作法に関するものだと、店先に掛ける看板、暖簾のれん幟旗のぼりばたとか、落語家が自分と客席との間に置く扇子せんす、茶道の風炉先屏風ふろさきびょうぶつくばいにじぐちも作法的な結界の一種。

 宗教に関わる物だと、御神木ごしんぼくわえた注連縄しめなわ磐座いわくら関守石せきもりいし

 これらの物で、神域や禁足地きんそくちを示す。

 厄除けの意味では、正月の注連縄飾り、葬儀で使う幕、盛り塩、道祖神どうそじん道切みちきりの風習など。

 女人禁制のしきたりなども、一種の結界と云える』


[註*風炉先屏風ふろさきびょうぶ=茶室の道具畳の向こうを囲むために立てる、二つ折りの屏風]


[註*つくばい=茶室の庭先に低く据え付けられた手水鉢ちょうずばち


[註*にじぐち=茶室における客の出入り口で、意図的に入りにくく造られている]


『では宮森さん。

 真道しんとうで魔術的要素の強い例を挙げてくれ』


『ああ。

 例えば、真道で行うはらえの儀式。

 現在ではけがれれを除去する儀式だととらえられる事が多いけど、本来の意味は穢の侵入を阻む、云わば霊的防壁としての機能を指している。

 真道の儀式で結界と云えばこれに当たるな。

 どうだ今日一郎?』


『宮森さん、いま説明して貰った真道にける結界の意味……実はほぼ間違っている。

 そこで、次に覚者密教かくしゃみっきょうの例を挙げてくれ』


『う、間違っているとは衝撃だが……。

 え~っと、覚者密教だったね。

 覚者密教で魔術的な要素の強いものだと、護摩修法ごましゅうほうげられる。

 壇上だんじょう結界とも呼ばれ、祈祷きとうを行ない誓願せいがんするものだな。

 あ~、なんとなく解ったぞ。

 本当の結界はこっちだったか。

 またまた支配者層、魔術師達に騙された~』


 宮森のかたない感情が伝わったのか、比星 兄弟ブラザーズもそれぞれのやり方で宮森を慰める。


『ナハハハハ。

 お前さんもまだまだよの~、ミヤモリ。

 伝承学者の卵の肩書が泣いておるわ。

 あ、まだ卵だから鳴く事すら出来んな』


『仕方ないよ。

 意図的に歪曲わいきょく改竄かいざん隠蔽いんぺいされてるんだから。

 それよりも、嘘に気付けた事の方が大事だよ。

 宮森さんが整理できた事柄ことがらを述べてみてくれ』


『結界と云うのは、穢れの除去、清浄な空間、霊的防壁を示すものではない。

 今日一郎が儀式を行ない明日二郎を呼び出したように、本来は現界げんかいと異界とを繋げ邪霊を召喚する空間、それこそが結界の本質。

 詰まり、邪霊を召喚する魔法陣の事だな。

 勿論もちろん、術者が召喚に成功し邪霊に望めば、霊的防壁としても作用させられる。

 こう云う事だったんだよな、今日一郎?』


『そう。

 なのさ。

 で、くだんの断界術と云うのは宮森さんの御想像の通り、魔術師などが展開した結界を打ち破る作法だ』


『だいたいの想像は付くよ今日一郎。

 しかし結界にも色々と種類が有って、それに応じて断界術にも種類が有るんだろう?』


 結界の真実を皮切りに、今回の邪神学講義も俄然がぜん白熱して来た。


 ここで明日二郎が講師に名乗りを上げる。


『ソレについてはオイラからレクチャーすんぞー。

 最初に説明すんのは、人間ヒトそれ自体に張られた結界。

 ミヤモリ君もご存知の通り、魔術を使える程に邪霊の定着した人間の事だな。

 邪霊を宿した人間、それソノモノが一つの魔法陣、結界と云う事よ』


『まあ、そうなるか。

 で、断界術と云うのは?』


『断界術……。

 ソレは、対魔術師を想定した究極の暗殺術。

 二千六百年前には大成していたと云われる、一子相伝いっしそうでんの暗殺術なのだ!

 ァァッアチョー‼』


 予め低く落としておいた声の音調トーンで喋り始め、『暗殺術なのだ!』の部分から急激に声を張り上げ叫んだ明日二郎に、宮森は柔らかく応じる。


『なんだよ「ァァッアチョー‼」って、初めて聞きましたよ。

 精神感応で嘘つこうとしても無駄ですから。

 それに、一子相伝なら自分は教われないですよね』


『チョットかっこつけて、〘ナントカの拳〙っぽく言ってみただけだ。

 オイラは四次元の不思議界ふしぎかいに幽体とばしてるんで、たまに高次元の雑多な思念が入り込んで来るのだよ。

 気にするでないミヤモリ君。

 で、断界術だけんども読んで字の如くである。

 魔術師と闘い、人間ヒトに定着している邪神やその眷属を、一次元の魔空界まくうかいまで強制送還する事なのだ!』


『……えらく抽象的ですな明日二郎センセー。

 具体的にはどうするんですか?』


『邪霊を引っぺがせれば何でも良い。

 殴ろうが蹴ろうが何でも有りの、〘ナグール〙だ!』


『乱暴過ぎませんか、それ。

 それに、自分は肉弾戦型じゃないですよ』


『そんなことは百も承知である。

 ミヤモリ君に似合いの方法も在るから心配するでない。

 そんでさっきの話とも繋がるんだけんど、魔術師は大抵の場合バリアで自身を護っている。

 戦闘では尚更なおさらだ。

 それを打ち破るすべは絶対に習得せねばならん』


『敵であっても出来れば攻撃したくないんだが、仕方ないか』


『じゃ、次いくぞ。

 次に説明すんのは、土地に張ってある結界。

 さっきの話にも出て来た、神域だの禁足地だのの事だな。

 このタイプの一つが、土地自体に邪念を集めて邪神崇拝儀式を行なう場所、つまりは儀式場になる。

 注連縄や関守石はその目印。

 道祖神なんかは儀式場の簡易版、及び広大な儀式場に紐付けられた補助装置ってトコだ。

 ではミヤモリ君、このタイプの結界で代表的なモノを列挙したまえ』


『う~ん、両センセーからの教示にもとづくと……。

 残念ながら、全世界に点在するありとあらゆる宗教寺院、教会、礼拝堂、びょうは、邪神崇拝に関係している。

 日本だけに限定しても神社仏閣じんじゃぶっかくは言うに及ばず、ほこら、道祖神、庚申塔こうしんとう、道端のお地蔵様や恵比寿ゑびす様まで、見取みどりだ』


[註*庚申塔こうしんとう=支那より伝来した道教どうきょうに由来する、庚申こうしん信仰にもとづいて建てられた石塔]


『大変良く出来ましたミヤモリ君。

 君も分かっているとは思うが、それらを拝んでいる一般の人々はよもや邪神を拝んでいるなどとは夢にも思っていない。

 良かれと思ってやっている事なんだよなー』


『悲しい事に、自分も含め一般人のほとんどが、嘘の世界を見せられているんですね。

 世界の真実を知っているのは、支配者層、魔術師を始めとした一部の特権階級の者達だけか……』


 又しても、世の欺瞞ぎまんなげく宮森 達であった。





                 金華猫の誘い その二 了

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